〈第39話〉 騎士様と約束しました


(ここは、騎士団の屯所……ではなさそうですね)


 やけに豪華できれいな部屋だ。

 病院でもないだろう。

 天蓋付きの広いベッドに、一目見ただけで高価と分かる調度品。

 視線を上げれば、柔らかなタッチで描かれた天井画が目に入る。

 ベッドサイドには水差しと、かわいらしいピンクや白の花が生けられた花瓶。

 水が入ったボウルには、布が浸されている。


(もしかして、私が目覚めるまでずっと、クラウド様が看病を……?)


 そして、そうなると、この屋敷はおそらく。

 アメリアが考えこんでいるうちに、クラウドが戻ってきた。

 クラウド自らトレーに乗せて、食事を運んできてくれたようだ。


「目覚めたばかりだから、胃に優しいものにしてもらった」


 そう言って、クラウドはベッドの近くにあるテーブルにトレーを置く。

 トレーの上には、チキンクリームスープ。

 あたたかな湯気からはほんのりとバターが香る。

 アメリアが自分で起きようとすると、クラウドはすぐさま支えてくれた。

 病気をしている訳ではないから、そこまで過保護にならなくてもいいのに。

 それでも、クラウドの心遣いが嬉しくて、アメリアの頬は緩む。


「少しでも食べて、栄養をとらないといけない」

「ありがとうございます。クラウド様はもうお食事をすませたのですか?」

「俺のことは気にしないでくれ」

「クラウド様も、随分とお疲れのように見えます。ちゃんと食べて、眠っていますか?」


 じっとクラウドを見つめると、彼は罰が悪そうな顔で首を横に振った。


「アメリアのことが心配で、ろくに眠れなかったんだ。だから、俺のためを思うなら、元気だという証拠をみせてくれ。そうでなければ、安心して眠れない」

「クラウド様……それなら、一緒に食べませんか?」

「一緒に?」

「はい。正直、今は食欲があまりなくて。でも、せっかく作っていただいたのに、残したくはありませんから。それに、一人で食べる食事は寂しいです」


 そう言うと、クラウドは渋い顔をしながらも、頷いてくれた。

 トレーの上には幸い、スプーンと空の器が二つあった。

 もしかしたら、このスープを作ってくれた人は、クラウドにも食べさせようと考えていたのではないだろうか。


「いただきます」


 スープにスプーンをくぐらせて、口に入れる。

 ミルクに溶け込んだ玉ねぎの甘味とバターの風味が広がった。

 細かく刻まれた鶏肉はやわらかく、空っぽだった胃を満たしてくれる。


「クラウド様、とても美味しいです!」

「あぁ。でも、俺はアメリアが作ってくれたスープの方が好きだ」

「……あ、ありがとうございます」


 完全に不意打ちだった。


(こんなに美味しいスープよりも、私の作ったものがいいなんて……)


 顔が沸騰したように熱く、胸のドキドキが止まらない。

 赤くなっているのは、あたたかなスープのせいだと思って欲しい。


「もう、手は大丈夫なのか?」


 真剣な表情で問われて、アメリアは自分の手を見る。

 傷一つないきれいな手だ。

 しかし、ベアード博士との取引で自らナイフで傷つけたことを思い出す。

 クラウドはきっと、アメリアの手の傷を見たはずだ。


「はい。治療していただいたおかげです。ありがとうございます」

「だいたいの事情は聞いた。俺のせいで、アメリアに怪我をさせてしまった。本当にすまない」


 クラウドに頭を下げられ、アメリアは慌てる。

 アメリアの傷に、クラウドが責任を感じることはない。


「そんな、クラウド様のせいではありません! あれは、私が勝手にしたことです」

「俺を助けようとしてくれたんだろう? ありがとう。アメリアのおかげで、俺は出口を見つけることができた……だが」


 赤い双眸に見つめられ、アメリアは息をのむ。


「アメリアが目覚めなかったらと思うと、生きた心地がしなかった。もう二度と、あんな無茶はしないでくれ」


 懇願するように、クラウドはアメリアの左手をとった。

 手のひらをそっと撫でて、すでにない傷が見えているかのように痛ましい表情を浮かべている。

 アメリアが傷ついたことで、クラウドも同じように傷ついてしまうのだ。

 それだけ、大切に思ってくれているから。

 でも、だからこそ。


「それは、お約束できません」

「どうしてだ」

「私にとっても、クラウド様はとても大切な方です。私の傷ひとつで救えるのなら、この先も迷わず私は傷を作りますし、どんな無茶だってします。クラウド様が強いことは分かっています。それでも、私でクラウド様をお守りできることがあるのなら」

「アメリア……それ以上は、俺の心臓がもたない」


 クラウドは、何かを我慢するように片手で顔を覆っていた。

 顔が赤いように見えるのは気のせいだろうか。

 しばらく沈黙が続いた後、クラウドはようやく顔を見せてくれた。


「アメリア。それなら、互いに約束しないか?」

「約束、ですか?」

「あぁ。俺たちはどうも相手を大切に思うあまり暴走してしまうようだ。だから、相手を守りたいと思う気持ちの分だけ、自分を守ること。俺は仕事柄、危険な場所に行くことが多いが、自分の身を犠牲にするようなことはしないと約束する。だからアメリアも、もっと自分のことを大切にすると約束してくれ」


 アメリアのために、クラウドが自分の身を守ると言ってくれた。

 騎士である彼にとって、それはどれだけ大変な約束だろうか。

 実際に危険な場に居合わせたからこそ分かる。

 それでも、アメリアにだけ求めるのではなく、クラウドも約束してくれるという。


(クラウド様は、優しすぎます)


 クラウドを知れば知るほど、好きになっていく。

 この恋心に限界はあるのだろうか。

 きっと、彼の優しさや愛に触れる度に、この気持ちは大きくなるのだろう。


「お約束します。私も、これからは自分を大切にします」


 アメリアが頷けば、クラウドは安堵の笑みを浮かべた。

 その笑顔を見るだけで、胸がきゅんとする。


「アメリア、あなたが無事で本当によかった」

「クラウド様も、ご無事でよかったです」


 アメリアの手を包み込む、クラウドの大きな手に右手を重ねた。

 クラウドが側にいる。生きている。

 今になってあの場から無事に帰ってこられたことを実感し、涙が浮かんでくる。


「アメリア、心から愛している。あなたも俺と同じ気持ちだと思ってもいいんだよな?」


 クラウドのはにかんだような笑みに、甘い疼きが胸に走った。

 あの時の勢いに任せたような告白は恥ずかしくてできないけれど、あの時と気持ちは変わらない。


「はい……クラウド様のことが好きです」


 精一杯の勇気を振り絞って、アメリアは言った。


「うっ……アメリアが可愛すぎる」


 クラウドが胸を抑えて何やら呻いていたが、羞恥でいっぱいいっぱいのアメリアの耳には届かなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る