〈第5話〉 騎士様を癒すためにできることを考えました

「いってくる」


(クラウド様、いってらっしゃいませ)


 今日は寝過ごすことなく、クラウドを見送ることができた。

 それにしても花である自分に声をかけて家を出ていたとは。

 きっと、昨日も声をかけてくれていたのだろう。


(やはり、クラウド様は相当花がお好きなのですね)


 そういえば昔、男爵家で雇っていた庭師も毎日育てている花や植物に話しかけていた。


――植物にも心は伝わりますからね。愛情をかけた分、美しく咲いてくれるんですよ。


 庭師の言葉を思い出し、アメリアは納得した。

 クラウドも庭師と同じ。

 彼はただ、愛情をもって花を育てようとしているだけだ。


(でも、普通の花をベッドに寝かせていたら萎れてしまいますよ……?)


 部屋の惨状を思えば、クラウドに花の世話は向いていないだろう。

 しかし、分からないなりに一生懸命考えてくれていることは伝わってくる。

 方向性は間違っているかもしれないが、アメリアはたしかに大切にされている――花として。


(そういえば、なんだかクラウド様の顔色が悪かったような気がします。やはり床で寝ていては疲れもとれませんよね……)


 田舎の小さなディーナス男爵領にも、定期的に魔法騎士が派遣されていた。

 魔獣の被害があった時や、魔法に関する事件があった時、やはり領内の自治組織だけでは対処できないからだ。

 クラウドは、任務のためにこの家を借りていると言っていた。

 先日、アメリアが魔獣に遭遇したことを思えば、魔獣に関する調査で派遣されたのだろう。

 眠りが浅く、疲れがとれないまま、任務について大丈夫なはずがない。


(私のせいでクラウド様に何かあったらどうしましょう……っ!)


 クラウドが眠れていないのは、確実にアメリアのせいだ。

 花の分際でベッドを占領しているのだから。

 彼のためには、自分がいなくなるのが一番だと分かってはいる。

 しかし。


 ――これからは、君が家で待っていてくれると思うと頑張れるよ。


 この部屋には、アメリア以外に花はない。

 クラウドは、今まで花を愛でる生活とは無縁だったのだろう。

 そんな彼が笑って言ってくれたのだ。

 アメリアが家で待っていると頑張れる、と。


(私も、花の姿を保てる限りは、クラウド様のお側にいたいです)


 いなくなる以外の方法で、クラウドの疲れを癒す方法はないものか。

 とにかく、どうにかクラウドをベッドに寝かせたい。

 アメリアはしばらく頭を悩ませるが。


(……駄目です。いい案が思いつきません)


 アメリアが人としてここにいたのなら、やりようはあった。

 掃除をしたり、洗濯をしたり、料理を作ったり、マッサージをしたり――。

 クラウドの体に触れる自分を想像してしまい、かあっと全身が熱くなる。

 慌てて想像をかき消し、ドキドキする心臓を落ち着かせた。


(と、とりあえず、掃除をしながら考えましょう)


 アメリアは人の姿に戻り、昨日ベッドの下に隠したはたきと雑巾を取り出した。

 しかし、昨日ピカピカに磨き上げた部屋に、新しく積もるホコリはそう多くなくすぐに掃除は終わる。

 そして、窓に映った自分の姿を見て、アメリアは愕然とした。


「わ、私、なんて格好をしているのでしょう……っ!?」


 掃除のためにと引き裂いたため、着ていたドレスはボロボロで膝丈になっている。

 華奢な手足が丸出しで、自分でも見ていられないほど恥ずかしい。

 こんな姿がクラウドに見られなくてよかった。

 ホッとするのもつかの間、アメリアはもう一つ重大なことに気づいてしまった。

 花の姿に変身して過ごすこと半年。

 アメリアは湯あみを一度もしていない。

 花になっていた時には気にならなかったが、このままでは落ち着かない。

 もしや酷い悪臭を放ってはいないか。

 クラウドが眠れないのがアメリアの悪臭のせいだったら。

 不安になり、アメリアは自分で匂いを嗅いでみる。


「うぅぅ、自分では匂いが分かりません」


 花の時はどんな匂いなのだろう。

 アネモネの花は無香だが、魔法で体臭まで隠せるとは思えない。

 年頃の娘として、アメリアは耐え難い羞恥に襲われた。

 そして、目に涙を浮かべながら、アメリアは決意する。


「私は、クラウド様が思うような美しい花でありたいです」


 掃除をしている中で、この家の構造は把握した。

 アメリアは罪悪感を抱きながらも、小さな風呂場を使わせてもらうことにした。

 とはいえ、魔法が使えないアメリアに水を引いてくることはできない。

 だから、花瓶に入っていた水で布を濡らし、身体を拭いていく。

 すると、いつもなら訪れるはずの痛みがないことに気づいた。


「あれ? 傷が、消えています……」


 ディーナス男爵家で、継母に鞭で打たれた時の傷跡が消えている。

 半年間の間に傷が癒えたのだろうか。

 しかし、いくつかあった古傷も消えていた。

 不思議に思いながらも、アメリアにはゆっくりしている余裕はない。

 手早く身体を清め、髪も水で濡らす。

 こういう時に風魔法が使えれば一瞬で乾かせるのだろうが、アメリアはじっと乾くのを待つしかない。

 今があたたかな春でなければ、風邪を引いていただろう。


「これで、少しはきれいになれたでしょうか」


 ドレスの裾はどうしようもないが、身体を清めたことで少し気分がすっきりした。

 そして、匂いも問題ないだろう。

 そう結論付けで、アメリアの頭にある考えが浮かぶ。

 

「匂い……そうです! リラックスできる香りがあれば、クラウド様も癒されるかもしれません」


 アメリアは花なのだから、香りがあってもおかしくない。

 実際は無臭のアネモネだが、花の世話に疎いクラウドだ。

 花の特徴など分からないだろうし、花の香りをかぎ分けることもないだろう。

 そうと決まれば、行動あるのみだ。


「クラウド様のためには、リラックスできて、ぐっすり眠れる香りがあるといいですね」


 当然ながら、物置同然のこの家にはなかった。

 しかし、たしかこの家までの道中で、ラベンダーが咲いていた場所があったはずだ。

 ラベンダーの香りは、不眠症に効果がある。

 クラウドのために、絶対に手に入れたい。

 アメリアは母のくれたペンダントを握りしめる。


(どうか、お母様。力を貸してください)

 

 外を歩いても怪しまれない姿で思いついたのは、猫だった。

 ペンダントに残る魔力量が心配だったが、姿を変えることに成功した。


「クラウド様、ほんの少しだけ留守にします」


 青紫色の毛並みの猫になったアメリアは、ラベンダーを求めてクラウドの家を出た。

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