第2話 大勝利の前祝い! 厚切りロースカツと贅沢フライトポテト 中

 茹でていたジャガイモに竹串を刺す。

 スッと入った。良し良し。

 鍋からあげ、キッチンペーパーで水気を取りタッパーへ。そのまま、冷蔵庫へ。

 隣で野菜をザクザク切っている四月一日は興味深げに聞いてくる。


「フライドポテト、だよね~? 茹でて、冷やすの??」

「――油に水を入れると?」

「跳ねる! 私、それが怖くて揚げ物は何処かの意地悪な元同級生兼会社の『後輩』! に全部任せちゃってるもんっ!!」

「威張っていうな、威張って」


 呆れ返りながら、使った鍋はすぐさま洗ってしまう。

 料理しつつ洗う。これは鉄則なのだ。

 別の鍋を取り出し、なみなみとオリーブオイル。火はつけない。


「はいはい~どいて~」


 四月一日がわざと俺に当たりながら隣に立ち、鍋をコンロにおいた。

 ……いや、当たる理由?

 訝し気に視線を落としていると、わざとらしく指で俺の頬を突いてきた。


「な~に、見てるのよ~。あ! もしかして、遂に私の可愛さに」

「気づいてない、気付いてない」

「じゃあ、綺麗さに」

「目元に疲労が」

「胸が当たって」

「言う程ない、痛っ!」


 足を踏まれ、悲鳴をあげる。

 四月一日は無言で切り終えた豚汁の具――どうやら、こんにゃくとごぼうはないらしいが――をボウルに入れ、まな板を両手で掲げた。

 俺は手を軽く挙げ、降伏。


「分かった、分かった。俺が悪かった」

「許さないっ!」

「ほぉ……ならば、トンカツはやらん」

「っ! 汚いっ! 篠原雪継、汚いっ!! それが、夕食を一緒に食べたくて、死ぬ気で仕事を終わらした女の子に対する――…………あ」

「おっと」


 四月一日の手からまな板が滑り落ちそうになったのを受け止める。

 ……あ~。

 こういう時、気の利いた言葉は出てこない。

 冷蔵庫から冷やしたジャガイモを取り出し、四月一日へ一個放る。


「! 冷たっ」

「お湯が沸くまで暇だろ? 切るの手伝え。手伝ったら――」

「厚切りロースカツ定食ぷらす、まーべらすなフライドポテト」

「冷えたプレミアムなビールもやろう」

「のったぁっ♪」


 普段の調子を取り戻した四月一日がはしゃぐ。

 まぁ……耳はまだ赤いみたいだが、言ってやるまい。

 多分、俺の耳も赤いだろうしな。


※※※


 二人で、冷やしたジャガイモを厚めに切っていく。

 さっきの竹串を使い、穴を開ける。こうすると、水分が出やすくなってカリカリになるのだ。

 全てきり終えた、まとめながら俺は四月一日へ尋ねた。


「例の万年筆の案件、何とかなりそうなのか?」

「フフフ……私を誰だと思っているのかしら? 篠原雪継君?」


 切り終えたジャガイモを、火をかけていない油の中へ投入していると、大エース様はまな板を洗い、キャベツを半分に断ち切った。

 そして、猛烈な勢いで千切りし始める。


「大丈夫っ! 何とか、どうにか、辛うじて、なったからっ!! 月曜日で……月曜日で、ようやく解放されるっ!!!」

「…………なるほど」


 こいつがこんなになるとは……いやまぁ、マスメディアへの対応もやらされるみたいだし、プレッシャーがかかってはいるんだろう。

 ジャガイモを鍋に入れ終えたら、極弱火。

 タイマーは……取り合えず、20分かけておく。これで放置。

 この間は暇なので、四月一日の出した鍋へごま油を引き、豚肉の端切れを投入。

 いい香りが鼻孔をくすぐる。

 四月一日が千切りの手を止め、しみじみ零した。


「……仕事は楽しいの。でもね」

「うん?」


 豚肉に火が通ったら、人参、玉ねぎ、キャベツ、余っていたキノコを投入。炒めていく。

