第15話 年末。兄妹水入らず初日。お土産ケーキ。

「ただいまー」

「お兄ぃ! おかえり~♪」


 翌日の夕方近く。

 実家へ帰るとすぐさま幸雪が玄関で出迎えてくれた。

 我が妹ながら、私服姿で可愛い。

 靴を脱ぎながら、聞く。


「車なかったけど、父さん達、出かけてるのか?」

「うん! 思い立ったら! って言ってた。1泊2日で温泉だって。明日の夜までは帰って来ないよ」

「相変わらず仲良いなぁ……」


 うちの両親は、フットワークがとても軽く、すぐ旅行やお店へ行ってしまう。

 洗面台で手を洗って、うがい。

 その間も、妹は俺の周りを離れない。う~む……子犬状態。


「まーでも……女子高生の娘を一人残して旅行はまずくないか?」

「さっきまでいたしね。ほぼ入れ替わりだったかも。あと、誘われたよ??」

「……なら、どうして家にいるんだ? というか、俺は誘われてないぞ!」


 温泉、行きたかった……まぁ、来月か再来月、行くんだが。

 妹がはにかむ。


「だって、二人きりで過ごしたかったし♪ あと、お兄ぃのご飯が食べたい! ……四月一日泥棒猫さんが、散々、自慢してくるんだよ? 『篠原君の料理、美味しい~。あ~美味しい~』って。酷いと思わない? 」

「……連絡取ってるのかよ」

「うん」


 仲がいいのか、悪いのか。

 まぁ、あいつも何だかんだ世話焼きだしな。

 リビングへ行き、テーブルへケーキの箱を置き、冷蔵庫から麦茶を出しグラスへ注ぎ、椅子に座る。

 すぐさま、幸雪も俺の隣へ。


「ねーねー、お兄ぃ」

「んー?」

「私、今晩はお兄ぃの生姜焼きが食べたい!」


 ちょっと意外なのだが……こう見えて妹は健啖家である。

 本人曰く『だ、だって、昔、お兄ぃが、美味しそうに食べる女の子の方がいい、って言ったから……』。

 昔の俺よ、それは正しい。むしゃむしゃ食べる君が好き~。

 二十歳になったら、飲みにも行きたいもんだ。

 俺は同意する。


「お~いいな! 作るか!」

「やった! ねね……四月一日さんには、作ったことあるの?」

「――……いんや」


 そう言えば、作ったことがなかったかもしれん。

 幸雪は満面の笑みを浮かべ、手を合わせた。


「そっか。そっかぁ♪」

「材料、揃ってるのか?」

「うん! 豚肉、玉ねぎ、生姜あるよ~。調味料もばっちり!」

「上々。と、言っても、まだ早いから――ほれ、好きなの選べ」

「! わぁぁぁぁ♪」


 ケーキの箱を開け、妹へ見せる。

 まずは苺のショートケーキ。

 定番だけれどもこの店の物は苺たっぷり。何より、生クリームが抜群に美味い。

 再現を試みているも……分からん。どうして、こんなに軽くて口当たりが良くなるのか。材料の問題だけなじゃないんだよなぁ。

 次にタルトタタン。

 林檎が出回る冬限定。会社に入って以降、冬場になると、買ってしまう、魔性のお菓子でもある。

 ここのそれは、『洗練』の一言。初めて、食べた時は驚愕したものだ。

 三個目は和栗のモンブラン。

 栗の旬は終わってしまっているけれど、母さんが好きなのだ。

 珍しいことに土台はメレンゲ。クリームは勿論、食感が楽しい。

 最後はチーズケーキ。

 濃厚。なのに、軽い。

 チーズケーキ自体は俺自身も作るし、美味いと思うのだけれど……う~ん、プロの味。ふわっ、とするんだよな。

 どれもこれも――自分用では中々買わない高級ケーキだ。

 幸雪が目を輝かせ、身体を揺らす。


「お兄ぃ! これ、百名店に入っているケーキ屋さんのだよね!? マカロンが有名なお店! ど、どうしたの?? お高いんじゃ……」

「ふっふっふっ……妹よ。心配は無用! 兄はこの前、賞与が出たのだ! ――ほら? 前帰って来た時、話したら、お前、食べたがってただろ? 偶々、近くへ行く用事があったもんだから、買ってみた。此処のは美味いぞ! 珈琲、あるか~?」


 立ち上がり、棚から挽いた珈琲豆を取り出す。

 ――イタリアン。銘柄、俺がチビの頃から、ずっとこれだわな。


「……近く? このケーキ屋さんって、確か……」

「? どしたー?」

「…………お兄ぃ、用事って、何?」

「――……トレーディングカードの店に寄って来ただけだが? 今年は福袋をだな」

「無駄遣い、良くないと思う! それより、私、行きたい所があるの!」


 幸雪は千葉県の遊園地の名前を出した。……あそこかぁ。

 いやまぁ、可愛い妹の為。行くのは吝かではないが。

 ……取り合えず、駄々っ子と化した四月一日を送って行った帰りに、ケーキを買ったことは言わない方が良さそうだ。火事は予防が大事だからして。

 珈琲メーカーを動かしながら、鷹揚に応じる。


「分かった。暖かくなってきたら行くかー」 

「……二人でだよ?」

「……お前以外と行ったことなんか、ほぼほぼないが? ケーキ、どれにするか決めたか?」


 地味にダメージを負う。

 なのに、幸雪は悪戯っ子の表情を浮かべ、ニヤニヤ。


「え~お兄ぃ、23歳なのに、妹としか行ったことないのぉ? ふ~ん♪」

「……幸雪。兄は繊細な生き物なんだぞ? 俺、タルトタタンな」

「あ~! 私も、それがいい~!」

「なら、チーズケーキ」

「そっちも、食べたい」

「――半分こに」「する~♪」


 妹が嬉しそうにはしゃぐ。ほんと、子犬だなぁ。

 二人してお茶の準備。

 珈琲を淹れ、ケーキ皿には、半分ずつ載せる。

 すぐさま、幸雪が携帯でパシャリ。誰かにメッセージを送った。


「母さんにか?」

「違うよ★ 一番、ダメージを負う人に送っておいた! ――ん~。お兄ぃ! このタルト、凄いねっ!」

「だろ? チーズケーキも濃厚なのにふわっ、で――」


 携帯が震えた。はて?

 確認すると『四月一日幸』。うん??

 小首を傾げながら、出る。


「はい」

『――……有罪。年始暗黒裁判開廷。震えて眠れ』

「!」


 低い声で、それだけ発し通話が切れる。

 い、いったい何が――……俺は、ケーキを幸せそうに食べている妹を見た。ま、まさか、写真を送った相手は。


「お兄ぃ?」

「あ……うん、何でもない」

「変なお兄ィ~」


 けらけら笑う。

 ……いかんいかん。兄が妹を信じなくてどうするんだ。

 俺はケーキをかき、口に運びながら反省するのだった。

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