第33話 祝☆五連休。ルーを使わないハヤシライス 上

「――では、支店決算の方、よろしくお願いします。え? 福岡にですか? 当分、行く予定はないですね。何しろ、福岡支店の経理の皆さんは優秀なので。――はい、はい。そちらに行く際はお付き合いします」


 固定電話の受話器を置き、福岡支店長との通話を終わる。

 良い御人なのだけれど、毎回『今度は何時来るんだ?』と聞いてくるのは、少々困ってしまう。なお、各店の支店長にも言われる。閑話休題。

 石岡さんに報告しておく。


「福岡の支店決算、遅れはないそうです。業績、かなり良いみたいですよ」

「だろうさ。あちらさんは文房具だけじゃなくて、エアコンとかも扱ってるしな。結果、俺らの賞与も上がるってもんだ。有難い話だ」

「ですね」


 うちの支店で一番の売上を誇るには東京支店だ。

 何しろ市場規模が違う。

 けれど、確実に利益を上げ、ずっと黒字を維持しているのは福岡支店なのだ。

 今度、出張するのは何時にになることやら。


「そう言えば、篠原、来週の月曜日、有給とるんだよな?」


 売上資料とにらめっこしながら、石岡さんが聞いてきた。

 スケジュールに入れておいた『有給』を再確認したららしい。

 経理処理の伝票を作成しながら答える。


「はい、火曜の祝日に合わせて。四連休に出来ますし」

「あ~……もっと取ってもいいぞ? お前、有給残り何日だ?」

「去年、殆ど使ってないので……今度の四月で四十日ですね」


 うちの会社は年間有給を二十日貰えて、一年繰り越せる。

 つまり、最大四十日持てるのだ。

 ……殆ど使わないけど。風邪もあんまりひかんし。

 石岡さんが俺を見てきた。


「篠原、明日から取って五連休にしろ! そこまで仕事、煮詰まってないだろ? 東京支店の連中も結構な人数、休むみたいだぞ?」

「えーそれは流石に……」

「上長命令だ。どうせ、三月後半からは修羅場だぞ? 手が空いている時に休んどけ。俺も合間合間で休む。決定な。他の人達にも伝えとく」

「……ありがとうございます」


 素直に御礼を言い、頭を下げる。

 ……に、しても五連休か。

 雫石への旅行は明日の夜、夜行バス。

 土曜朝に現地着で二泊。

 月曜日夜に帰宅予定だった。

 さて、ほぼ一日、増えた休み、何に使うかな?


