〈第41話〉 騎士様を休ませる方法を考えました
ずっと憧れていた、煌びやかな世界に。
きれいなドレスを着て、素敵な人にエスコートされていくのを。
いつしか、そんな日は来ないのだと諦めていたけれど。
――俺と一緒に、王宮で開催される舞踏会に来てほしい。
本当に良いのだろうか。
こんなにも幸せで。
幸せすぎて不安になることがあるなんて知らなかった。
驚いて、幸せで、ちょっぴり不安で、アメリアはすぐに答えられない。
「やはり、俺と舞踏会に行くのは嫌か?」
「ち、違いますっ! そうではなくて、その、クラウド様への恩返しなのに、私がこんなに幸せでいいのかな、と思いまして……それに、私は社交マナーにもダンスにも自信がありません。クラウド様に、恥をかかせてしまうかもしれません」
アメリアが慌てて口を開くと、クラウドはなんだそんなことかと軽く笑う。
アメリアにとってはかなり重要なことなのだが、クラウドは気にした様子がない。
「俺は、アメリアが隣にいてくれるだけでいい。自信がないというが、アメリアの所作はとても美しい。それに、ダンスでいえば俺の方が練習が必要だと思うぞ? 何せ、一度も舞踏会で踊ったことがないのだからな」
にっと笑うクラウドの言葉に驚いたのは、アメリアの方だ。
「本当に、誰とも踊ったことがないのですか?」
クラウドは伯爵令息だ。
社交場に出る機会は多くあっただろう。
クラウドに届いていた、舞踏会の招待状の束を思い出す。
それなのに、これまで誰とも踊っていないなんてことがあり得るのだろうか。
「あぁ。ダンスの練習よりも剣術の鍛錬の方が重要だったし、社交場では警備の意識の方が強かったからな」
その答えに、クラウドらしいと感じた。
そして、彼が初めて誘う相手が自分だということに胸が熱くなる。
「それに、今回の舞踏会は、アンポクス事件解決の功績を讃えてのものだ。アメリアがいたから解決できたんだ。是非、俺にアメリアをエスコートできる栄誉をくれないか?」
改めて、クラウドがアメリアに手を差し出す。
「はい、喜んで」
クラウドの手に自分の手を重ねると、彼は嬉しそうに微笑んでアメリアの手の甲にキスを落とした。
貴族の令嬢のように手袋もしていなければ、療養中で着飾ってもない、そんなアメリアでもこの瞬間だけはお姫様になったかのような錯覚に陥った。
「だが、まずはしっかりと休んでくれ」
離れたぬくもりを少し寂しく感じながら、アメリアはクラウドの言葉に頷いた。
* * *
騎士団への感謝を込めた王族主催の舞踏会は、一週間後に開かれる。
それまでに溜まった仕事を片付ける、とクラウドは行ってしまった。
もちろん、アメリアが元気になればすぐにでも王城へ行き、父の遺言状を見に行こうと言ってくれている。
しかし、クラウドはアメリアが目覚めるまで、すべての仕事を屋敷に持ち帰り、アメリアの看病をしながら寝る間もなく働いていたらしい。
心配してくれたことは嬉しいが、アメリアとしてはクラウドにもしっかり休んでほしい。
今は亡き父の遺言状よりも、生きているクラウドの方がアメリアにとっては大切だ。
それなのに、クラウドはあの日から屋敷に帰ってこない。
どれだけ仕事が溜まっていたのだろう。
舞踏会はもう明後日に迫っている。
「どうすれば、クラウド様は休んでくれるのかしら……?」
アメリアが悩んでいると、メイドのミリーがにっこりと微笑んだ。
「そんなの簡単ですよ。アメリア様がクラウド様に会いたいと連絡したらすぐにでも帰ってきます」
「え? でも、ご迷惑になってしまうのではありませんか?」
「アメリア様にかけられる迷惑なら、クラウド様にとっては喜びでしかありませんわ」
ルニまで冷静にすごいことを言っている。
「そうですよ! アメリア様のお優しい心で、クラウド様を癒やしてあげてください」
メイド二人に背中を押されて、アメリアは悪いと思いながらも、クラウドに帰ってきてほしいという連絡をした。
アメリアからの連絡をクラウドが無視できるはずもなく、その日の夜、彼は帰ってきてくれた。
「アメリア、何かあったのか!?」
案の定、クラウドはかなりやつれていた。
「はい。とても大変なことがあります」
