〈第23話〉 騎士様に魔法石をいただきました
すべてを話せば、もう一緒にはいられないと思っていた。
嘘をついて、彼を騙していた自分が、優しくされるなんてあり得ない――と。
しかし、クラウドは変わらず優しくて、アメリアを心配してくれた。
だからこそ、少しでも彼の力になりたいと思った。
「……それじゃあ、この作戦でいきましょう」
ジュリアンの言葉を聞いて、アメリアは意識を現実に戻す。
アメリアの変身魔法を使って、ヴィクトリアから情報を得るための作戦が決まったのだ。
自分からお願いして作戦に参加するのだ。
できるだけクラウドたちの足を引っ張らないようにしなければ。
アメリアがぐっと拳を握りしめた時、クラウドに名を呼ばれた。
「アメリア。これを身につけておいてくれ」
そう言ってクラウドに手渡されたのは、真紅のイヤリング。
クラウドの瞳の色によく似ている。
とてもきれいだ。
「俺の魔力を込めた魔法石だ。姿を変えていても、俺となら会話ができる」
「えっ、そんな……私がいただくわけには。私にはこのペンダントがありますし」
ただでさえ、クラウドにはたくさんの贈り物をもらっている。
その上、魔法石はかなり高価なものだ。
男爵家のお金はほとんどヴィクトリアが使い込んでいたため、アメリアは宝石を買ったことも身に着けたこともない。
唯一の例外が母からもらったペンダントなのだ。
そして、このペンダントには魔法石が埋め込まれている。
魔法使いは、自分の瞳と同じ色の石に魔力を込める。
宝石の色は、アメジスト。アメリアの瞳とも同じだ。
母が魔法騎士団に所属していた時から愛用していたもので、アメリアにとって母との繋がりを感じられる大切なものだ。
だから、ヴィクトリアに奪われないように肌身離さず身に着けていた。
アメリアにとって、高価な装飾品はこのペンダントだけで十分だった。
それに、魔法石に魔力を込めるだけでなく、魔法石を通して会話ができるなんて、かなり高度な魔法ではないだろうか。
そうなると、ますますこの魔法石の価値は高まる。
クラウドに迷惑ばかりかけているアメリアが、受け取れるはずがない。
しかし。
「今回の作戦にも必要だから、必ず身につけてくれ」
そう言われてしまっては、断れない。
アメリアのせいで今回の作戦を失敗させるわけにはいかないのだ。
「ありがとうございます。でしたら、この作戦が終わり次第、すぐにお返しいたします」
傷ひとつ付けないように気をつけなければ。
アメリアはそっとイヤリングを手のひらで包み込む。
「返さなくていい。これは、アメリアのために作ったものだから」
その言葉に驚いたのは、アメリアだけではなかった。
「はぁっ?!! ちょっと待って、あたしが連絡用に魔法石欲しいって言った時は断ったくせに? え? 何それ……しかもすでに作ってたってことは」
「うるさい」
クラウドがジュリアンの言葉を遮ってから、アメリアに向き直る。
「だから、これをアメリアがもらってくれないと俺が困るんだ」
少し照れたような笑みを浮かべ、クラウドは優しい眼差しでアメリアを見つめた。
こんな言い方をするなんて、ずるい。
胸が甘く疼いて、どんどん期待が膨らんでいく。
けれど、アメリアは分からない。
クラウドが何故、優しくしてくれるのか。
「ど、どうしてこんなに優しくしてくれるのですか……? 私は、恩人であるクラウド様相手に姿を偽り、騙していた悪い女です。クラウド様は、もっと、私を責めるべきです……」
「俺はアメリアに騙されたとは思っていないし、何か事情があるのだろうと黙っていたのは俺も同じだ。それに今、君は話してくれた。危険な調査に協力もしてくれる。責めるはずがない」
花の姿でいた時に向けられていたのと同じ、優しい眼差しが向けられた。
クラウドはアメリアの言葉を疑うことなく信じてくれている。
それなのに、アメリア自身が彼の優しさを疑っていた。
今、アメリアが口にするべきなのは、疑う言葉ではなく、ましてや謝罪でもない。
「……クラウド様。私を信じてくださって、ありがとうございます。必ず、お役に立ってみせます」
ようやくクラウドの役に立てるかもしれないのだ。
絶対にこの作戦を成功させたい。
クラウドのためだけでなく、自分のためにも。
「アメリアちゃん、あなたのおかげであたしたちはアンポクスに繋がる手掛かりを得た。もし作戦がうまくいかなくても、あなたは自分の身を一番に考えてちょうだいね」
クラウドも、ジュリアンも、アメリアの安全を最優先に考えてくれる。
今まで、自分のことは自分で守らなければならなかった。
ヴィクトリアからの仕打ちに耐える時も、一人で林道に置いて行かれた時も。
しかし、もうアメリアは一人ではない。
作戦の間だけでも、守ってくれる人がいる。頼れる人がいる。
「ありがとう、ございます……」
泣きそうにならながら、アメリアは心を込めて礼を言う。
「アメリア、俺がつけてもいいか?」
何のことかはすぐに分かった。
頬を赤く染めながら、アメリアはこくりと頷いた。
クラウドはその優しくて大きな手で、小さな赤い石が輝くイヤリングを持って。
アメリアのこじんまりとした耳たぶに触れた。
「……はあ、可愛すぎる」
かすかに漏れ出たクラウドの声を拾ってしまい、アメリアの心臓がはねる。
好きな人に可愛いと言われて、嬉しくないはずがない。
まだ片耳しか付けていないのに、この至近距離でそんなことを聞いてしまったら、ドキドキが止まらない。
かすかに触れるクラウドの手、間近に感じる気配、すべてに敏感になってしまう。
そしてようやくイヤリングを着け終わった時には、互いに顔が真っ赤になっていた。
「……クラウド様、ありがとうございます」
「いや、こちらこそ……身につけてくれてありがとう」
もじもじと目線を合わせられないまま、言葉を交わす。
そして、数秒の沈黙が落ちる。
「ねぇ、なにこれ。あたしは一体何を見せられてるの?!」
その声にハッとして、アメリアはジュリアンに頭を下げる。
目の前のクラウドのことでいっぱいいっぱいで、ジュリアンもいることを失念していた。
「まだいたのか」
「いや、扱い酷くない?!」
「作戦は立てた。決行は明日だ。お前には準備してもらうものもあるからな、今日はこれで解散だ」
クラウドが淡々と告げた。
「あんたさっさとアメリアちゃんと二人になりたいだけでしょ!! ってか、分かってんの?! この屯所にアメリアちゃんが入ってきた記録はないんだから、人の姿で出ることはできないわよ?」
ジュリアンに指摘され、そういえばそうだと思い出す。
アメリアは花の姿で入ってきたから、騎士団の訪問者履歴には名前がない。
入っていないはずの人間が、突然現れれば不審に思われるだろう。
「また花の姿に戻ります。ですが、私はどうすれば良いのでしょうか」
「ジュリアンが言っていたことは気にするな。一緒に帰ろう」
「本当に良いのですか?」
「もちろんだ」
アメリアは、力強く頷いたクラウドよりも、ジュリアンのことが気になった。
これでまた揉めたりしないだろうか、と。
しかし、ジュリアンは大丈夫だというように笑ってくれた。
「それではクラウド様。お手数おかけしますが、連れて帰っていただけますか?」
「あぁ。ちょうどいい機会だ。そのイヤリングで会話ができるかも試そう」
「はい」
そうして、作戦会議は終了し、アメリアは明日に備えてクラウドとともに帰ることとなった。
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