第4話 明日は土曜日。裏切りのフレンチトースト 下
翌朝、8時過ぎ。
俺を起こしたのは、携帯の着信音だった。
寝ぼけながら枕元に手を伸ばし、出る。
「……はい、もしもし」
『おっはよ~! 雪継っ! 朝だよー。起きて―。もう、8時だよー』
「…………間に合ってます」
『あ、ちょ、ちょっと――』
容赦なく通話を切り、すぐさま着信。うぜぇ。
欠伸を噛み殺しながら、同僚からの電話に再び出る。
「何だよ? 土曜の朝っぱらから」
『ど・う・し・て、切るのよっ!? 美人と何かと評判の、この四月一日幸さん直々のモーニングコールをっ!!!』
「…………要件はそれだけか?」
『朝ごはん、一緒に食べよ? 昨日は別々だったし』
「――……各自なら」
『あれれ~? 美人な同僚の手料理が食べたくないわけぇ~?』
「…………15分後。各自調理な」
『あっ! こらっ! ちょっと!』
携帯をベッドへ放り投げ、起きる。
顔洗って、歯を磨いて、髭剃って、着替えて……8時か。冷蔵庫の中のフレンチトーストを思い出す。
まぁ、大体10時間経ったか。良しとしよう
※※※
「おっはよ~♪ お! 着替えたな~。うんうん、女の子と会うんだから、多少はね~☆」
四月一日が合鍵で勝手に鍵を開けやって来たのは、きっかし15分後だった。
後ろ髪を結び、上下スウエット。
……完全なる休日モードだ。こいつ、今日は俺の部屋に入り浸るつもりか。
「おはよう。……お前、昨日、接待だったんだろ? もう少し寝てろよ」
「帰って来て、お風呂入って、即寝たし~。雪継は昨日遅かったみたいだね~」
「賞与やら、年末調整やらがあるからな。で? 何を食うんだ?」
「考えてな~い。雪継と一緒のがいい!」
「バケットがまだ残ってるぞー」
戯言に取り合わず、冷蔵庫を開け、フレンチトーストを確認。
――お~、よく浸みてるなぁ。
ひょこり、と四月一日が覗き込んできた。「? ! ま、まさか!?」。高校時代と変わらぬ百面相を披露してくる。面白い。
バターを取り出し、フライパンへ。溶ける良い匂い。
容器からフレンチトーストを投入。じゅっ、と焼ける音。あ~良いなぁ。
四月一日が低い声で問うてきた。
「…………篠原雪継君、それは何ですか?」
「え? 10時間近く漬けたフレンチトーストだが?」
「はーい! ダウト~!! これは……これは、許し難い裏切りよっ! 絶対、美味しいやつっ!! ずるいっ!! 私も食べたいっ!! 私の分はっ!?!!」
「ないなー、よっと」
焦げ目がついたらひっくり返し、蓋をする。3分間くらい蒸し焼きに。
この間にトマトとレタスで簡単なサラダを作り、珈琲メーカーを準備。えーっと、蜂蜜は……。
四月一日はジト目になり、拗ねた口調。
「…………雪継、朝ごはん、私が来ると思ってなかったんだ。ふ~ん」
「あ~来ても、昼だと思ってた」
ここ最近、この同僚が来るのは昼だった。午前中に来るのは、一ヶ月に二、三度あるくらいなのだ。
俺の言葉を聞いた途端、四月一日は動揺し、指を弄り始めた。
「ふ、ふ~ん……く、来るとは思ってたんだ。えへ――……はっ! ひ、卑怯よっ! そ、そんな言葉で誤魔化される程、私は安い女じゃないんだからねっ!」
「何だよ、それ」
苦笑しながら、蓋を開け焼き目を確認。我ながら完璧。
小さな白猫が描かれた皿へ出し、蜂蜜をたっぷりとかける。ここに果物を添えたり、粉砂糖をかければ、それっぽくなるんだろうが……お手軽な朝飯だしなぁ。
大エース様が唸る。
「ぐるる~」
「唸っても、やらんぞ」
「みゃぁ~」
「……猫になっても、やらん」