※※※


 18時過ぎに退社し、デパ地下をぶらつく。

 丁度、タイムセールをしているようでとても活気がある。

 今から、家に帰ったら19時。そして、明日は休み。

 ――米が食いたい。

 と、なると……行列が出来ている肉屋の前で立ち止まった。


『タイムセール! A5牛薄切り肉!』


 ふむ……。

 携帯が震え、メッセージ。


『雪継っ!? 明日、有給取ったのっ!?!!! 私、聞いてないんだけどぉぉぉぉ。裏切りものぉぉぉ』


 四月一日が早くも気付いたらしい。

 短く返信。


『今晩はルーを使わないハヤシライスです。完成は20時予定』

『…………牛肉と玉ねぎとマッシュルームだけのやつ?』

『うむ。今から牛肉を買う。A5』

『最後に生クリーム、かけてくれる?』

『許可しよう』

『なら――許すっ! 直帰しようかと思ったけど野暮用出来たから、会社寄って帰るね。帰宅は20時過ぎると思う~。また、後でっ!』 


 手を振る黒猫のスタンプが張られた。

 ……野暮用ねぇ。

 まさか、有給を取る、とか言い出す――ないな、ない。うん。

 俺は自分を納得させ、店員さんへ牛肉を頼んだ。


「牛肉の薄切りを400グラムください」


※※※


 帰宅し着替え、エプロンを装着。早速、夕飯の準備に取り掛かる。

 まずは手早く米をとぎ、浸水。

 玉ねぎ一個の皮を剥き、輪切り。ばらしておく。この切り方だと、触感が残る。

 次いで、マッシュルーム。

 石突を落とし、厚めにスライス。この食材、想像以上に旨味が出るのだ。

 にんにくはおろすので、潰して芽を取り除いておく。これで、野菜の準備はお仕舞いだ。

 買ってきた牛肉に塩、胡椒。時計を確認し、炊飯器のスイッチを押す。

 棚から薄力粉を取り出し、大匙一を牛肉にふりかける。よくまぶす。

 手を洗い、中華鍋を取り出し、バター。

 別にフライパンでも構わないのだけれど、底が浅いと作業がしにくい。結局、中華鍋が万能なのだ。

 バターが溶けたら、牛肉をほぐしながら入れる。強火で動かさず焦げ目をつけるのを意識。

 肉とバターの良い匂いで、お腹が何度も鳴る。もうこの時点で美味いだろう。

 携帯が鳴ったので、スピーカーにする。


「はい?」

『雪継~私も明日、お休みにしたー』

「…………よく、取れたな」

『余裕~。支店長には褒められたよ! 『お嬢、休むことを覚えたのかっ! 偉いぞっ!!』って』

「あめぇなぁ。よっと」


 両面、焦げ目がついたら、一旦、牛肉は出しておく。

 中華鍋に玉ねぎをバサッ、と全部入れる。

 塩を振り、さっきの焦げを取りながら炒めていく。飴色にしなくても美味いので、程々の所でマッシュルームを投入。


『あまくない! もう、出来る??』

「まだ。玉ねぎを炒め中ー」


 薄力粉を入れ、よく炒める。

 今回は市販のルーを使わないやり方なので、これがとろみになるのだ。


『! もう、出来ちゃうじゃんっ!! あ……赤ワイン、飲み切ったんじゃ?』

「買ってきた。まだ、出来ないって」


 四月一日の携帯から、他の人の会話している声が聞こえて来る。商店街のようだ。

 トマトケッチャップを大匙六。

 味加減はここでどの程度、炒めるかでほぼ決定するので、最低、5~6分程度は木べらを動かす。炒め過ぎても、玉ねぎの触感が喪われるので、悩ましいところだ。

 水気がなくなってきたら、赤ワイン。

 勿論、グラスを取り出し自分用にも一杯。飲むと思わず、声が漏れた。


「ああ、うま……」

『む! 雪継、今、ワイン飲んだでしょっ!? ズルいっ!!』

「ズルくありませーん」


 スプーンで味見。

 程よい酸味と甘み――この時点で、明らかに店の味だわな。

 浮き浮きしながら、牛肉を中華鍋に戻し馴染ませる。

 玄関が開く音がした。帰って来たか。

 ……いや、その前に、最早、自分の家に戻る選択肢を喪っていやがるのかもしれん。甘やかし過ぎているのは俺なのかもなぁ。反省。

 水を入れていると、四月一日が携帯を耳にあてながら顔を出した。


「ずーるーいー。私も赤ワインがのみたいー」

「……もう、突っ込まないからな。まずは手洗い、うがいをして着替えてこい。そしたら、飲んでも良し! 特別におかきもつけてやろう」

「りょーかいっ! とっっても、いい匂い! お腹がぁ~減ってきたぁ~♪」


 四月一日は顔を引っ込め、歌いながら洗面台へ向かっていく。無駄クオリティが高いんだよな。……高校時代に聞いた、四月一日の歌声を思い出してしまう。

 苦笑しながら、ニンニクのすりおろし。コンソメ。ウスターソース。ほんの少しの醤油。砂糖、みりんを入れるレシピもあるのだけれど、うちでは割愛。

 篠原家では、基本、砂糖を使わないのだ。

 火を強火にしタイマーを10分でセット。後はとろみがついてきたら完成となる。


 簡単! かつ美味い!! 素晴らしい!!!


 俺は自分の仕事に満足を覚え、グラスに赤ワインを注ぎ、小鉢におかきを入れた。

 米が炊けるまで四月一日と残りのワインでも飲んでるかな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る