〈第14話〉 彼女と一緒にいる方法を考えてみた


 騎士団の屯所で、クラウドは報告書に目を通していた。

 その頭が痛い内容に、眉間にはしわが寄る。


「はいコレ、二日酔いの薬」


 執務机に小瓶が置かれた。

 ジュリアンが調合してくれたのだろう。


「すまないな」


 クラウドは小瓶をとり、中身をいっきにあおる。

 まだ残っていた気持ちの悪さが消えた。


「それにしても、クラウドがあんなに酔っぱらうなんて驚いたわぁ」

「昨夜は、本当に世話になった」

「いいわよぉ。面白かったもの」


 ふふ、とジュリアンが笑う。

 クラウドにとってはまったく面白くない。

 昨夜のことを思い出し、クラウドはため息を吐いた。


 ディーナス男爵家を出て、仕事に区切りをつけた頃にはすでに日は落ちていた。

 いつもなら、彼女が待つ家にすぐさま帰るところだが。

 彼女に嫌われたという自覚があったクラウドは、彼女がいない家に帰りたくなかった。

 あの泣き顔が頭から離れないのだ。

 泣かせたい訳ではないのに、彼女が泣いている姿さえも愛しくて、この手に閉じ込めたいと思ってしまう。

 こんなにも自分が危険で最低な男だとは知らなかった。

 だから、普段は飲まない酒に逃げた。

 少しでもこの危険思想を消してしまえたら、と。

 そして、見事に酔っぱらってしまった。


「その様子だと、酔ってる時のことちゃあんと覚えてるのねぇ」

「あぁ……忘れてしまいたかった」

「ほんと、家に帰りたくないなんてどこの子どもかと思ったわよ」

「頼むから忘れてくれ」

「無理ね。しばらくは酔っ払いクラウドのことで笑えるわ」


 そう言って、ジュリアンは片目をつむってみせた。

 もう二度と酒に逃げない。

 クラウドはそう誓った。


(だが、よかったこともある)


 もういないと思っていた彼女が、まだ家にいてくれた。

 その上、酔ったクラウドの介抱をしてくれた。

 本気で妖精か女神かと思った。

 心配そうにクラウドを見つめるアメジストの瞳、ふわりと肩で揺れる青紫の髪、クラウドの名を紡ぐ薄紅色の唇。

 彼女に呼ばれる自分の名は特別な響きを持っていて、初めて聞くその声は鈴の音のようにかわいらしい。

 そして、他の誰でもない、クラウドを待っていてくれたと言ってくれた。

 その凄まじい破壊力に、クラウドの自制心はあっさりと陥落した。

 普段ならば言葉にできないような独占欲まで顔を出して、彼女を求めた。


「ちょっと、何ニヤニヤしてるのよ。気持ち悪いんだけど!?」

「いや、まだ俺は彼女に見捨てられていないと分かったからな……」

「そういえば、アネモネの花があったわね……あのね、クラウド。はっきり言っておくけれど、花と恋愛なんて無理だから! こんなこと知られたら、伯爵家のご両親が卒倒するわよ!?」

「……そうだな。まだ両親に紹介するのは早い」

「そうそう……って、ちが~うっ!」


 ジュリアンが何故か頭を抱えているが、クラウドの思考はもう別のところにあった。

 クラウドは、もう彼女以外との結婚は考えられない。

 しかし、彼女の気持ちを無視して進めることはできない。

 だからこそ、今朝、頭を冷やしながらクラウドは考えた。

 今も彼女が側にいてくれるということは、少なくとも嫌われてはいないのではないか――と。

 


(彼女は、今朝の話を受け入れてくれてくれるだろうか)


 愛情を注ぐことで、人の姿になれる魔法の花。

 そんな花は存在しないが、彼女の姿をもう一度見るためにはそういうことにするしかない。

 一度その姿を見てしまえば、その声を聞いてしまえば、その手に触れてしまえば、もう我慢できる気がしなかった。

 顔が見たい。声が聞きたい。話がしたい。触れたい。

 彼女のすべてを知りたい。

 そのためにも、クラウドはこの面倒な任務を早く完了しなければ。


「あら、その報告書。他の部隊の状況はどうなの?」

「進展なしだ」


 違法魔法薬アンポクスについての調査はかなり難航していた。

 ディーナス男爵が亡くなった後、魔法騎士団が本格的に動き出したことを察知したのか、手掛かり一つなく闇に隠れてしまったのだ。

 それでも、アンポクスによる魔獣の被害は広がっている。

 各地に魔法騎士団を派遣しているが、有力な情報はない。

 製造が中止され、その数は限定されているはずだ。

 それなのにまだ被害が続いているとなれば、可能性は二つ。

 原液を薄めて使用しているか。

 アンポクスの製造方法を知る者がいて新たに作っているか。


「ディーナス男爵家の方はどうだ?」

「ディーナス男爵からの報告書に偽りはなかったわ。あれだけの薬草があればアンポクスの材料には困らないだろうけど、ディーナス男爵は真面目な人だったようだし、不正はないわね」


