第5話 買い出し忘れのぱらぱらしっとりネギ炒飯 上
「篠原、賞与の支給日、もう決まったのか?」
「決まりましたよ。週末振り込みです。部長はたくさん貰ってる、と東京支店にリークしておきますね」
「てめぇ、この野郎がっ! ――ま、今度時間を作れ。飲みにいこうや」
「篠原君、今、大丈夫かな? この年末調整資料なんだけど……合ってるか見てもらえる?」
「お疲れ様です、本間さん。えーっと……あ、ここの計算間違ってますね。ちょっと複雑なんですけど――」
『篠原、ちょっと聞きたいんだが……東京支店の好調要因はなんなんだ?』
「支店長、兵庫も十分好調ですよ。東京は比較的大口契約が多かったんです。市場規模の違いと、後はまぁ……四月一日さん無双が継続していますので」
『かーっ! また、四月一日ちゃんかぁ……うちに来てくれんかなぁ』
引き続き、師走である。
冬季賞与処理を片付け、日常業務をこなし、総務に持ち込まれる雑務を片っ端からこなしていく。
目出度く、社長、役員から評価Aを死守された石岡さんが、椅子に座ったまま身体を伸ばす。
「うぐぅ~……はぁ……今年ももう少しで終わりだなぁ……」
「……現実から目を背けないでください。まだ、この後に『年末調整』という悪魔が待ち構えています……。来週はそれと同時に給与処理と、年始以降の資金繰り検討、社長に対する大型機器購入のプレゼン等々」
「あ~あ~あ~! 聞こえねぇ!」
出来る男である、石岡主任がわざとらしく頭を抱えた。
総務部内にいる他の人達が、くすり、と笑う。
俺は、ちらり、と時計を確認。17時過ぎ。
今日の仕事は終わったし、偶には定時で帰ってもいいかな?
「そう言えば、篠原」
「はい?」
突然、石岡さんが聞いてきた。
パソコンの電源を落としつつ、視線を向ける。
「クリスマス、暇なんだよな? どうだ? 美味い焼肉でも食いにいかねぇか?」
「あ~……先日も言った後、予定が埋まりまして。友人と飯を食います」
「…………彼女か?」
「残念ながら」
俺は立ち上がり、コート掛けからコート取った。
四月一日幸はあくまでも同僚兼高校の同級生であり、彼女ではない。
……いやまぁ、クリスマスに、二人して自宅でフライドチキンを作り、ポテトを揚げようとしているのも、よく分からない話ではあるが。
鞄を持ち「……結局、俺はぼっちでクリスマス、か……」と黄昏ている石岡さんと、総務の人達へ挨拶をする。
「では、今日はお先に失礼します」
※※※
失敗に気付いたのは帰宅した後だった。
「……買い出しするんだった……」
週の半ばで、冷蔵庫の中身は乏しい。
あるのは、冷やご飯、卵、ネギ半分、ベーコン、それに、玉ねぎとトマトくらいか。冷凍庫にあった餃子も、昨日、四月一日と一緒に食べちまったし……少し考え、携帯でメッセージを送る。
『お疲れ。今晩も来るなら、買い物を』
「たっだいま~♪」
「…………遅かったか」
四月一日幸の明るい声が玄関から聞こえてきた。
ここ最近、自分の家ではなく、直接うちへ来るのはどうしたもんか。
……寝る時以外は、大体こっちで過ごしているような?
ひょこり、とコートを着ている四月一日が顔を出した。
「た・だ・い・ま?」
「お、おかえり」
「よろしい♪ ねね? 今晩は何を作る?? 私、中華スープが作ろうかな~。時々、飲みたくならない? 卵とトマトと玉ねぎのちょっと酸っぱいやつ」
「買い出し忘れてたから、冷蔵庫がほぼ空だ。でもまぁ……お前がスープ作るなら、炒飯にするわ。今から外に行くの寒いし」
「だね~。あ――買い出しは明日、一緒に行こう! 18時位には出れる?? 待ち合わせしようよ!」
「仕事次第だな。まずは」
「うがい、手洗い、着替えてきま~す♪ お風呂、焚いちゃっていいよね?」
「よろしく。俺は先に準備しておくわ」
「は~い」
四月一日は上機嫌な様子で、リビングから出て行った。
……いや、待て俺。
普通に考えて、着替えがあって、平然と風呂を焚くという提案が出てきている時点で、おかしいのではあるまいか?
『……お兄ぃ、何か私に隠し事していない?』
『今年はクリスマス、実家に帰れないんだ』と伝えた際、妹がメッセージと共に送ってきた微笑のスタンプが脳裏に浮かぶ。
ち、違うぞ、
単に、その日は、フライドチキンとフライドポテトを自力で揚げようとしているだけなんだ!
……ケーキは少しだけ奮発したけれども。
妹に言い訳をしつつ、白猫のエプロンをつけ準備開始。
まず、冷やご飯を電子レンジで念入りに温める。
炒飯にとって、温度は最重要。炊き立てがいいくらいだしな。
その間に、卵を贅沢に六つ割り、とく。
ネギは小口切り。切れたら、クッキングシートの上に置き水分を取る。
念入りにやるならば、このまま10時間以上、冷蔵庫に入れ、水分を抜くところだけれど……何せ腹が減っているので、今回は省略。
ベーコンを切り、醤油、日本酒、鶏がらで合わせ調味料を作成。
これで準備は以上!
中華鍋と鍋も取り出していると、スウェットに着替え、化粧も落とし終えている四月一日が戻って来た。
「たっだいま~」
「おかえり。ほれ、もう、作り始めるぞ」
「ん~」
黒猫のエプロンを手渡すと、四月一日は手早く身に着け、玉ねぎとトマトを切り始める。
電子レンジが止まったので、大き目のボウルに温めたご飯を入れ、といた卵の半分を投入。スプーンで手早くかき混ぜる。コーティングするイメージだ。そこへ塩を少々。味を固めておく。
隣の四月一日は早くも玉ねぎとトマトを切り終えた。
鍋にごま油を少し入れ、玉ねぎを炒め始める。
俺も中華鍋にオリーブオイルを少しいれ、残った卵を半分。半生の状態でボウルへ一旦戻しておく。
四月一日へ注意。
「炒め始めるぞ」
「うん~」
オリーブオイルを大匙三杯と半分。
そこへ、真っ黄色になったご飯。塊を崩していく。
コーティングされ、油もたっぷりなので全くくっつかない。パラパラだ。この時、中華鍋は火から離さない。
四月一日が鍋にトマト。次いで鶏がらを溶いた水。溶き卵を加え、胡椒を振る。
「胡椒、次、貸してくれ」
「は~い」
炒飯へたっぷり胡椒――引き出しからレンゲを二本。
少し掬って、四月一日に食べさせる。
「ほれ」
「――ん~薄味だけど美味しい!」
「――まぁ、こんなもんだろ」
俺も味見。塩と胡椒だけでもきちんとしている。
ベーコン、ネギを加え炒め、最後に合わせ調味料を数回に分けて入れ、味をなじませていく。
――醤油の食欲を誘う何とも言えない、いい匂い。
日本酒が入ったお陰で、しっとりしていながらパラパラだ。
四月一日はスープを作り終え、テーブルへ運ぶ。
そして、戻ってきて皿を取り出した。
お玉を使って、お店っぽく丸く盛り付け。
「美味しそう~♪ 私、雪継の炒飯、好き~☆」
「簡単だけど、美味いんだよな。この作り方。おし、食べようぜ。――温かい物は?」
「温かい内に食べるっ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます