〈第32話〉 騎士様のおかげで心臓が持ちそうにありません

「……え、クラウド様っ!? どうして、ここに?」


 突然現れたクラウドに抱きしめられ、アメリアはパニックに陥る。

 クラウドの腕の中はとてもあたたかくて優しい。

 それなのに、心臓は逃げ出したいといわんばかりに暴れ出す。


「連絡もなくいきなり防御魔法が作動したから、何かあったのかもしれないと思い……怪我はないか? 何もされていないか?」


 そう言って、クラウドはアメリアに外傷がないかを確かめていく。

 頬に、首に、肩に、騎士らしい武骨な手が触れる。

 壊れ物を扱うようにそっと触れられて、ドキドキする。


(う、駄目です。クラウド様のことしか考えられなくなってしまいます……)


 怪我で大変なのはローレンスの方だ。

 アメリアは傷一つない。

 こんな風に心配してもらう必要はないのだ。

 それも、クラウドのおかげだ。

 暴れる心臓を無理やり抑えつけて、アメリアはクラウドに大丈夫だと告げる。


「はい、大丈夫です。クラウド様のイヤリングが守ってくださいましたから。本当に、ありがとうございます」

「アメリアが無事で本当によかった。だが、無茶はするなと言ったのに、この状況はなんだ? どうして姿を現している……?」

「も、申し訳ありません……つい」


 アメリアの謝罪に、クラウドは盛大なため息を吐く。

 あきれられてしまっただろうか。

 不安に思い、クラウドを見上げると、ばっちりと目が合ってしまった。


「アメリアは、俺を殺すつもりか? あなたのことが心配で死にそうだった」


 ぎゅうっとクラウドに抱きしめられ、アメリアは内心で悲鳴を上げる。

 せっかく落ち着けた心臓がまた暴れ出す。

 心配してくれたことが嬉しい。心配をかけてしまって申し訳ない。

 どちらの感情も本心で、クラウドへの愛おしさばかりが募る。

 しかし、今はアメリアばかりに構っている場合ではないはずだ。


「あの、クラウド様! カルヴァーグ家が関わっていて、その、ヴィクトリアが盗賊団の頭で、騎士団に復讐をしようとしていて……」


 ここに至るまでに得た情報を早くクラウドの伝えようとするが、うまくまとめられない。


「焦らなくても大丈夫だ。カルヴァーグ家当主はすでに拘束済みで、アメリアのおかげでこの場所も掴めた」


 ありがとう、とクラウドに礼を言われ、アメリアの肩の力はようやく抜けた。


「もうじきジュリアンも来る。アメリアは先に騎士団屯所へ戻っていてくれ」

「クラウド様はどうなさるのですか?」

「俺はまだ話を聞かなければならない。騎士団への復讐計画とやらをな」


 そう言って、クラウドは振り返り、ヴィクトリアを一瞥する。

 ヴィクトリアは突然現れたクラウドを見て逃げようとしていたが、彼の魔法で捕らえられていた。

 クラウドは彼女に背を向けていたはずなのに、いつの間に魔法を発動していたのか。

 アメリアはドキドキしてばかりで周囲を気にすることもできていなかったのに、さすが魔法騎士団副団長である。

 クラウドの強さを改めて感じながらも、アメリアもヴィクトリアが言っていた計画については気になる。

 それに、騎士団への恨みを持つヴィクトリアが、クラウドに何かしないか心配だった。

 いくらクラウドが強いとはいえ、ヴィクトリアは七年間父を騙していた女なのだ。

 どんな手を使うか分からない。


「それなら、私も」

「アメリアが心配することは何もない。もう大丈夫だ」


 しかし、クラウドは安心させるようにアメリアに笑いかける。

 無茶をしないと言いながら、危険を承知で姿を現してしまったのだ。

 クラウドはもうアメリアを危険に近づけさせはしないだろう。


「あとは騎士団に任せてくれ」


 な? とクラウドがアメリアの頭を優しく撫でる。

 こんな言い方をされては、もう何も言えなくなってしまう。


(ずるいです……)