「何?!」
「クラウド様、どうぞこちらへ来てください」
「……分かった」
アメリアは自分に与えられた部屋の寝室へ、クラウドを誘導する。
「アメリア? 何故、寝室へ?」
戸惑うクラウドを無視して、アメリアはずんずんとベッドへ近づいていく。
「クラウド様、いつから眠っていないのですか?」
「それより、何かあったから連絡をくれたのだろう? この屋敷での生活に不便はないか?」
「私は大丈夫です。皆さま本当に優しくて、感謝しています」
「それなら、王城へ行く予定を立てるためか?」
「いいえ。今日こそはクラウド様にお休みいただくためです」
「は……?」
呆気にとられるクラウドの手をとって、アメリアはベッドに一緒に座る。
心中は穏やかではないが、ここで冷静さを失ってはいけない。
アメリアに会うためにクラウドは屋敷に帰ってすぐに湯浴みを済ませている。
自分の屋敷にいるためか、胸元をくつろげて、楽な格好だ。
鍛えられた身体がシャツ越しにも分かり、ドキドキしてしまう。
自分の心臓を犠牲にする覚悟でクラウドをベッドに誘導したのには、理由がある。
ベッドサイドのテーブルには、ラベンダーの香り袋を用意した。
花の姿だった時、床に眠るクラウドをどうにかベッドに寝かせたくてラベンダーを調達した時を思い出しながら。
「クラウド様、私はすっかり元気になりましたから。次はクラウド様の番です」
「アメリア、俺は大丈夫だ」
「クラウド様は、明後日の舞踏会で私をエスコートしてくださるのですよね?」
そう問えば、クラウドはもちろんだと力強く頷いた。
「そのために今、仕事を処理している」
「でも、私は無理をしているクラウド様には、エスコートされたくありません。約束しましたでしょう? 自分のことを大切にする、と。それは何も危険に飛び込まないということばかりではありません」
互いを守るために交わした約束。
持ちかけたのは、クラウドの方だ。
そして、アメリアはメイド二人から教わった最後の殺し文句を口にする。
「だからどうか、休んでください! もしよければ、私の膝もお貸ししますから!」
「……ぐはっ!」
クラウドは胸を押さえてそのままベッドに倒れ込んだ。
まさか本当に殺し文句だったのか。
無事を確かめようと近づくと、クラウドの腕に引き寄せられた。
「本当に、アメリアの膝を貸してくれるのか?」
「はい、このような膝でよろしければ」
そう言って、アメリアはベッドの上で正座をして、膝をポンとたたく。
「はぁぁぁ……この誘惑に抗える気がしないな」
ぼそりと何かを呟いて、クラウドはそっとアメリアの膝に頭を乗せた。
そして、ぎこちなくもアメリアに委ねるようにして目を閉じる。
(ひぇっ、クラウド様が、私の膝の上でっ)
自分で言っておきながら、アメリアの心臓は飛び出しそうなくらい暴れていた。
しかし、こんなに近くでクラウドをじっくり見つめられる機会はそうそうない。
花の姿だった時も至近距離で眠っていたことはあるが、クラウドを観察する余裕なんてなかった。
今も余裕なんてないけれど、クラウドに大切に想われているという自信がついてきた。
だから、アメリアは少し勇気を出して、クラウドの少しだけ伸びた黒髪に触れる。
きれいに整った精悍な顔立ちが、少しだけ翳っていた。
眉間のしわも、いつもより深い気がする。
(せめて、私といる時だけでもお休みしていただければいいのですが……)
いつもアメリアを守ってくれるクラウドの心休まる場所になりたい。
「クラウド様、本当にお疲れさまです。どうぞゆっくりお休みください」
優しく頭を撫でながら、その眠りを邪魔しないようアメリアは小声で囁く。
しばらくすると、クラウドからすうすうと寝息が聞こえてきた。
「心から愛しています」
面と向かって言うのは恥ずかしいが、眠るクラウド相手だとすんなりと言葉が出てくる。
いつか、クラウドの目を見て、自信を持ってちゃんと伝えられるようになりたい。
そうして、アメリアの瞼も重くなり、クラウドの隣に寄り添うように眠ってしまったのだった。
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