〈第2話〉 命の恩人の騎士様に花の姿でお持ち帰りされました


 騎士の家は、林道から歩いて数十分ほどの街はずれにあった。

 丘陵地帯にぽつりと立つ、家。

 しかし、それは家というより小屋のようで、アメリアは意外に思う。

 破魔の騎士になれる人材は貴重で、重宝されていると聞く。

 そんな彼が、こんな小屋のような家に住んでいるなんて。

 というか、背の高い彼にとって、この家は小さすぎるのではないか。

 案の定、彼は入口で頭をゴツンとぶつけた。


「っつぅ……」


 頭を押さえて呻きつつ、騎士は室内に入る。

 そして、部屋の様子を見て、「あ」と声を出した。

 彼の視線を追うように、アメリアも室内に意識を向ける。


(あら……なんだか)


 控えめに言って、かなり散らかっていた。

 食卓らしきものの上には書類や本が山積みになっており、脱いだままの衣類が部屋に散乱している。

 唯一物がないのはベッドの上くらいだろうか。

 その上、床や部屋のあちこちでホコリが目立つ。

 窓を開けて今すぐ空気を入れ替えた方がいい。

 そんな目の前の惨状に、アメリアはただただ茫然とする。


「散らかっていて、すまない」


 急に、騎士は眉間にしわを寄せて、ばつが悪そうに言った。

 彼は独り暮らしの自分の家に帰ってきただけだ。

 持ち帰った花に弁解する必要はないはずである。

 それなのに、彼は言い訳のように続けた。


「ここは任務のために借り暮らしてるだけで、ほとんど帰らないんだ……だから、その、物置部屋のようになっている。けっして俺が片付けをしないとか、そういう訳ではなくてだな……」


 花を相手に言い訳している騎士がなんだか可愛く思えてきて、アメリアは微笑む。

 とはいえ、笑顔なんて表情は花にはないが。


「でも! ちゃんと居場所は作るから!」


 そう言って、彼は片手で器用に清潔なハンカチをチェストから取り出し、唯一物が置かれていなかったベッドに敷いた。

 さっと手でハンカチのしわを伸ばすことも忘れない。

 そして、それはもう丁寧な手つきで花(アメリア)をハンカチの上に寝かせた。


(え、ベッド……? これは、どういう状況でしょう?)


 何故か、花に変身しているはずの自分がベッドに寝かされている。

 アメリアの頭には、疑問符が大量発生した。

 いくら花の扱いに慣れていないとしても、花をベッドに寝かせる人がいるだろうか。

 騎士の行動の意味が分からない。


「俺はこちらで寝るから安心してくれ……あ、水分も必要だな」


 その上、彼は床で寝るつもりらしい。

 アメリアが戸惑っているうちに、彼は水差しの準備を始める。

 本当にこの家に慣れていないようで、水差しを探すだけでもガシャンと食器が割れる音がした。


(……大丈夫でしょうか)


 心配だが、花であるアメリアには何もできない。

 ここで人間の姿に戻れば、それこそ驚かせてしまうし、それだけでは済まないだろう。

 彼は、破魔の騎士なのだから。

 魔法で姿を変えているアメリアなど、怪しまれるに決まっている。

 不審者として捕まってしまうかもしれない。

 やましいことは何もないと言いたいが、継母のことを思うと自信が持てない。

 それに、いつかは魔力が尽きてしまうだろう。

 変身魔法が解ける前に、騎士から離れた方がいいかもしれない。

 などとアメリアが悩んでいる間に、彼はバタバタと慌てて戻ってきた。


「枯れたら大変だから、たくさん水も入れてきた」


 ベッドサイドに置かれたのは、大きめの花瓶だった。

 中にはたっぷりの水が入っているのだろう、かなり重そうだ。


(順番が、おかしくありませんか?)


 花瓶は、花を摘んで帰ったなら真っ先に用意するものではないだろうか。

 それを最後に持ってきて、彼は満足そうに笑みを浮かべている。

 これから花瓶に活けられるのだろう。

 それが花のあるべき姿である。花には広すぎるベッドに横たわるのではなく。

 しかし、いっこうに彼はアメリアを花瓶には活けず――。


「申し遅れた。俺は、リナレス王国魔法騎士団のクラウド・シャトーだ」


 なんと花相手に自己紹介を始めた。

 そしてその内容に、さあっと血の気が引く。


(やはり魔法騎士団の方だったのですね……私の正体、バレていたりしませんよね!?)


 魔法を使ったのが生まれて初めてのアメリアに比べれば、魔法騎士団の彼は魔法のエキスパートに違いない。

 そんな彼が花に向かって話し続けるなんて、色々とおかしい。

 もしや、アメリアが花としての姿を保てなくなるのを待っているのだろうか。

 今すぐに逃げ出したいが、ここ半年、一度も人の姿に戻ったことがないのだ。

 母の魔法の強さには救われていたが、このままでは逃げることもできない。

 追い詰められて、アメリアが泣きそうになっていると、不意に優しいぬくもりに包まれた。


「魔獣に踏み荒らされそうになっていたのを見た時は冷や冷やしたが、助けられてよかった。本当に、美しい花だ」


 うっとりと見つめられ、アメリアの思考は止まった。

 クラウドは、田舎のディーナス男爵領ではお目にかかれないイケメンだ。

 そんな彼に花の姿ではあるが美しいと褒められて、ときめかない乙女などいないだろう。

 花に語りかけるような、ちょっと変わった騎士ではあるが。


「これからは、君が家で待っていてくれると思うと頑張れるよ」


 そう言って、クラウドは優しく笑った。

 アメリアを見つめる赤い瞳には、責めるような色はない。

 変身魔法を見破られたわけではないのならば――。


(これからも、ここに居てもいいのでしょうか)


 正直、あの寂しい林道に戻りたくはない。

 また魔獣に襲われたらと思うと、怖い。

 帰れば殺されるかもしれないディーナス男爵家には帰れない。

 救い出してくれたはずのローレンスには、置いていかれた。

 きっと、もう迎えには来ないだろう。

 どういう心境の変化かは分からないが、強面の男たちにアメリアの情報を流したのは彼だろうから。

 アメリアには、もうどこにも居場所はない。

 それならば、花としてでもアメリアを大切にしてくれるクラウドの側にいたい。

 こんな風に誰かに気遣われたり、優しく扱われたりするのは久しぶりだった。

 クラウドが優しく笑いかけてくれるだけで、恐怖や不安が和らいでいくのを感じる。

 彼が破魔の騎士で、いつか花の姿を保てなくなった時に尋問されるかもしれなくても。


(クラウド様。私は、アメリアと申します。これから、どうぞよろしくお願いいたします)


 彼の家で世話になるのだ。

 伝わらないと分かっていても、アメリアは自己紹介と挨拶をした。

 命を救ってくれた彼に、名乗らない無礼はしたくないと思ったから。

 不思議と、クラウドはアメリアの言葉に頷いたような気がした。


「じゃあ、おやすみ」

 

 そして、家主であるクラウドは物が散らかった床に寝転がった。


(えっ、花(わたし)がベッドで寝るのは確定ですか!?)


 花である自分がベッドを占領し、家主で命の恩人であるクラウドを冷たく固い床に寝かせるなんて。

 申し訳ない気持ちでいっぱいだったが、クラウドはものの数秒で寝息を立てはじめたのだった。

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