第32話 金曜日の旅行相談。ちょっと奮発。夢に見るピザ 下

「やっぱりボードでしょ! カッコイイし!」

「いや、俺はスキーがいい。……ボード、滑ったことないし」

「大丈夫っ! 私が教えてあげる★」


 目の前で楽しそうな四月一日が手を合わせる。

 俺は、細目で詰問。


「……で、本音は?」

「え? 滑れない雪継に恩を売ろうとしているだけだけど?」

「くっ! こ、これだから、無駄に運動神経が良い奴はっ!」

「私、勉強も出来たし、友達もたくさんいた、陽キャの中の陽キャだから☆」


 四月一日がわざとらしく、髪を払った。

 全て事実なので、ぐうの音も出ない。

 俺は頬杖をついた。


「……取り合えず、お前はボード。俺はスキーでいいんじゃ?」

「え~どうしても嫌?」

「何かが悲しくて転びに行くんだよ。スキーなら、そこそこ滑れるしな」

「ん~…………なら、私もスキーでいいや~」

「あん?」


 突然、自分の意見を翻した、元高校の同級生を見やる。

 すると、四月一日は早口で説明してきた。


「だ、だって、どうせ旅行に行くんだから楽しみたいでしょ? ……私、楽しみだもん。雫石って行ったことないし!」

「お、おお、そうだな」


 今回、俺達が行くのは岩手県の雫石スキー場だ。

 雪質がよく、食事も楽しめて、何より――温泉がある。素晴らしい。

 チビの頃は、家族で毎年行っていた。

 四月一日が、調子を取り戻し聞いてくる。


「泊まるホテル、朝と夕、どっちもバイキングなんだね~」

「だなー。ローストビーフを食べた記憶がある。朝はコーンスープ。目の前がスキー場だから、景色も楽しめるぞ。」

「――凄く楽しみ。あ、そうだ。部屋は~?」

「当然、二部屋です」

「えー」

「えー、じゃありません。節度を守りましょう。最近はシングルでも料金変わらずで泊めてくれるんだよ」

「ぶーぶー。雪継は浴衣を着た私の艶姿を見たくないわけぇ?」


 大エース様が駄々をこねる。

 ……こいつ、俺のことを男だと思っていないんじゃ?

 口を開いて、反論しようとし――


「お待たせしました」


 店員さんが、サラダとピクルス、ソーセージの盛り合わせ、赤と白ワインのボトルを届けてくれた。

 コルクを開け、グラスへ白ワインを注いでくれたので「「ありがとうございます」」と御礼を言う。

 グラスを手に取り、視線をあわせる。


「取りあえず」「一週間、お疲れ様」


 グラスをぶつける。カラン、という音。一口飲む。

 ――美味い。

 良いワインだ。

 まぁ、ワインの良し悪しなんて、俺には分からないが。

 四月一日が行儀悪く、ピクルスを手で摘まみつつ、聞いてくる。


「何か言いかけてた?」

「いや、何でも。とにかく部屋は別々な」

「…………はぁい」


 機嫌悪そうにグラスを一気に空にする大エース様。

 荒々しくサラダにフォークを突き立て、むしゃむしゃ、と食べ、俺をねめつける。 

 小皿に取ろうとすらしないとは。


「…………ん」


 突き出されたグラスへワインを注ぐ。

 サラダを食べていると、ぽつり。


「ねー、さっきの褒め方ぞんざいだったー。もっと、褒めて?」

「はぁ?」


 ピクルスを齧り、窯焼きソーセージを半分ずつ切って小皿に取り分ける。

 チョリソー、パセリ、粗挽き、骨付きの四種なので、ボリュームがある。焦げ目が見るからに美味そうだ。

 小皿を渡しながら尋ねてみる。


「ほいよ。お前、俺に褒められたいのか?」

「………………ありがと。うん、ほめられたい。そしたら、がんばる。もっと、もっとがんばる。具体的には、雪継の家の冷蔵庫とかが新しくなるくらいには。私、褒められると空も飛んじゃう子だよ?」

「木に登るじゃなくてか?」

「あーあー! 今、今、酷いこと言ったぁぁ!! 女の子にそういうこと言うから、雪継はモテないんだからねっ!? 高校時代の子達の中で、連絡取っている子、皆無でしょう?」

