〈第31話〉 騎士様は離れていても守ってくれました
ローレンスが閉じ込められていた部屋を出ると、長い廊下が伸びていた。
室内もそうだったが、薄暗く、日の光は届かない。
どこに誰が潜んでいるのかも分からない中で、怪我をしたローレンスを連れている。
アメリアは内心、不安でいっぱいだった。
「ローレンス。無事に逃げられたら、ここであったことを騎士団で証言してもらえますか?」
アメリアの問いに、ローレンスはかすかに頷いた。
証人がいれば、きっとクラウドの力になれる。
「ありがとうございます。今度は絶対に、お願いしますね」
廊下を進むと、上階への階段が見えた。
下へ行く道がないということは、ここは地下だったのだろう。
どうりで薄暗い訳だ。
階段を上る度に、ローレンスが苦痛に顔をゆがめる。
ふらつくローレンスの体を支えながら、アメリアは階段を上がり切った。
「出口は、こっちだ」
ローレンスが右を指す。
「この屋敷を知っているのですか?」
「あぁ。ここは、カルヴァーグ家が別名義で所有している屋敷だからな」
その答えに、アメリアは安堵する。
ローレンスがいれば出口が分かる。
ここに来るまでに、見張りの人間はいなかった。
縄で縛っているローレンスが逃げられるはずがないと思われていたのだろう。
アメリアの役目は、このまま無事に逃げ切り、この場所のことをクラウドに教えること。
ヴィクトリアとカルヴァーグ家の関与は確定だ。
彼らの企みについては、ローレンスが証言してくれる。
アンポクスについての調査も進められるだろう。
(私、ちゃんとクラウド様のお役に立てていますよね?)
早くクラウドに会いたい。
外へ通じる扉に手をかけた時、その扉がひとりでに開いた。
いや、外から開かれたのだ。
「あら、あたしのかわいい娘の姿が見えるわ」
ヴィクトリアの姿を目にして、アメリアの体は反射的に固まっていた。
ずっと虐げられてきた記憶が、この体には沁みついている。
「よくも、逃げ出してくれたね?」
「…………」
「でも、ちゃんと戻ってきたから許してあげよう」
アメリアがヴィクトリアの命令に逆らったことはない。
無茶を言われても、言い返さずに黙って従っていた。
自分が我慢するだけで、すべてが丸く収まるのなら、と。
それこそ、従順な使用人のように。
しかし、今は違う。
ヴィクトリアは父を利用していた。
彼女の顔を見るだけで、怒りが湧いてくる。
誰が言うことなど聞くものか。
それに、今のアメリアには心配してくれる人がいる。
クラウドのことを思えば、アメリアは強くなれる。
「私は、許しません」
「何を言っているの?」
「あなたは、何者なのですか? 何が目的で、父を利用したのですか!?」
強く拳を握り、アメリアはヴィクトリアを睨みつける。
そんなアメリアを見て、ヴィクトリアは微笑んだ。
「ふふ。どうせお前は逃げられないから、教えてあげるわ」
一歩、アメリアに近づいて、ヴィクトリアは口を開く。
「あたしはね、七年前に魔法騎士団に壊滅に追い込まれた盗賊団セイスの頭。お人好しの男爵に助けられてからずっと、盗賊団の再結成と魔法騎士団への復讐のためにあたしは男爵夫人として金と情報を集めていたんだよ」
何を言われようと、覚悟はしていた。
それでもやはり、アメリアはショックだった。
父はヴィクトリアと再婚して幸せだったのだと信じたかったから。
そのために、アメリアは耐えてきたから。
「お前の父親はね、犯罪者を助けたんだよ。簡単に騙されるところは親子そっくりだねぇ」
ヴィクトリアの嘲笑が、耳に響いて痛い。
父は知っていたのだろうか。
知らなければいい。知らない方が幸せなことはある。
アメリアの目には涙が浮かんでいた。
(私が、お父様にちゃんと話をしていれば……いいえ、もっとヴィクトリアのことを知ろうとしていれば……)
後悔が次から次へと頭をめぐる。
しかし、ここで泣いているだけでは、今までと何も変わらない。
ヴィクトリアの目的は、盗賊団の再結成と魔法騎士団への復讐だと言っていた。
一体、何をしようとしているのか。
魔法騎士団にはクラウドがいる。
復讐なんて物騒なこと、絶対に止めなければ。
アメリアは涙を拭った。
「何をするつもりなのですか? 絶対に、あなたの思い通りにはさせません」
「へぇ。ただの小娘が盗賊団の頭であるあたしに何ができる?」
「ただの小娘が、この場所を突き止めて侵入できると思いますか? 私には、あなたを止めるための力があります」
内心、震えていた。
しかし、そんな怯えは見せないようアメリアはヴィクトリアを見据える。
ヴィクトリアは、アメリアが魔法を使えることを知らない。
隙をついて逃げることはできるはずだ。
「面白いねぇ。だったら、その力とやらを見せてもらおうか」
ヴィクトリアの言葉で、後ろに控えていた大柄な男がアメリアに拳を振り下ろそうとする。
とっさに手を出して防ごうとするが、こんな細腕では男の攻撃を防ぎきれるはずはない。
そう、思っていたのに。
耳元のイヤリングが光り、次の瞬間には男は床下にのびていた。
「な、何をした!?」
初めて、ヴィクトリアに焦りが見えた。
アメリアも何が何だか分からない。
それでも一つだけ分かる。
これは、クラウドの魔法だと。
(クラウド様は、いつも私を守ってくださるのですね)
胸にあたたかな想いが広がった。
側にいなくても、クラウドはアメリアを守ってくれる。
アメリアも、クラウドのためにできることは何でもしたい。
「この方と同じ目に遭いたくなければ、あなたの計画を話してください!」
そうして、初めてアメリアが脅し文句を口にした直後。
再びイヤリングが眩い光を放ち、次の瞬間――アメリアは何故かあたたかな腕に包まれていた。
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