 アメリアはクラウドからの告白に何も返すことができていないのに、どうしてここまで優しくしてくれるのだろう。

 おかげで、この胸に咲いた恋の花は萎れるどころか、どんどん大きくなっていく。

 もし、もう一度クラウドに告白をされたら、きっと断ることなんてできなくなってしまう。

 クラウドの華々しい未来に、アメリアという汚点を残したくはない。

 アメリアのために、伯爵家の威光に影を落としたくはない。

 クラウドにはもっと相応しい令嬢がいる。

 それが現実だと分かっているのに、優しくされるほど、心配されるほどに、諦めきれなくなる。

 胸が高鳴る度に、どれだけアメリアが気持ちを抑えているかなど、クラウドは知らないのだろう。

 ほんの少し恨めしい気持ちを抱えながらも、アメリアはクラウドに笑みを返す。


「ありがとうございます。クラウド様」


 その後、屋敷の外から馬のいななきが聞こえてきた。

 ジュリアンたちが到着したのだ。


「クラウド! あんた一人で転移魔法使うなんて何考えてんのよ!」


 扉を開くなり、クラウドへ悪態をついたジュリアンは、現状を見て頭を抱えた。

 男は地面に倒れ、ローレンスは傷だらけ。

 ヴィクトリアは魔法で捕らわれて動けない。

 そんな中でクラウドに抱きしめられているアメリア。

 

「え~っと、これはどこから突っ込めばいいのかしら?」

「突っ込みはいいから、早くアメリアを騎士団屯所へ連れ帰ってくれ」

「急いで来いって言っておきながら、着いた瞬間に連れて帰れって……はぁ、まあいいわ。もうほとんど片が付いたんだし」


 盛大なため息を吐いた後、ジュリアンはアメリアに微笑みかける。


「それじゃあ、あたしと一緒に帰りましょ」

 

 ジュリアンが差し出す手に自分の手を重ねようとしたが、何故かクラウドが離してくれない。


「あの、クラウド様?」

「すまない。心が狭い男だと思うだろうが、アメリアが他の男の手を取るところは見たくない」

「はあ!??」


 ジュリアンは青筋を立てながら、アメリアを引き留めるクラウドの腕を引きはがした。

 それによってアメリアは解放されたが、クラウドはジュリアンに胸倉をつかまれている。

 先日の取っ組み合いの喧嘩を思い出し、アメリアはハラハラして落ち着かない。


「あんたが連れて帰れって言ったんでしょうが!」

「手を取れとは言ってない! アメリアに触れるな!」

「振られたくせにべたべた触るような変態男が、何を偉そうに」

「うっ……お前、人が気にしないようにしていることを……」

「とにかく、アメリアちゃんがいたらあんたがどれだけ使えない男に成り下がるのか分かったから、さっさと連れて帰るわね」

「……あぁ、頼む」


 二人の言い合いはアメリアにはよく聞こえなかったが、なんとか殴り合いにはならずに済んだようだ。

 アメリアは、ホッと胸を撫で下ろす。

 話を終えたクラウドが真剣な表情で近づいてきて、アメリアは気を引き締める。

 しかし、告げられた言葉は。


「アメリア。ジュリアンに何かされそうになったら、魔道具で反撃しろ」


 到底起こり得ないような出来事への忠告だった。


「えっ、そんなことは」

「約束だ」


 できません、と答えようとしたアメリアの言葉に重ねて、クラウドが念を押す。

 それは頷く以外の答えを許さないものだった。


「……は、はい」

「よし。では、騎士団でゆっくり体を休めるように」

「はい。クラウド様のお帰りをお待ちしております」

「あぁ、すぐに戻る」


 そして、アメリアはジュリアンとともに騎士団の馬車に乗り込んだ。

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