「うぐっ! ……お前な。男は案外と繊細なんだぞ? そういう一言がなければ、外見だけなら可愛――……はっ!」


「――……ふ~ん」


 思わず口を滑らした俺を四月一日がニヤニヤと見て来る。

 俺は、誤魔化すようにサラダとむしゃむしゃ。は、早くピザが来てほしい。

 四月一日は頬杖をついて、なおもニヤニヤ。

 たまらず、言質を与える。


「……まぁ、今後は、多少、善処する」

「その言葉、忘れるなよぉぉ? 私を可愛いと思っている、篠原雪継君☆」

「…………」


 久方ぶりに失敗した。当分はこのネタで弄られるだろう。

 店員さんが再びやって来た。


「お待たせしました。マルゲリータです。残り二枚は、今、焼いていますので」

「「わぁぁぁ」」


 思わず二人して歓声をあげる。

 窯で焼いたばかりのピザの上ではチーズが、じゅくじゅく、と音を立てて、何とも言えないトマトの香りが漂う。

 熱々のピザを切り、小皿へ。四月一日へ先へ渡す。


「ほら。食べろー。辛くするかはお好みな」

「は~い♪」


 満面の笑みを浮かべながら、四月一日がピザにかぶりつく。


「~~~☆」


 足をバタバタ。親指を立てる。どうやら、滅茶苦茶美味いらしい。

 俺も小皿に取り、一口。


 ――チーズとトマトのバランスが絶妙っ!!!


 シンプルだけど、本当に美味いんだよなぁ。

 ワインを飲み干す。次は――四月一日が自然な動作で赤ワインを注いでくれた。


「お、ありがと。よく、赤が飲みたいって分かったな?」

「分かるよ~。だって、雪継のことだもん。もういちまーい!」

「あいよ」


 二人して、マルゲリータをあっという間に食べつくす。

 直後、店員さんが、イカ、タコ、エビ、ホタテのペスカトーレと、卵黄とベーコンのビスマルクを運んで来てくれた。

 子供みたいにはしゃぎながら、ピザを二人で食すこと暫し――満足感に包まれながら、現在、俺達は食後の珈琲とデザートを待っている。。

 結局、白と赤、どっちのボトルも空けてしまった。途中から、水を飲みながらだったとはいえ、少しばかり飲み過ぎ。

 ぽけ~、と頬を赤く染め、頬杖をつきながら俺を眺めている四月一日に提案。


「明日、スタート、少し遅らせるか? 午後とかに」

「え、やだっ!!!」

「でも、お前、起きれないだろ??」

「…………大丈夫」

「四月一日幸さんや、俺の目を見て言ってみようか?」


 露骨に視線を逸らした大エース様へ追撃。案外と寝坊しがちな生き物なのだ。

 すると、四月一日は俺へ向き直り、少しだけ逡巡。後、口を開いた。


「……なら、今日、雪継の家に泊まるっ! そうしたら起こしてもらえるでしょう??」

「布団がない」

「うちから持ってくもんっ!」

「……お前なぁ」


 呆れていると、珈琲と三種のデザートが到着。

 バニラアイスにエスプレッソを注ぎ、アフォガードに。


「抹茶とマスカルポーネは半分ずつな」 

「はーい。……あと、とまるー」


 スプーンでアフォガードを賞味しながら、お小言。


「お前なぁ……独身の女が、彼氏でもない男の家に泊まるのはどうなんだ?」

「常識なんてしらなーい。問題なのは、お布団がないってことだけでしょう? 雪継が駄目! って言っても、合鍵で入るっ!!」

「…………そうまでして、明日、遊びに行きたいと」

「行きたいっ!」


 四月一日の瞳には不退転。こいつならば、無断侵入くらいはするだろう。

 俺は抹茶を一口。渋さと甘さがこれまた絶妙。いける。


「こっとも美味しいよ? あ~ん?」

「やめぃ」  


 マスカルポーネのジェラートをスプーンですくい、差し出してきた酔っ払いをたしなめ、俺は妥協した。


「……お前がベッド。俺はソファーで寝る。それを守れないなら、なしだ」

「……は~い。えへへ♪」


 はにかむ四月一日幸。ちょっとだけ幼く見える。


 ――まぁ時折、ゲームを深夜までやっている時も二人して寝落ちしてるし、今更だろう、うん。

 新入社員、人数も少ないし、歓迎会はここでやるかな。

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