第24話 白菜の無水鍋&鮭ハラスのおにぎりin四月一日家 中
「では~♪ 出来ちゃったし、食べましょ! 篠原君、運んでくれるかしらぁ?」
「あ、はい」
静さんが俺を呼んだので、煮えた土鍋をテーブルへ運ぶ。
中は煮えているのは、たっぷりの白菜と豚肉だ。
――椅子に座っているのは三人。
「……不覚っ。『四月一日』っいう姓で気づくべきでした。でも、まさか、物静かで、丁寧で、親切で、心清らかなしぃちゃんが、貴女の妹さんだなんてっ! 世界の法則が乱れますっ!! 反省してくださいっ!!!」
「はぁ!? 似てるでしょ! 目元とか、口元とかっ!」
「似てませんっ! 全然、似てませんっ!」
仲良く言い争っている、四月一日幸と篠原幸雪。
そして、その二人を見ておどおどしている、眼鏡をかけ前髪で片目が隠れている小柄な少女。
時折、俺へちらちら、と視線を向けては俯いている。
――四月一日の妹の、
俺はガスコンロの上に土鍋を置き、猫の喧嘩を仲裁する。
「ほれ、鍋だぞ。美味いぞ。大人しくしないと食べさせんぞ」
「む! 雪継っ!!」
「――はい、兄さん」
「なっ!?」
幸雪は戦略的撤退。
矛を収め、妹さんの隣に着席。――巧い。
対して、拳を下げ損ねた四月一日は「…………」俺へジト目。
いや、どうしろ、と。
呆れながら、ガスコンロをつけ、キッチンへ戻る。
妹さんが立ち上がった。
「あ……て、手伝います……」
「夕飯、御馳走になる身だから、これくらいは気にしないで」
「……で、でも」
おどおど。
う~む……幸雪が誤解したのも分からなくはない。外見は、胸部装甲を除けば何となく似ているが、性格はまるで正反対だな。
四月一日にも、こういうお淑やかな面があれば。あと、妹に装甲で負けてるし。
「……篠原雪継君?」
「……何も言っておりません」
「ふっふ~ん。ほらほら~。兄さんだって私と同意見です」
無駄に勘の良い二人だ。
ニコニコ顔の静さんから、鍋用のお玉、お椀と箸、それとポン酢、醤油—―これは珍しいな。新潟産のかんずりを受け取る。
簡単に言うと、唐辛子を発酵させた調味料だ。
そして、フライパンで焼かれているこの匂いは。
「鮭ですか?」
「うふふ~♪ パパ、お友達に偶々会って、帰って来れないみたいなの~。篠原君は日本酒飲めるかしら?」
「あ、はぁ。嗜む程度ですが」
「なら、晩酌に付き合ってもらえるかしらぁ?」
「――少しだけなら」
「ありがと☆」
……まぁ、ちょっとだけなら良いだろ。
俺はテーブルへ戻り、お椀と箸を配る。
鍋はぐつぐつ。白菜と豚肉だけなのに、どうしてこんなに美味そうなのか。
「もう、出来てるから、先に食べてていい――ん? どうした??」
「……あ、あの」
「…………お兄ぃ、お椀はともかく、どうして、箸が分かったの?」
「? 何となく。間違ってたら、変えてくれ」
「「…………」」
妹さんと幸雪は無言。
対して、四月一日は「ふふ~ん♪ 美味しそう~」と勝ち誇っている。何だよ?
