〈第6話〉 働いている騎士様を偶然お見かけしました

 アメリアは、猫にしてはぎこちない動きで歩みを進めていた。

 自分が猫の姿になりたいと願ったものの、初めての四足歩行はかなり難しい。

 猫らしく優雅にしなやかに歩ける日は遠い気がする。


(猫ちゃん、いつもこんな大変な思いをして歩いていたのですね)


 クラウドの家を出ると、付近には同じような平屋建ての家がぽつぽつと見えた。

 街はずれではあるが、民家は離れた位置で立ち並んでいるようだ。

 太陽は高い位置にあり、今が昼時であることが分かる。

 暑いくらいの日差しを受けて歩いていると、ぐう、とお腹が鳴った。


(そういえば、あの日から何も食べていませんでした)


 花の姿であれば、天からの恵みがあった。

 雨水だけで半年間も生きてきたのだ。

 食べなくても平気かもしれない、という考えは今、消えた。

 人の姿に戻った時でさえ、空腹を感じなかったというのにどうしてだろうか。

 一日に二度も魔法を使ったせいだということには気づかず、アメリアは不思議に思う。


(何か、食べられる物があると良いのですが)


 アメリアは記憶を頼りにゆっくりと歩みを進め、草木の間を通り過ぎて行く。

 落ちている木の実がないかを探しながら。


(あ、この香り……ラベンダーですね)


 先に見つけたのは、食べ物ではなくラベンダーだった。

 しかし、それは野生のラベンダーではなかった。

 クラウドの家から少し離れた場所にある、民家だ。

 さすがに他人の家の庭にあるラベンダーを勝手に持って帰る訳にはいかない。

 せっかくここまで出てきたのに、無駄足になってしまった。

 アメリアは、その場にくたりと座り込む。


「おや、珍しい毛色の猫ちゃんだねぇ」


 アメリアに声をかけたのは、ラベンダーの庭の持ち主のようだ。

 年配のふくよかな女性で、猫であるアメリアに優しげな笑顔を向けている。


「それ以上こっちに来たら駄目だよ。猫ちゃん」


 困ったように笑いながら、女性がアメリアの行く手を阻む。

 猫だから、ラベンダーの庭を荒らすと思われたのだろうか。

 しかし、女性が猫を遠ざけようとしていたのは、別の理由だった。


「ラベンダーの匂いは猫ちゃんには毒だからね」


 人間であるアメリアには無害だが、本来猫にはラベンダーは毒になる。

 女性は猫を害さないように、わざわざ忠告してくれたのだ。


(私は大丈夫です、なんて言えないですし……)


 ラベンダーは諦めるしかない。

 女性に背を向けて、アメリアはトボトボと元来た道を戻っていく。

 慣れない猫の体でゆっくり歩いていると、ふとラベンダーの香りが漂ってきた。


(あっ! これ、ラベンダーです!)


 どこからか種が風で飛ばされてきたのか、ラベンダーの花がいくつか雑草に交じって生えていた。

 整備された場所で咲くラベンダーではないが、これならば持ち帰っても問題ないだろう。

 猫の口にくわえて、地面からラベンダーを一本引き抜く。

 目的のラベンダーは手に入れた。

 あとは無事にクラウドの家に帰れればいい。

 そして、ラベンダーのポプリを作るのだ。

 人の姿であればあっという間の距離だろうが、猫になったアメリアにとってはかなりの大冒険である。

 結局、食べ物は見つからなかったが、アメリアには考えがあった。


(クラウド様の家の庭には、雑草が伸びていました。草でも、空腹を満たせます)


 そんなことを考えながら遠くを見つめた時、見覚えのあるシルエットを発見した。

 赤い騎士服を着た、体格の良い黒髪の騎士。


(あれは、クラウド様……っ!?)


 アメリアは気づかれない程度に近づいてみる。

 彼は厳しい顔で何かを睨みつけていた。

 その顔色は、やはり悪い。目の下にはクマができている。


「おい、お前たち。あの場所で何をしていた?」


 クラウドにばかり目がいっていたから気づかなかったが、彼が睨んでいる相手にもアメリアは見覚えがあった。


(あれはたしか、あの林道で私を探していた……?)


 その男たちは縄で縛られ、クラウドの前で怯えている。

 五人の男たちの相手を一人でしたのだろうか。

 さすが魔法騎士である。

 魔獣を倒した時もかっこよかった。

 彼が着替えている時にちらっと見えてしまった身体も、かなり鍛えられていた。


(あぁっ、私ったら、忘れなければと思っていましたのに!)


 一瞬しか見ていないのに、脳裏には彼の鍛えた体が焼き付いている。

 思い浮かべるだけで、心が落ち着かない。

 アメリアがクラウドの筋肉を思い出して悶えている間にも、尋問は続いていた。


「……べ、別に何もしてねぇ!」

「そうだそうだ!」

「じゃあ、何故俺の姿を見て逃げようとした?」

「それは……」

「俺は気が長い方ではない。さっさと吐け」

「わ、わかった! 言うよ! あの林に女がいるはずだったんだ!」

「女?」

「金になる女だって聞いてたのに、行ったらいなくて」

「金になる女だと?」

「ひぃぃっ、やめてくれ、炎をしまってくれ!」

「まぁいい。詳しい話は屯所で聞く」


 ざりざり、と男たちが引きずられる音がして、ようやくアメリアはハッと現実に戻る。

 彼らがどんな話をしていたのか、全く聞けなかった。

 すべてはクラウドの筋肉が眩しすぎるせいである。

 しかし、彼が大変疲れているのだということに確信が持てた。


(一刻も早く、クラウド様にお休みになっていただかなければ!)


 その後、クラウドの家に帰りつくまでに、アメリアは何故か偶然にも新鮮なフルーツを発見することができた。

 草を食べずに済み、元気いっぱいでラベンダーのポプリ作りに励んだのであった。

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