第11話 朝寝坊なクリスマス。外は銀世界なので引き籠り贅沢クリームシチュー 下
「「「いただきます!」」」
三人で手を合わせる。
目の前には猫が描かれたスープ皿にクリームシチュー。もう一枚の皿には、昨日、幸雪が作ってくれたビスケットと簡単なサラダ。
まずは、シチューを一口。
うん、中々に美味い。
四月一日と幸雪を見やると無言でスプーンを動かし、口へ運んでいる。満足そうで何より。
ビスケットをかきシチューにつけながら、四月一日に話しかける。
「雪だし、俺は宣言通り引き籠るわ。やんだら幸雪を駅まで送って行く」
「私も引き籠る~。ねーねー、雪継」
「……何だよ?」
不吉な予感を覚えつつ、課長(仮)様を見やる。
すると、四月一日は手を合わせ楽しそうに提案してきた。
「雪だし、寒いし、そろそ~ろ、炬燵を出さない? 出そう! 出さねばならぬっ!」
「…………お前、絶対炬燵に入ったきりになるじゃねぇか。出すなら、自分の家に設置しろ」
炬燵は出したい。
日本の冬には、炬燵・蜜柑・ほうじ茶、が篠原家のしきたりだからして。
でもなぁ……絶対、俺が言った通りになるしなぁ……。
容易に想像がついてしまう。冬中、延々と炬燵でゲームする羽目に陥る気がしてならぬ。
四月一日は俺の冷たい言葉を受け小首を傾げ、次いで、もじもじ。
「え? ゆ、雪継、わ、私の家に来たい、の……? だ、駄目だよ、今は現役女子校生がいるんだから……で、でも。ど、どうしてもって言うなら……」
「……兄さんは、自分の時間を奪われたくない、と言っているんです。23歳にもなって人形をたくさんベッドに置いている、四月一日幸さん?」
「!?!! こ、ここで、それを、言う訳っ!? き、昨日、ベッドの中であんなにお喋りして、仲良くなったのにっ」
たくさんの人形ねぇ……。
ふと、高校時代、何度か遊び行った四月一日家を思い出す。
――仕事は恐ろしく出来るんだがな、こいつ。最速で役員入りするとか言われてるくらいだし。でも、基本的にはまだまだお子ちゃまなんだよな。
俺が敢えて突っ込まずにいると、妹が四月一日を冷たく笑った。
「仲良くなってません。私は単に敵の情報を収集していただけ。……幼気な高校生が寝ているのをいいことに、人形を抱かせる人に容赦は無用。篠原家の家訓にはこうあります。『恋は戦争。弱肉強食。搦め手をしてきた相手には、ぐーぱんち』と!」
「なななな、なぁっ!?」
四月一日が激しく動揺し、口をぱくぱく。
妹はそんな大エース様を捨て置き、俺へ拗ねた視線を向ける。
「それはそうと……兄さん」
「ん? どうした?」
「……雪が降ってます」
「そうだな」
「寒いです。積もっています」
「寒いなぁ。幸雪、炬燵、出すか?」
「はい」
「! 雪継っ!?」
「雪は止むかもしれませんが、明日は日曜日です」
「親父が許さないぞ、二日連続のお泊りは」
「……む~」
「ち、ちょっと、篠原雪継君? 私は無視? 無視なわけっ? しかも、炬燵! 私の時は拒否で、妹ちゃんの時は即OKって……しかも、自分から言い出す、もぎゅ」
「うるさい」
「…………」
口を挟み、暴れそうになった四月一日の口へビスケットを放り込む。
すると静かになり、飲み込んだ後、口を開けた。もう一度、ビスケットをかいて放り込む。
幸雪を優しく諭す。
「止んだら駅まで送ってく。大晦日と正月はそっち帰るから、な? 一緒に、親父と母さんを今年も倒そう」
「…………はい。必ず」
俺は妹と目を合わせ、頷き合った。
――篠原家は大晦日から元旦にかけて、家族四人でゲームをし、その結果でお年玉の額を決定することが習わしになっている。
時に麻雀。時に大貧民。時に花札……何でもありだ。
なお、うちの両親はかなりの強者である。
基本、楽しんだもん勝ち! の人達であるからして。
そして……今年はあれである。
到着地から最も遠い人に貧乏神がついたり、カードで稚内まで飛ばされたり、ヘイ
トを買い過ぎると、1対3になったりする双六10年勝負!
