〈第34話〉 騎士様のもとへ戻ってきましたが
イヤリングにはクラウドの魔力が込められている。
だから、もしかしたら――そんな希望を持って強く祈った。
その結果、アメリアは祈ったとおり、クラウドのもとへ転移することができた。
しかし、人ではなく、花の姿になっていた。
「アメリア!?」
クラウドは突然現れたアメリアを受け止め、その大きな手で優しく包み込む。
(ど、どうして花の姿なのでしょう!? いいえ、それよりも……)
今はどういう状況だろう。
ヴィクトリアの復讐計画は?
アンポクスはどうなっているのか。
アメリアは周囲を観察する。
室内の壁には薬品棚がずらりと並んでいた。
ここがベアード博士の研究室だろうか。
騎士たちのよって、棚に並んでいた薬品は慎重に箱に入れられているところだった。
ヴィクトリアはロープで縛られて騎士に連れられており、盗賊団の団員であろう数人の男たちは捕まっている最中だった。
これではアンポクスを騎士たちに使おうと思っても動けないだろう。
アメリアが心配していたような出来事は起きていないようだ。
そのことに、アメリアはひとまずホッとする。
「あの花、副団長が魔法で出したのか?」
「そういえば、以前も同じような青紫の花を大切そうに持っていたよな」
「任務中に出したってことは、すごい魔法の花なんじゃないのか!?」
そんな会話をしながら、騎士たちが盗賊団の男たちを縛り上げて部屋を出て行く。
後ろ姿を見つめながら、アメリアは居たたまれない気持ちになる。
(……うぅ、そんな大した花ではないのです)
クラウドのことが心配でたまらなくて必死だっただけだ。
とはいえ、言いつけを破ってしまったアメリアに対して、クラウドは険しい顔をしている。
さすがに怒っているだろう。
そう思ってクラウドを見上げたのだが。
「何故、アメリアがここに? まさか、俺がアメリアのことを想い過ぎて呼び寄せてしまったのか……っ!? な、なんてことだ!」
クラウドはなにやら真剣な表情で呟き、片手で顔を覆ってしまった。
悪いのはアメリアなのに、クラウドは何故か自分を責めている。
(クラウド様は何も悪くありません! 私が勝手に来てしまっただけで……)
必死で伝えようとするが、転移によってイヤリングにこめられた魔力が底をついてしまったのか、クラウドと意思の疎通ができない。
身振り手振りで伝えようにも、花の姿ではそれも敵わない。
「申し訳ないが、来てしまったのなら、俺の側が一番安全だろう」
そう言って、クラウドは胸元のポケットにアメリアをそっと入れる。
アメリアはこれ以上クラウドの仕事の邪魔はしてはいけない、と大人しく花として側にいることに決めた。
しかし、薬品を押収している騎士たちまでもが、クラウドの胸に咲いている花に視線を向けてくる。
「おい、大事そうにポケットに入れてるぞ」
「一体どんな魔法道具なんだ?」
「分からないが……一瞬だけど、あの副団長が笑ってなかったか?」
「まさか。そんな訳ないだろ」
「そ、そうだよな」
クラウドは聞こえていないのか、気にしていないのか、そんな部下の横を通り過ぎて、研究室を観察している。
図らずも、任務中のクラウドを間近で見ることになってしまい、アメリアはドキドキする。
凛々しい眉に、通った鼻筋。男らしい太い首元。
鋭く光る赤い眼は、アメリアには見えない何かを見ている。
(クラウド様、素敵すぎます……っ!)
ずっと見ていたいのに、かっこよすぎて見つめていられないくらい心臓が痛い。
下から見上げている状態でこんなにもドキドキしてしまうのだ。
正面から見てしまったら、見つめられたら、自分の心臓はどうなってしまうのだろう。
しかし、今はこんな風に浮かれている場合ではない。
そう頭では分かっているのに、クラウドが無事だということに安心してしまい、気が緩んでいた。
「ここにアンポクスの材料はないな」
室内を十分観察し、クラウドが苛立ちを含ませて言った。
その言葉にアメリアも驚き、騎士たちの間にも緊張感が走る。
「アンポクスの材料がどこか別の場所に運び込まれている可能性がある。カルヴァーグ家に関わりがある他の場所も探せ」
クラウドが命じると、騎士たちはすぐに動いた。
そして、室内にはクラウドとヴィクトリアだけが残った。
「さすが、魔法騎士団副団長さんだねぇ」
今まで黙って見ていたヴィクトリアが、ふっと笑う。
「本当の研究室はどこだ? あの薬がどれだけ恐ろしいものなのか、分からないのか!?」
「あの薬は、あたしらにとっては希望の薬だよ。魔法が使えないあたしらでも目障りな魔法騎士を排除できて、魔物も操ることができるんだからね」
「アンポクスを使った復讐計画など、成功するはずがないだろう。魔力を持たない一般人にも無害ではないんだ。アンポクスに関わっていれば、いつかお前たちも正気を失うぞ」
クラウドの忠告にも、ヴィクトリアは笑みを浮かべている。
そこに危機感や恐怖はない。
それどころか、どこか余裕さえ感じさせる。
(ヴィクトリアはまだ何か隠しているのでしょうか)
ヴィクトリアが使える手は盗賊団の男たちだけではないのだろうか。
彼らは一人残らず騎士たちに連れて行かれている。
助けにくることはできないはずだ。
もし来たとしても、クラウドが対処できないはずがない。
「まさかこの屋敷がこんなに早く見つかるとは思わなかったけれど、十分な時間稼ぎはできただろう?」
誰かに話しかけるように言って、ヴィクトリアは一歩後ろに下がる。
カチっという音がしたと気づいた次の瞬間、クラウドの足元の床が消えた。
「アメリア、逃げるんだ」
クラウドの言葉が届いた時には、アメリアは空中に投げ出されていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます