第34話 祝☆五連休。ルーを使わないハヤシライス 下

「…………裏切り者」

「のっけから人聞きが悪いな、おい。そんなことを言う子には生クリームを使わせないし、赤ワインも飲ませないぞ」


 時折、中華鍋の中のハヤシライスをお玉でかき混ぜながら、おかきで赤ワインを飲んでいると、しっかり着替えまで終えた四月一日が顔を覗かせた。

 頬を膨らましながら近づいて来て、黒猫のエプロンを身に着けつつ、文句。


「ひっどーいっ! 横暴だー、横暴だー。総部部の篠原雪継君はー、東京支店の四月一日幸に対してだけ、厳し過ぎるー!」

「何処がだ。低体重も真っ青だったガリガリ猫に、晩飯を食べさせ、ここまでふくふくにしたのは誰だと思って――……お前、少し太ったか?」

「かっちーんっ! 雪継! そんな台詞、女の子に言っていいと思ってるわけっ!?   デリカシーないっ!! 責任取れ―っ!!!」


 四月一日は猛り、冷蔵庫から野菜を取り出し、まな板の上で一刀両断。サラダを作ってくれるようだ。

 ……まぁ、元気なら良し。今でも痩せ過ぎなのだ。心配にななるくらいには。

 グラスをもう一つ取り出し、赤ワインを注ぐ。


「責任って何だよ。ほれ、飲でん落ち着け」

「……ガルル。馬鹿。鈍感。そうっ! どーして、明日、有給取るの教えてくれなかったのっ!? そういう大事なことは、事前に相談してっ!!!」

「石岡さんに無理矢理、取らされたんだよ。……なお、本決算前に後四日、強制取得になる。味見してみるか?」

「後四日……ふぅ~ん…………。あ、食べるー」

「そこ……邪悪な笑みを浮かべるな」


 警戒しながらも、小皿にハヤシライスを取り、何事かを企んでいる四月一日へ差し出す。 

 わざわざ有給取得を相談するのは何か違うと思う。

 大エース様は味見をし、親指を立ててきた。


「うん! 美味しい! このレシピ、時短だけどすっごく美味しいよね~。一流ホテルの味がする♪」

「プロのレシピってのは凄いよな。まぁ、余程頑張らないと追いつきはしないけど、家で食べる分には十分だと思うわ」


 火を止めると、まるで待っていたかのように炊飯器が炊きあがりを報せた。素晴らしいタイミング!

 四月一日は何も言わず、白猫と黒猫が丸まっている皿を取り出し、炊飯器を開けご飯をよそう。

 俺は、冷蔵庫から生クリーム、棚からドライパセリを取り出す。皿が差し出される。


「ん~」

「ほいよ」


 炊き立てご飯が盛り付けられた皿を受け取り、ハヤシライスをたっぷりかける。少し、時間を置けば味が馴染んで美味しくなるが……とにかく腹が減っているのだ!

 仕上げにドライパセリをふりかけ、完成、と。

 四月一日へ差し出す。


「出来たぞー」

「…………生クリームはぁ?」

「ん~誰かさんから、裏切り者呼ばわりされたからなぁ」

「!?!! こ、ここで、それを持ち出すのっ!? 雪継の意地悪っ! 虐めっ子っ!! こんな可愛い元同級生を餌付けしてどうするつもりなのっ!?!!」

「明日、スキーに行くくらいだなー」


 手を伸ばし、四月一日のハヤシライスへ生クリームをかけてやる。

 それを見た大エース様は、瞳を大きくし、にへら。ちょろいな、おい。

 上機嫌で「ハヤシライス~♪ 美味しい、美味しい、ハヤシライス~♪」と歌いながら、炬燵へ。子供か。

 俺も自分の分とサラダをトレイに載せ、後を追う。 

 天板に置いていると、四月一日が入れ替わりでキッチンへ。

 持って来たのは、赤ワインとグラスだ。


「これがないと始まらないでしょ?」

「確かに」

「偉い?」

「偉い」

「よろしい! 何時も、それくらい素直でいてね? 高校時代みたいに☆」

「善処はしねぇ」

「そこは『善処する』でしょうっ!?」

「あーうるさい。ほら、早く食べようぜ」

「む~……」


 四月一日をあしらい炬燵に足を突っ込み、赤ワインをグラスを注ぐ。

 お互い、グラスを手に持ち、


「「お疲れ様!」」


 カラン、とならして飲み干す。

 スプーンを取り、早速ハヤシライスを食べる。


 ――我ながら味付け、完璧っ!  

 

 玉ねぎ・マッシュルーム・牛肉しか入っていないのが信じられない。

 これは、正しく某都内有名ホテルの味付けだ。

 隠し味で入れた醤油も聞いていて、日本人好みだと思う。

 目の前では四月一日も幸せそうに、食べている。

 ……うん、大分、回復してきたわな。

 再会した時のこいつは、食への興味を殆どなくしていたし。

 四月一日が手を止め、俺をじーっと見てきた。


「? どした??」

「……ドレッシングがない」

「あ……冷蔵庫に」

「この前、使い切ったー」

「あ~……生で」

「やーだーやーだー! やぁだぁぁー」

「……はぁ。ったく」


 俺は溜め息を吐き、席を立つ。

 キッチンへ行き、小さなボウルを取り出し、中にオリーブオイル、バルサミコ酢、醤油を入れてよく混ぜる。

 それを持って炬燵へ戻り、サラダにかける。

 四月一日は、これ以上ないくらい満面の笑み。既に、グラスは空になり、自分でついでいる。


「……えへへ。雪継、ありがと☆ 今度、御礼に家電買うね♪」

「御礼内容がオカシイことに気付け。と、言うか、この一年で俺の家にどんだけ持ち込んだんだよ。そういうのは自分の家に置きましょう」

「え~? だって、家電動かしているの、殆どこっちだよ??」

「ぐっ……」


 痛いところを突かれ、言葉に詰まる。

 弱っていたから放り出すのも、と思ってしまったのがそもそも失敗だったのかもしれない。……今更だが。

 再び座り、ハヤシライスをかきこむ。いや、本当に美味いな。米はともかくとして、ルーが残らないかもしれん。

 早くも四月一日が席を立った。


「おかわりしていいよね?」

「好きなだけ食べろ」

「――うん♪」


 嬉しそうに頷き、炊飯器の傍へ。

 サラダを食べ、ワイン飲み、明日の予定を考える。さて、どうしたもんか。

 四月一日がキッチンから話しかけてくる。


「雪継~明日はどうする~? 何処か、行く~?」

「旅行の準備は」「もう、終わってるー。何時でもー」


 早いな、おい。まぁ、俺も終わってるが。

 スキー板やボード、ウェアは向こうで全部借りる。旅行は身軽が一番だ。

 四月一日が戻ってきた。ちゃんと、生クリームもかけている。


「なら~、明日は深夜バスまでゴロゴロがいい!」

「ゴロゴロするのは賛成だが……その言い方だと、お前、こっちでゴロゴロする気じゃあるまいな?」

「もっちろんっ! 朝ごはんは、厚切りトーストとオムレツがいいっ! 遅くてもいいから、あそこのパン屋さんに行こうよ! 自然酵母の」

「……拒否権は」

「そんなの高校時代からないよっ!」

「ひでぇ」


 苦笑しながら、考える。

 ――クルミパンが食べたいかもしれん。

 俺は四月一日へ頷いた。


「まー分かった。明日の朝はパンだな」

「やったぁ! それじゃ、今晩は泊」「駄目です」

「……雪継のケチ。モーニングコールはしてね?」

「……仕方ねぇなぁ」  

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