負けられない戦いが此処にはある!
……社会人だし、お年玉を貰う歳でもないんだが、お袋がどうにも嫌がるのだ。
曰く『親孝行だと思って!』。
四月一日に袖を引っ張られる。
「ゆきつぐ~、今度はシチュー。たのしそう~。私もお邪魔したーい。お母さんにも久しぶりに会いたいし~」
「……いや、お前も実家へ帰れ。あと、自分で食べろ!」
「泥棒猫さんがうちへ来る理由は何処にも存在しません」
「ちっちっちっ……甘い、甘過ぎるよ、篠原兄妹。考えてみて? 今日は何の日?」
「「クリスマス」」
「そうっ! 今~日は、クリスマスっ! だから、雪継サンタさんには私の願いを叶える、義務が」
「幸雪、紅茶でいいか?」
阿呆なことを言い始めた四月一日を無視し、食べ終わった俺は妹へ尋ねた。これに付き合うと長いのだ。
妹も察してくる。
「はい、お願いします」
「んじゃ、プリンも――お?」
携帯が震えたので出る。
「もしもし」
※※※
電話はうちのおふくろだった。
何でも、親父が『幸雪は何処へ!?』と大変騒がしいらしい。
なので……コートを着込み、お土産のプリンが入った袋を持った妹が上目遣い。
「……お兄ぃ」
「まぁ、帰ってやれよ。親父、お前のことが可愛くて仕方ないんだって」
「…………来年からは寮に入ります」
拗ねてしまった妹が玄関を開けた。
外から冷気。雪は止みかけている。
俺は、用意しておいた新しい白猫のマフラーを後ろから幸雪にかけてやる。
「! お兄ぃ?」
「クリスマスだからな」
「…………えっと、私はプレゼント用意していなくて」
「ん~? 幸雪がうちに来てくれて、料理を作ってくれたのが何よりのプレゼントだって。よし、行くかー」
寒いので、俺の毛玉の帽子を被っている妹の頭をぽんぽん。
外へ出ると、丁度四月一日も、完全防寒で出てきた。
マフラーを確認し、胡乱気な視線。『……シスコン』。失礼な。
幸雪は俺の左腕を抱きしめ、威嚇。
「……別に貴女は来なくていいです。一人寂しく、家でテレビでも見ていればいいのでは?」
「え? 雪継んちの炬燵で?」
「「っ!」」
「喧嘩するなー。御近所迷惑だぞー。……お、財布忘れたわ。幸雪、ちょっと先行って、エレベーターを呼んでおいてくれ」
「はい」「…………」
妹に指示し、部屋へ戻りテーブルの上の財布をコートのポケットに入れる。
急いで戻ると、四月一日幸が待っていた。
鍵を閉めながら、聞く。
「どうしたー?」
「篠原雪継君、今日はクリスマスです」
「それ、さっきも聞いたぞ?」
「今日は、クリスマス、ですっ!」
「はぁ――……ほれ」
「!」
振り向き、ポケットから新しい手袋を四月一日へ投げる。
以前、雑誌を一緒に見ていれ欲しがっていた黒猫が描かれている物だ。早口。
「ま、クリスマスだしな」
「――……雪継」
「何――おっと」
四月一日もポケットから何かを投げ渡してきた。
――白猫が描かれた手袋だ。
ニヤニヤしながら、かつての同級生は手袋をはめる。
「ふ~ん……」
「な、なんだよ?」
「べっつにぃ。あ、初詣は二人で行くんだからねっ! お邪魔猫はなしだからねっ!!」
「……善処はする」
肩を竦め俺は手袋をはめ、エレベーターへ。
すぐ隣に並んだ四月一日が、幸せそうに微笑んだ。
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