 貴重な薬草はそれだけで金になる。

 だからこそ、ディーナス男爵は高価な薬草は厳重に管理し、こまめに取引や収支の報告書を提出していた。


「そうか。だが、やはりロイシャ地方がアンポクスの製造場所としては一番都合が良いだろうな……」

「えぇ。でも、怪しそうな場所はなかったわね」


 昨日、ディーナス男爵家に向かったのは、男爵家の様子を見るためと、アンポクスの製造場所となりえる場所がないかを確認するためだった。

 しかし、それらしき場所はなく、魔眼を使って確認しても、魔力の残滓はほとんど見つからなかった。

 アンポクスの件とは別に、気になることはあったが。


「怪しいといえば、ディーナス男爵夫人よねぇ」

「あぁ。俺もそう思っていた。彼女自身に魔力はないし、あの屋敷にもおかしな点はなかったが……」


 クラウドはヴィクトリアの話を思い出して、苦い気持ちになる。


「本当に、ご令嬢は男爵夫人が言うような悪女で、金持ちと駆け落ちしたのかしら?」

「どうだろうな。だが、あれだけのダイヤを持っているなら、使用人をもう一度雇うことはできただろうし、ご令嬢がわざわざ金持ちと駆け落ちする理由はない。彼女はディーナス男爵家の遺産相続人なのだから」


 貴族の正式な遺言状は、王城で保管される。

 保管場所が王城なのは、身内による遺言状の不正が行われないためである。

 死を目前にして書くのではなく、予期せぬ死に備えて、当主は定期的に遺言状を作成する。

 そして、ディーナス男爵も例にもれず、毎年遺言状を預けていた。

 ディーナス男爵が亡くなり、王城に保管されていた最新の遺言状が効力を発揮する。

 そこには、一人娘であるアメリアに遺産を相続すると記載があったのだ。

 そして、薬草畑の管理については魔法騎士団に任せることも。

 クラウドが遺言状の内容を知っているのは、魔法騎士団にも関わることだったからである。

 だから、わざわざ男爵家の遺産を放り出して男と駆け落ちする利点など、娘にはないはずなのだ。


「そうよねぇ。でも、もし駆け落ちが本当だとしたら、ご令嬢はよほどその金持ちの男に熱を上げていたのかしら……? どんな男か気になるわ~」

「考えられるのは、ディーナス男爵家と付き合いがあった商家の息子だろうな……」


 ディーナス男爵家と繋がりがある商家は、カルヴァーグ家、サンテクルト家、モルティ家の三家だ。

 野菜や薬草の取引は、どの商会でも日常的に取り扱っている。


「クラウドはそのご令嬢がアンポクスについて何か知っていると思う?」

「分からない。だが、ディーナス男爵家が何らかの形で関わっていて、男爵が狙われたのではないかと俺は考えている。それなら、遺産相続人である娘も危険だ」

「他に手がかりはないし、とりあえず私は駆け落ちしたというご令嬢のことを調べるわ。いいわね?」

「いや、それは……俺の方でやる」

「はあ!? クラウドに聞き込み調査をさせても、怖がって誰も答えてくれないでしょ!?」

「そ、そうだな……頼む」


 ジュリアンの正論に言い返すことができず、クラウドは頷いた。

 ディーナス男爵家の悪女のことは知らないが、駆け落ちしたかもしれない娘なら知っているかもしれない。

 駆け落ち、という言葉に酷く胸が痛むが。

 しかし、彼女の口から真実を聞くまでは、これらはあくまで可能性だ。

 クラウドの側にいる限り安全だと思いたいが、いつまでも待てる話ではなくなってきた。


(いや、彼女の正体を暴く以外のやり方で、俺が問題を解決すればいい話だ)


 そうすれば、彼女はこれからも側にいてくれる。

 クラウドを頼ってくれる日もくるはずだ。

 それはすべて、この問題が解決するかにかかっている。

 なかなか尻尾をつかませてくれない犯罪者に、クラウドは私情がおおいに入った殺意を抱いたのであった。

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