第17話 年末。フライパンで作る、余りご飯の焼きおにぎり!

「うぅ~……」


 枕元のアラームを止める。

 携帯を手に取り、時間を確認。朝7時。

 ……休日なのに、どうしてこんな時間にセットした、俺よ。

 習慣の力が恐ろしい。もっと、寝ていたかった。


「……ん」


 身体を伸ばし、ベッドから出る。

 カーテンを開けると、冬の冷気。


「寒っ!」


 フリースを羽織り、欠伸を噛み殺しながら部屋から出る。

 隣の部屋からは音無し。

 幸雪が起きてくるまでに、簡単、朝飯でも作っておいてやろう。

 一階の洗面台へ向かいながら、携帯を操作し確認。


「……うぇ」


 四月一日から、夜中2時過ぎに着信あり。寝込んでいて気付かなかった。

 ……7時か。

 流石にかけたら、怒るか。

 いやまぁ、夜中の2時にかけてくる相手に、配慮なんかいるのか、という根源問題はあるが。

 考えている内に洗面台に到着。冷水で顔を洗い、歯を磨く。

 片手で携帯を操作し、メッセージを四月一日へ送っておく。


『おはよう。寝てた』


 間違いなく急用ではなく、単に話したいからかけてきただけなので、この程度で十分だろう。

 まぁ、既読になることも――なったわ。

 すぐさまかかってくる。

 歯を磨き終え、うがいをし、出る。


『おはよ~。ふふふ……篠原雪継君。そんなに、私の声が朝から聞きたか』


 容赦なく切る。

 さて、着替えて朝飯の準備を――再度着信。


「……はい」

『き・る・なっ! どーせ、朝ごはんの準備をしないと、とか、思ってたところだったんでしょ? あと、まだ着替えてない!』

「……当たりだが、褒めないからな。で? 何かあったか??」

『初詣! リストアップしたっ!!』

「お~。後で送っておいてくれ」

『む……反応鈍い。……ねぇ、あんまり嬉しくないの?』


 四月一日の声が低くなる。

 こいつ、夜中まで延々と調べていやがったな。こういう所に手を抜かないのが、四月一日幸なのだからして。

 寝間着を脱ぎながら、答える。


「朝だからな~」

『私の着物、見たいでしょうっ! もっと興奮してっ!!』

「…………似合いはするが、色気はねぇだろうからなぁ」

『し・ねっ!!!!!』


 叫び、通話が切れる。朝から元気だ。

 ズボンを履いていると、リスト――元旦以降の予定表が送られてくる。

 随分とまぁ……気張ったなぁ。

 さっと目を通し、返信。


『異論無し。ただし、そっちの実家に顔を出すのは勘弁』

『もう、ママに伝えちゃった★』

『…………キサマ』 


 額に手を置く。

 ……まぁ、元旦から娘さんを連れだすなら、一声あって然るべき、か。


『分かった。んじゃ、元旦、そっちの最寄駅に着いたら連絡するわ』

『は~い。通話していい~?』


 面倒になったらしく、電話がかかってくる。

 ……本当にこいつは。

 俺は苦笑しながら、電話に出るのだった。


※※※


『それでね! ママは雪継に凄く会いたがってるのっ!』

「ほ~。ん、こんなもんかな……」


 スピーカーにした携帯に応えながら、味噌汁の味を確かめる。

 大根と豆腐の簡単な物だ。豚汁は母さんに作ってもらおう。

 電子レンジが鳴った。火を止め、温めておいた冷やご飯を取り出す。

 フライパンを設置。


『あ、当たり前だけど、パパも妹もいるからね?』

「……玄関で挨拶するだけに決まってるだろうが」


 昨日の残りご飯に胡麻とじゃこを入れ、混ぜ混ぜ。

 じゃこが美味いんだよなぁ。


『え~。お正月なんだし、おせち摘まんでいけばいいのに!』

「……いや、そりゃ、ハードルが高いって」

『高校時代はしたのに?』

「…………そんなこともありましたねぇ」


 ご飯を握り、大き目のおにぎりを四つ作成。

 フライパンにおにぎりを入れ、中火。

 普段はトースターで作るんだが、偶にはこういう作り方も良いだろう。

 ちらり、と掛け時計を確認。7時半。そろそろ、起きてくるかな?。

 パチパチと焼ける音。

 四月一日が拗ねた声を発した


『……遠慮なんかしなくていいのに』

「するだろ。あと」

『あと?』

「……関係性を説明し難い」


 おにぎりをそれぞれひっくり返す。狐色の良い焼き目!

 刷毛なんて物はないので、菜箸で摘まみ上げ、小皿に入れた醤油で両面を浸し、戻す。フライパンにごま油を入れ、寄せる。醤油とごま油の良い匂い

 階段を降りる音が聞こえてきた。

 寝癖をつけた妹がキッチンに顔を出す。


『……雪継はさ』「……お兄ぃ、おはよぉ……」

「おはよう。朝飯、作ってるから、顔を洗ってこい」

「……うん~……」


 寝ぼけている幸雪は四月一日の声に気が付かず、出て行った。あぶねぇ。

 俺は、四月一日へ通達。


「幸雪が起きてきたわ。切るぞ」

『……了解。大晦日も、電話していい?』

「………………即答は出来かねる。勝ち戦だったらいいが」

『あ、なら、無理だね★』

「はんっ! 言ってろっ!! じゃあな」

『うん』


 通話を切る。

 大晦日――それは、決戦の日である。

 負けられぬっ! 去年は……大敗だった。今年は、何としても勝つっ!

 ――たとえ、悪鬼羅刹の路に墜ちようとも。

 俺は固く決心しながら、焼きおにぎりをひっくり返す。腹が空腹を訴え鳴る。

 出汁を作って茶漬けにしてもいいなぁ。

 駆ける音がし、幸雪が帰って来た。


「お兄ぃ! さっき、四月一日泥棒猫さんの声がしなかったっ!?」

「……いんや? 寝ぼけてたんじゃないか。ほれ、丁度出来たぞ」

「――いい匂い。焼きおにぎりだぁ」

「味噌汁も作っておいた。よそってくれ」

「はーい」


 良し。誤魔化し成功!

 皿に焼きおにぎりを出し――待ちきれず、その場でパクリ。


「うまっ!」

「あ~お兄ぃ、ずる~い。私も食べたいっ!」


 幸雪がむくれる。

 俺はくすり、と笑い棚から海苔缶を取り出す。


「分かった、分かった。足りなかったら、追加で作るって。そしたら、茶漬けにしような」

「お茶づけ! やったっ!」


 はしゃぐ妹は可愛い。とてもとても可愛い。

 携帯が鳴った。ん?


『シスコンの波動。有罪!』


 ……四月一日幸のセンサー、おかしくね?

 俺は、呆れながら焼きおにぎりを頬張った。 

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