〈第15話〉 騎士様を人の姿でお出迎えしました
日が落ちて、空の色がオレンジからダークブルーに変わっていく。
アメリアは、いつ玄関の扉が開かれるのか、断罪を待つ罪人のような気持ちで待っていた。
「ど、どうしましょう……」
クラウドが出て行った時からあまりにも様変わりした室内を見て、アメリアは顔を覆う。
人の姿でただ待つことが落ち着かなくて。
何か手を動かしていないと気持ちが逸るばかりで。
「私、おもいきり浮かれていました……」
そう、アメリアは浮かれていたのだ。
クラウドに人の姿で待っていて欲しいと言われて。
少しでも自分をきれいに見せたくて、今まで気にしてこなかった容姿が気になって。
彼のために自分ができることをしたくて。
その結果……。
花の姿では出来なかった、散乱していた衣類の洗濯、書類と本の整理。
そして、騎士として国を守ってくれているクラウドのために、野菜スープを作った。
キッチンには、料理用の魔法道具が備え付けられていた。
アメリアに火をつけられるのか不安だったが、問題なく魔法道具は反応してくれた。母のペンダントのおかげだろう。
料理を作ろうと思ったのは、クラウドが家で何か食べているところを見たことがないから。
彼の食事事情が心配だったのだ。
クラウドが帰ってきたら、あたためて食べてもらおう。
そう考えはじめたところで、アメリアは部屋を見渡して血の気が引いた。
「わ、私……クラウド様の私物を整理整頓した挙句、食材を勝手に使って食べたいかも分からないスープを作ってしまうなんて。それに、糸だって。これでは泥棒と変わりませんね……」
掃除や洗濯、料理をしている時は、クラウドの喜ぶ顔が見たくて、夢中だった。
「私ったら、なんて図々しい真似を……自分の家を他人に好き勝手されるなんて、嫌に決まっています」
恩人に、それも好きな人に、なんという失礼をしてしまったのだろう。
自分は花の精を名乗る資格もない。
まずは謝罪からだ。
そう決意して、アメリアは正座でクラウドの帰りを待っていた。
しばらくすると、家の外から足音が聞こえてくる。
このしっかりとした足取りはクラウドのものだ。
そして、扉が開かれて。
「クラウド様、おかえりなさいませ」
「……ごふぉっ!」
クラウドはおもいきり頭をぶつけ、その場に
そして、何故か鼻血を出していた。
頭を打ったはずなのに鼻血が出ていた理由は分からないが、アメリアはパニックに陥る。
「ク、クラウド様!? 大丈夫ですか?」
「……いや、まったく」
ぼたぼたと、クラウドの鼻からは赤い血が流れている。
目を白黒させながらも、なんとかしなければ! とアメリアはハンカチをクラウドの鼻にあてた。
花の姿の時にもらった白いハンカチは、みるみる赤く染まっていく。
「鼻血が止まりません! 打ちどころが悪かったのでしょうか? ど、どうすればっ」
アメリアがおろおろしていると、ハンカチを持っていた手にクラウドの手が重なった。
そして、クラウドはアメリアの手からハンカチをとり、自ら鼻を抑えた。
「もう大丈夫だ。だいぶ頭がすっきりした」
そう言いつつも、クラウドは目を閉じてアメリアの方を見ようとしない。
やはり怒っているのだろうか。
「くそ、よく昨夜の俺は耐えられたな……」
そんな呟きが聞こえて、アメリアはハッとした。
(もしかして、目も当てられないほど私は醜い容姿をしているのでしょうか)
花の時、クラウドから贈られる賛辞の言葉に心が躍った。
人の姿になっても、変わらず笑顔を向けてくれた。
だから、勘違いしてしまった。
アメリアに対して、美しいという言葉をくれたのだと。
あの時、クラウドは酒に酔っていた。
きっと正常な判断ができなかったのだろう。
(分かっていたはずなのに、どうして期待してしまったのでしょう)
アメリアは、クラウドに頭を下げた。
「クラウド様、申し訳ございません。私が醜いばかりに驚かせてしまいました。花の姿でお迎えするべきで」
「ちょっと待て! 何故、君が醜いという話になった?」
クラウドは慌てて目を開けて、アメリアの言葉を遮る。
しかし、すぐに顔を背けてしまった。
「えっと、その……クラウド様が頭をぶつけてしまったのも、私の方を見ようとしないのも、目に入れるのも耐えられないほどに醜いからだと思いまして……」
「そんなはずないだろう! これは、その……」
否定してくれたものの、クラウドは口ごもる。
きっと、アメリアを傷つけないための言い訳を考えてくれているのだろう。
「クラウド様は本当にお優しいのですね。正直に言っていただいてかまいません。私は、花の時のように美しくはないですから」
「馬鹿なことを言わないでくれ。君は美しい。俺の鼻血は、理性が負けた証拠だ。そして、君を見られないのは、その、これ以上見つめてしまったら、俺が君を襲ってしまうかもしれないからだ」
「……え?」
「つまりだな……君が可愛すぎてどうにかなってしまいそうなんだ!」
クラウドの言葉の意味を理解した途端、ぼんっと爆発してしまいそうなぐらい心臓が跳ねた。
顔も真っ赤になっているに違いない。
しかし、それはハンカチで鼻を抑えているクラウドも同じようで、耳がほんのり赤くなっていた。
「それに、そのドレス……少し露出しすぎではないか? いや、君のきれいな足を見られたことはうれ……って、違う、その、よかったらこれを着てくれ!」
ハンカチのせいでくぐもった声で何やら言っていたようだが、最後の一言しかアメリアは聞き取れなかった。
そして、クラウドが「これ」と言って差し出してきたのは、長方形の箱だった。
ふと彼の荷物を見ると、なんだかいつも以上に多い気がする。
「これは……?」
「君のためにドレスを買った。人の姿になるのなら、何かと必要だと思って、他にも色々と……」
「私のために……?」
「あぁ。だから、着て見せてくれないか?」
ようやく鼻血が止まったらしいクラウドが、アメリアに笑顔を向けた。
(クラウド様、これ以上私を甘やかさないでください)
好きという感情に限界はないのだろうか。
胸がきゅんと疼く痛みさえも愛しくて、クラウドの笑顔を見られただけで自分の立場も忘れて幸せを感じてしまうなんて。
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