花の姿でお持ち帰りされた令嬢は、騎士様に恩返ししたい! ~何故か、花なのに溺愛されています~
奏 舞音
〈プロローグ〉 駆け落ちした恋人(?)に置いていかれました
「必ず迎えに来るから、君はここで待っていてくれ」
つないでいた手を離して、告げられた言葉。
アメリアの瞳が不安に揺れる。
見知らぬ土地――それも人通りの少ない林道に置いていかれようとしているのだから、当然といえば当然だ。
もうすぐ教会のある街にたどり着くと言っていたのに、何故、今この場所で待たなければならないのだろう。
心臓が嫌な音を立てはじめる。
一人にしないで――という想いは口に出せなかった。
何故なら、自分たちは愛し合う本物の恋人同士ではないから。
どうして愛してもいない相手と駆け落ちすることになったのか。
その答えはひとつ。
継母に殺されそうになっていたからである。
アメリアはディーナス男爵家の一人娘で、幼い頃に母を亡くした。
母の死から数年後。父が迎えた後妻は、見た目は美しいが心は醜い人だった。
前妻の娘であるアメリアのことが気に食わないらしく、暴言や嫌がらせは日々加速していった。
その上、女主人である継母の身勝手でクビにされた使用人たちに代わって、アメリアが屋敷の仕事をするようになった。
父は仕事が忙しく、滅多に屋敷に帰ってこない。
そして、使用人の仕事をすることが日常になっていた先日、父が事故で死んだという報せが届いた。
仕事人間で、継母の仕打ちに鈍感な父だったが、アメリアは愛していた。
唯一の肉親であった父も失い、アメリアは十七歳で一人ぼっちになってしまった。
父の死にショックを受けていたアメリアに、優しく声をかけてくれたのが、父が贔屓にしていた商家の息子ローレンスだった。
「こういう時に言うことじゃないかもしれないけど、僕はずっと君のことが好きだったんだ。だから、君は一人なんかじゃない。泣きたい時は僕の胸を貸すよ」
彼のことを特別意識したことはなかった。
しかし、好きだと言われて、優しくされて、アメリアの心が彼をよりどころにするのにそう時間はかからなかった。
――だから、あの時も。
「なんですって……? 遺産はすべて娘に相続させる? こんな遺書は無効よ! ディーナス男爵家の遺産はすべてこのわたくしのものでしょう?」
「そうだと言いたいところですが、遺書の原本は王城に保管されていますから、無理でしょうね」
「ちっ、あの娘さえいなければ……! そうだわ。お前なら、病気に見せかけて殺す毒も用意できるのではなくて?」
「えぇ、もちろんです」
偶然通りかかった部屋から聞こえてきた会話。
継母が誰と話していたのかまでは分からない。
それでも、このままでは殺されるかもしれないということだけは分かった。
「ローレンス、助けてくれませんか」
アメリアが頼れるのは、今は一人だけだった。
継母に毒を盛られる前に。遺産をすべて奪われる前に。
何か行動を起こさなければ、きっとすべてを失ってしまう。
「それなら、僕と駆け落ちしよう」
教会で結婚の誓約書にサインしてしまえば、それがどんな形であれ、法的には正式な夫婦として認められる。
継母から遺産を守るためには、結婚が手っ取り早いとローレンスは言った。
「他人のままの僕だと、いざという時に君を守れないからね」
そうして、二人で手を取り合い、安住の地を求めて逃げてきたというのに――。
両親に続いて、彼まで自分を置いていってしまうのか。
「大丈夫。追手がいないか確認するだけだ。すぐに戻ってくるよ」
不安がるアメリアに対して、ローレンスは言葉を重ねた。
胸元に光るペンダントをぎゅっと握りしめて、アメリアは頷いた。
彼を信じて頷くことしか、できなかった。
そして、遠ざかる背中を見つめながら、アメリアは考える。
ここは、整備されていない林道だ。
その上、日が傾き始め、周囲は闇に覆われていく。
年若い娘が一人で待つには心細い場所である。
(お母様、助けてくれるかしら……)
母は、変身魔法を得意とする魔女だった。
しかし、アメリアに魔法の才能はない。
だから、母は亡くなる前にアメリアに魔法道具をくれた。
――いい? アメリア。あなたがどうしても乗り越えられない困難に陥った時に使うのよ。
母の魔力が込められた、母を感じられる宝物だ。
魔法道具の魔力を使い果たすとどうなるのか。
アメリアには分からない。
だから、今まで使うことはなかった。
いくら継母に酷い仕打ちをされようと、それはアメリアにとって乗り越えられない困難ではなかったから。
そして今、アメリアは初めてペンダントに願いを込める。
変身魔法のコツは、自分のなりたい姿を強くイメージすることだと母は言っていた。
だから、好きなものや思い入れのあるものの方が成功率も高いし、クオリティも上がるのだとか。
(私は、花になりたいです。誰かに寄り添えるような、優しい花に……)
その直後、ふわりとあたたかい光に包まれたかと思うと、アメリアの姿は花に変わった。
青紫の花弁を持つ、美しいアネモネの花に。
――きっと、彼は迎えに来てくれる。
そう信じて、アメリアはひたすら待った。
しかし、それから数日、数か月が経っても、ローレンスが迎えにくることはなかった。
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