「じゃあ、どうしたら――……!?!! ゆ、雪継のエッチっ! 変態っ! そ、そういうのは、えとあの…………と、とにかく、まだ、駄目なのっ!」
「朝から飛ばし過ぎだろうが!? はぁ……仕方ねぇなぁ」
もう一枚、小さな黒猫の皿を取り出す、
フレンチトーストを半分に切り分け、皿へ。
四月一日は、俺と皿を交互に眺めた後、にへら。
「――えへへ♪ ありがと~☆」
「ただ……二人だと少ないんだよな。冷蔵庫から、バケットと卵。それに牛乳と生クリームを取ってくれ」
「は~い」
あっさり上機嫌になった大エース様は、冷蔵庫から残っている材料を取り出した。
ボウルを取り出し、卵を割りとく。
「こっちは俺がやるから、珈琲を淹れてくれ。そしたら、バケットを全部切るべし」
「りょーかい☆」
といた卵の中に粗製糖。今回は多めに大匙1と少し。更にとく。
生クリームと牛乳を入れ、しゃかしゃか。
ざるで濾し耐熱容器へ。バニラビーンズを数滴振る。ここまではフレンチトーストと同じだ。
フォークでフレンチトーストをかき、一口。ふわとろによく浸みていて美味し!
家庭で作る分にはこれで十分だな。
「雪継、雪継♪」
黒猫、白猫の珈琲カップをキッチンに置いた四月一日が俺の袖を引っ張り、次いで口を開けてくる。子供か。
大エース様のフォークで少しかいてやり、放り込む。
「♪」
これ以上ないくらいにニコニコ顔だ。……まぁ、良し。
俺は棚を開け、硝子瓶を取り出す。
四月一日が隣でバケットを切り分けながら、聞いてきた。
「あ、それって、雪継の御母様のレーズンのラム酒漬けだよね!」
「二十数年物らしい。継ぎ足し継ぎ足しな。切ったバケットを容器に並べてくれ」
「は~い」
バケットを全て並べ終えたら、電子レンジで2~3分。時短になるのだ。
二人で立ったまま、フレンチトーストを食べ、珈琲を飲み、サラダを摘まみ、他愛のない話。
「そう言えば、私の賞与幾らだった~? 買いたい物があるんだけどな~」
「阿呆。言えるかよ」
「ケチ~。あ、そうだー。ねね? クリスマスはどうするの?」
「……四月一日幸さんや。時に言葉は人を殺すんだぞ? 今のところは空いてる」
「ふ~ん。『今の所』は、ね★」
「ぐっ!」
そうこうしている内に電子レンジが呼んだ。
バケットをひっくり返し、ラム酒漬けを適度に散らす。葡萄、プラム、胡桃、ナッツ……四半世紀の香りが鼻孔をくすぐる。
本来なら、この後オーブンで焼くところだが、独身の野郎の家にそんな気の利いた物はない。なので、220℃に設定したトースターへ容器を入れ、アルミホイルを被せ二十分。
珈琲カップを両手で持った、四月一日が尋ねてきた。
「パンプディング?」
「簡単で美味いよな。前、食べさせたら『これ好き』って言ってただろ? 来るなら、お昼前に焼いておくつもりだったんだぞ? バケットってフレンチトースト向きじゃないんだよな。穴だらけで吸わないし――ん? どうした? 顔真っ赤だぞ?」
「…………え、あ、あの……な、何でもないしっ! 篠原雪継君!」
「お、おお?」
四月一日幸が右手の人差し指を突き付けてきた。
「――24日夜と25日は絶対に開けておくようにっ! 裏切りのフレンチトーストの借りは必ず返すんだからねっ!」
「……パンプディング、食わせないぞ」
「へ・ん・じ!」
「へーへー。実家から呼び出しなければな」
俺はフレンチトーストを口に放り込みつつ、頷く。
トースターの中からは、早くも甘酸っぱい良い香りが漂ってきていた。
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