〈第24話〉 騎士様と買い物をして帰りました
「おい、あれ副団長だよな?」
「あ、あぁ……」
「花に笑いかけているように見えるんだが」
「俺もだ」
「……あの笑わない鉄仮面、シャトー副団長が」
「どういうことだ!? 笑ってるぞ! しかも花に!」
「待て待て。落ち着け。そんなはずない、これは夢だ」
「そ、そうだよな」
部下にも笑みを見せたことがない、表情筋が鉄でてきているのではないかと言われている魔法騎士団副団長クラウド・シャトーが笑みを浮かべている。
それも、可憐な花に。
あり得ない光景に、コラフェル地方常駐の騎士たちは戸惑いを隠せずにいた。
全員で同じ夢を見ているのだと結論付けたが、どうにもなかなか目覚めない。
ついに、目の前にクラウドがやってきた。
「何をコソコソ話している? 報告すべき情報があるなら聞くが?」
魔眼を持つクラウドの眼光は鋭く、騎士たちはすくみ上って声も出ない。
そんな部下の様子を一瞥した後、クラウドは背を向けて街の方へ歩いて行った。
「いやいや見間違いじゃねぇよ!」
「めちゃくちゃ大事そうに両手で花包んでたな!?」
「あの鉄仮面の副団長が……花に笑いかけるなんてただ事じゃないぞ」
「どうする!?」
「とりあえず、俺たちも花を大切にしよう」
「そ、そうだな」
騎士たちは混乱の末、あらぬ方向へ決意した。
そして、その一部始終を目にしたジュリアンは盛大なため息を吐いたのだった。
* * *
アメリアは、クラウドの大きな手のひらに包まれていた。
『クラウド様』
呼びかけると、クラウドが優しい笑みを向けてくれる。
クラウドにもらったイヤリングのおかげで、花の姿の時でも声が届く。
『先ほどの騎士様たち、驚いていたようですが、大丈夫でしょうか? やはり、私は小瓶に入れていただいても……』
「そんなことできるはずないだろう」
『でも、クラウド様が花に話しかけるおかしな人だと思われるのは嫌です』
「かっわ……い、いや、大丈夫だ。俺は元々あいつらに怖がられているから、むしろ花を愛でていることで恐怖が緩和されただろう」
『それなら良いのですが……』
すでに十分様子がおかしいことには気づかずに、アメリアはクラウドの言葉を信じる。
「それよりも、何を買うか考えてくれたか?」
騎士団の屯所を出て、クラウドが向かっているのはコラフェル地方の市場だ。
家にはもうほとんど食材がないので、買い出しに向かっている。
明日になれば、アメリアは調査のためにヴィクトリアのもとへ行かなければならない。
作戦が成功すれば、アメリアはディーナス男爵家に帰ることになるだろう。
だから、クラウドと同じ屋根の下で、一緒に食事をするのは今晩が最後になる。
『クラウド様のお好きな食べ物は何ですか?』
せっかくなら、クラウドの好きな食べ物を作りたい。
そう思って聞いたのだが。
「好きな食べ物か……考えたことがなかった」
市場の方へ向かいながら、クラウドは眉間にしわを寄せて考え込む。
まさかこんなに悩ませてしまうとは思わなかった。
『えっと……それでしたら、食べられない物などはありますか?』
「騎士たるもの、好き嫌いをせず何でも食べるようにと生きてきたからな……だが、アメリアの料理はとても美味しかった。きっと、君が作るものが俺の好物だ」
そう言って、クラウドは笑う。
その笑顔と言葉に胸がきゅんとした。
これは絶対に美味しい料理を作らなければ! アメリアはそう決意する。
*
「ロイシャ地方の新鮮な野菜が入ってるよ~!」
「肉といえばうちの店が一番だ!」
「今晩のメニューに魚はどうだい?」
「王都でも大人気の紅茶はいかが~?」
市場に着くと、呼び込みの声が飛び交っていた。
野菜や肉だけでなく、茶葉や酒、日用品まで、いろんな店がたくさんある。
そこに引き寄せられる人々の数も、夕飯時とあって多い。
「アメリア、何から買えばいい?」
『では、まずはお野菜からお願いします』
「分かった」
それから、クラウドはアメリアの言うとおり、市場で必要な食材や調味料を購入してくれた。
嫌な顔ひとつせず、とても楽しそうに。
(クラウド様はなんて素敵な方なのでしょう)
幼い頃は、おとぎ話に出てくる王子様に憧れていた。
しかし今は、王子様よりも断然騎士様がいい。
優しくて、頼りになって、いつでも自分を守ってくれる。
過保護すぎやしないか、と思うことはあるが、こんなにもアメリアを大切にしてくれる人はいないだろう。
アメリアの中で、クラウドへの想いはどんどん大きくなっていく。
買い物を終えて、街を出る。
人気のない場所までくると、アメリアは人の姿へ戻った。
「もうすぐ家に着くんだ。花の姿のままでもよかったのに」
「いいえ。私も自分の足で歩いて帰りたいのです。それに、私にも荷物を持たせてください」
クラウドの手には、今日の購入品が詰まった袋がいくつもある。
アメリアも一緒に食べるのに、クラウド一人に持たせるわけにはいかない。
「アメリアに重い荷物を持たせられるはずないだろう?」
「クラウド様。私はそんなにか弱くありませんから、大丈夫ですよ」
「それなら、こうしよう」
アメリアが譲る気がないと悟ったのか、クラウドは袋の片方の持ち手をアメリアに渡し、もう片方を自分が持った。
二人の間に、一つの荷物がぶら下がっている。
そして、アメリアのおかげで軽くなったとクラウドは笑みを浮かべた。
その優しさと思いやりに、アメリアの口元にも笑みがこぼれる。
あたたかなぬくもりがアメリアの胸に広がっていく。
「今日買った食材だけでは、何を作るのか分からないな」
「私が大好きな料理を作りますから、楽しみにしていてくださいね」
夕陽が沈む中、二人は一緒に荷物を持って家に帰りついた。
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