小首を傾げながら戻ると、静さんが焼き終えた鮭ハラスと、昼間を俺が作った出し巻き卵の残りをお皿に盛り付けていた。
脂が乗っていて、見た目と匂いだけ食欲をそそられる。うずうず。
テーブルからは「「「いただきます」」」という唱和。
日本酒—―蒼瓶の黒龍石田屋と、グラスを用意して浮き浮きな御様子の静さんにお願いしてみる。
「あの……」
「な~に?」
「――鮭ハラミのおにぎり、とか」
「採用~☆ 篠原君、天才ねっ! 食べたい人~?」
「「三個!」」「…………えと……あ、あの……」
既に鍋をむしゃむしゃと食べている、四月一日と幸雪が元気よく手を挙げた。食欲旺盛だな、おい。
そんな二人の勢いに妹さんは戸惑い気味。大人しい子のようだ。
幸雪が微笑みかける。
「しぃちゃん、お兄――こほん。兄さんのおにぎり、美味しいんです。嫌じゃなかったら、食べてみてください」
「……は、はい。えっと、じゃ、じゃあ、小さいのを一つ、で」
「了解。静さんは」
「二個☆ あ、ハラミが足らないかもしれないわね~。じゃ、焼きながら、飲んじゃいましょう♪」
「は、はぁ」
「ママ! キッチンドランカー禁止っ!! 雪継は一応、お客さんなんだから」
「一応かよ」
「さっちゃん~? お・正・月☆」
「くっ」
流石は四月一日幸の母親。
たった一言で大エース様を沈黙させるとは。
……まぁ、俺を睨んではいるけれど。
鮭ハラスを箸でほぐす。
身離れ抜群。それだけでたっぷり脂が出てくる。皮もパリパリで美味そうっ!
あ、そうだ。
「静さんと雫さんは鮭の皮、大丈夫ですか?」
「大丈夫よ~。あ、贅沢に使っていいから☆」「だ、大丈夫、です……」
「はい」
炊き立てのご飯を器に取り――少し考え、素手ではなくラップ越しに握っていく。
一個につき小さめとはいえハラミを一切れ。
なんて、贅沢。これこそ、お正月に相応しい。
どんどん握っていると、妹さんがキッチンへやって来て、戸棚を開けた。
何も言わず海苔をトースターで炙り始める。
「ありがとう」
「…………い、いえ」
俯き、視線を逸らす。
う~む……ほんと、四月一日の妹とは思えんな。
追加のハラスを焼きながら、出し巻き卵で日本酒を飲み始めている静さんは上機嫌。妹さんにも勧める。
「しぃちゃん♪ これ、篠原君が作ってくれた出汁巻き卵なの。はい、あ~ん」
「……え? あ――……美味しい」
戸惑いながら口にした妹さん素直な感想を零す。作った甲斐があったな。
俺は、妹を呼ぶ。
「幸雪、おにぎり運んでくれ」
「はーい。……ふっ」
「! ……雪継」
四月一日がお椀を置き、俺へジト目。『私には?』。残念ながら、そんなに作業はないのだ。
妹さんも促す。
「もう、終わるから、温かい内に食べて」
「は、はい……あ、ありがとうございます……」
「どういたしまして」
きっと、とてもいい子なんだろう。うちの妹は人を見る目がある。
おにぎりを結び終え、残ったハラミの欠片を行儀悪く手で口に放り込む。
うまっ!
塩気とい、脂といい、理想的だ。
是非とも、何処の製品なのかを教えてもらいたい。
唇を尖らせ四月一日がキッチン内にやって来た。
「…………」
何も言わず、もう一つグラスを出し、黒龍石田屋を注ぎ、俺のグラスにも注ぐ。
どうやら、延々料理をしているのが気に喰わないらしい。時折こうなるのだ。
グラスを掲げ、カラン、と合わせ、一口。
「ほ~美味い。普通の黒龍とはまた違うな」
「ね~。今度、買う?」
「そうだな。……いやでも、これって、確かかなりお高かったぞ」
「私、高給取りだから」
うぜぇ。
そんな俺達を静さんは穏やかに見つめ、妹さんは「…………」何とも言えない表情で幸雪の下へ戻っていく。
四月一日へ目配せ。すると、大エース様は肩を竦めた。
どうやら、あまり姉妹仲はよろしくないらしい。
……何処の家も大変だわな。
そんなことを思いながら、俺はおにぎりに温かい海苔を巻くのだった。
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