第5話 ホワイトデ―のホットサンドとオニオングラタンスープ。プリンもあるよ 下

 写真を送った後、四月一日からの連絡は途絶えた。

 ……てっきり、猛り狂うかと思ったんだが。

 まぁ、仕事がとにかく忙しいんだろう。会社のスケジュールにも


『残業デス!!!!!』


 と、呪詛の言葉が書き込まれていたし。

 取り合えず、銀座の案件が片付けば、一息つけれるらしいが……大エース様は大変だ。そこまで考え、行儀は悪いが立ったまま出来立てのホットサンドにかぶりつく。


「――……むふ」


 余りの美味さに変な声が出てしまった。

 卵、ハム、チーズが絶妙。黒胡椒もいい味を出している。これは、定番メニューに加えても良いかもしれない。具の研究をしなければ。

 上機嫌なままサラダもむしゃむしゃ頬張り、冷蔵庫から卵を五つ取り出しておく。 

 ホワイトデー用のお菓子は買ってあるものの、相手は四月一日幸。

 大方――


『私は! 篠原雪継君が作った!! お菓子が食べたいのっ!!!』


 と、駄々をこねるに違いない。仕事で疲れ、ストレスが溜まっている時のあいつは暴君なのだから。

 苦笑しながらも、棚から黒砂糖の入った陶器製の瓶と泡立て器、ボウルを二つ取り出しておき、食事に戻る。

 熱々のオニオングラタンスープにスプーンをつけると、独特ないい匂いが鼻孔をくすぐった。


「…………ふむ」


 邪な考えが浮かび、ホットサンドを齧る。

 これから俺は『対四月一日用決戦手作り菓子、ちょっと手の込んだプリン』を作らなければならない。

 故に! 酔っぱらうのは言語道断。

 かつ、本日は未だ月曜日であり金曜日は遠い……。

 だが、しかし!!


「ま、少しくらいは良い、だろ、うん。これは酒を呑むべきだ」


 常識論を叫ぶ内なる自分を説き伏せ、ワインセラーから白ワインを取り出す。

 お値段、税込み1,980円。産地は南アフリカらしい。

 グラスに白ワインを注ぎ、一口。

 俺自身はそこまで酒好きではないのだけれど……大人になって良かった、と思うのは理解出来る。

 ホットサンドとオニオングラタンスープで一杯やっていると、携帯が鳴った。

 食べ終えた皿をシンクへ入れ、内容を確認。


『わたしもぉ~たべるぅぅ~…………。なので、仕事は明日にしました。もう会社出たからねっ!』


 四月一日からの呪詛と連絡だった。

 大仕事を成し遂げた大エース様は月曜日からお疲れなようだ。

 グラスにワインをもう一杯注ぎ、最後のホットサンドを口に放り込む。

 全ての皿をシンクに入れ、さっさと洗ってしまう。四月一日はこの前、食洗器のカタログを読んでいたが……かなり、侵食されている気がするし流石に阻止せねば。

 密かな決意を固め、まずはボウルに全卵を三つ。もう一つのボウルに卵黄を二つ。白身は明日の朝食用で焼こう。

 合計で五つの卵を合わせる。

 仕事帰りに買ってきた生のバニラから、包丁でビーンズを取り出し、卵と合わせて、混ぜ合わせる。携帯が鳴ったので中断し、確認。妹の幸雪からだ。


『お兄ぃ。ホワイトデーのチョコ、ありがと☆ 大事に食べるね! とっても、美味しかった!! ……でも、お兄ぃの手作りお菓子も食べたいなぁ~』


 うちの妹は勘が鋭いのだ。

 卵とビーンズが混ぜ合わさったら黒糖を入れ、更にシャカシャカ。

 次いで鍋で牛乳を60℃に温め、加えて混ぜ合わせる。

 コツは余り強く混ぜないこと――らしい。

 泡を取る為、ボウルにクッキングペーパーを投入して、一旦冷蔵庫へ。

 普段はこの液を瓶に流し込み、蒸し焼きにしてしまうのだけれど……今日はちょっとだけ特別。カラメルも作るとしよう。

 幸雪に『明日の夜来れるならプリンもあるぞー』と送っておき、鍋に黒糖と水を入れ熱する。隣のコンロでお湯を準備。

 黒糖がカラメル状になって来たところで、お湯を投入。

 これで自家製カラメル完成。


『プリン!!!!! 絶対、行くっ!!!!! 生クリームをつけてね~♪』


 可愛い妹の頼み。断る理由はない。

 棚から今まで集めてきた瓶へカラメルを流し込み、さっきクッキンペーパーで泡を取っておいたプリン液をざるでこす。

 こしたプリン液を瓶へ入れ、鍋に水。

 そこへ瓶を並べていき、アルミホイルを被せ、穴を数か所開ける。

 携帯が鳴った。四月一日からだ。


『おうちがとーおーいー。おなかへったー。手作りおかしー』


 ……突っ込むべきか、無視するべきか。

 どうでもいいことを考えながら、オーブンへ鍋を投入。

 取りあえず、位置を確認しておく。


『今、何処だ?』

『ん~とね』


 四月一日はとある駅の名前を書いてきた。

 ……到着まで30分という、ところか。

 ちらり、と時計を確認。プリンが焼き上がるまで50分かかるから。


『悪い。牛乳が使い切った。途中で買ってきてくれると嬉しい。ついでに生クリームも頼む。明日の朝、カボチャのポタージュ作る』

『りょーかい! その代わり、余は美味しいホットサンドを所望する』

『美味かったぞ。卵とハムとチーズ。他の具を入れたいのなら、それも買ってくるべし。コーンとかも良さそう』

『……おなかへったぁぁぁぁ。ワインものみたいー』

『1,980の白ワイン、いけたぞ』

『きーっ! 雪継の意地悪っ! 外道っ!! ホワイトデーのお返しっ!!!』

『牛乳、生クリーム、コーン』


 買ってくる物を冷たく書き入れ、俺は携帯をテーブルへ置いた。

 プリンが出来上がったら、迅速に冷蔵庫の奥で冷やさねば。

 当然、一つは味見をして。温かいプリンも乙な物だ。

 四月一日に対して今晩のところは、買ってきておいたチョコレートでお茶を濁すことにしよう。 

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