 これが豚汁か? と言われれば、答え難いが……決してまずくない。というか、美味い。


「な~んか、元気が出なかったんだよねぇ……お弁当だけじゃ。わ、私をこんな身体にするなんて」

「してないな。酔っぱらって、自堕落になっていた大エース様☆ を見かねて、飯を食わせただけで」

「餌付けしたからには責任を持ちましょうっ! パチパチ、いってきたよ~?」

「切り終わったら、代わってくれ」

「は~い」


 キャベツをボウルへ入れ、冷水を注いだ四月一日が俺から木べらを受け取り、菜箸を渡してきた。

 パチパチいってるジャガイモを一枚取り、揚げ具合を確認。

 ……まだまだか。タイマーを5分延長。

 再び、俺へひっつきながら豚汁の具を炒めている四月一日は興味津々。狭い。


「もう、美味しそう! 食べていい? いいよね??」

「ダメです。あと、くっつくなっ!」

「え? 嫌だけど?」


 どうして、そんな当たり前のことを聞くわけ? という表情。こ、こいつ。

 ジャガイモを鍋へ戻し、脅す。


「――低温で揚げていても油が跳ねる。そして、それが肌に染み」

「雪継、離れてっ! 私、嫁入り前なのっ!!」


 少しだけ、四月一日が離れた。

 ここまで言ってもなお、こうか。

 どうやら、想像以上に精神的疲弊を覚えているようだ。

 頬を掻き、目線を逸らす。


「そう言えば……」「ホワイトデーのお返し!」

「…………」


 間髪入れず返される。くっ!

 ……いや、考えていないわけでもないのだ。

 四月一日は鍋に水を張り、和風出汁を入れた。小さなボウルに水を張り、灰汁取りを渡す。

 受け取りながら、歌うように要求してくる。


「なにを~返してくれるのかなぁ~♪ 私は~温泉旅行とかがいいなぁ~☆ 日帰りもいいのになぁ~。なぁぁぁぁ~」

「そ、それはもう、脅迫に近いのではっ!?」


 タイマーが鳴ったので、揚げ具合を再確認。

 ――菜箸で突くとはっきり分かる。

 恐ろしく堅い!

 火を止め、ざるにあけ油を切る。すると、フライドポテトとは思えない音!

 温かい内に塩をかけて味付け。

 隣の四月一日が味噌を投入し、覗き込んできた。


「うわぁ……美味しそう! 温泉旅行っ!!」

「ええぃ、五月蠅いっ! これでも食べてろっ!!」

「!」


 菜箸で一枚手に取り、我が儘大エース様へ食べさせる。

 ――ガリっ。

 市販のフライドポテトではあり得ない音。そして、見事なきつね色。

 四月一日が目を見開き、口元を抑え、心底幸せそうな顔になった。


「これ…………滅茶苦茶、美味しい……人生で一番美味しいかも……」

「そいつは何より。トンカツ揚げるまで、30分あるからつまみにして飲んでようぜ。揚げる頃にはご飯も炊けるだろ?」

「さんせーい、さんせーい、大さんせーい! 雪継、てんさーい!! おんせーん!!!」


 ……まだいいやがるのか、こいつは。

 いやまぁ、そう言われると思って幾つか探しておいて、相談しようと思っていたんだが。

 四月一日は豚汁を完成させ、火を止めて蓋をし、フライドポテトのざるへ手を伸ばしてきた。


「まてぃ」

「……なによぉ」


 不満気な四月一日幸。

 俺は託宣を告げた。


「1、2分待つべし」

「その心は?」

「味を馴染ませる為なり」

「……ぬぬぬ」

「そして、想像するのです。此処に――」


 ブラックペッパーを上から振りかける。

 四月一日は無言で拳を握り締め、言葉を発した。


「箱根でいいよ!」


 ……ブレねぇなぁ、こいつ。

 苦笑しながら、俺は冷蔵庫から冷えたプレミアムなビールを取り出すのだった。

 

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