第22話 初詣。甘酒と今川焼。おみくじは凶。女難の恐れあり

「まぁまぁ。篠原君♪ お久しぶり。高校生の頃以来かしら? さっちゃんから、よく話は聞いてるの。よく来てくれたわね☆」

「お、お久ぶりです」

「! マ、ママ! へ、変なこと言わないでっ!! パパはどうしたのっ!?」


 襖越しに四月一日が焦った声を発する。

 ……が、効果無し。

 俺が作った出し巻き卵を見つけ、瞳を輝かせる。


「パパは福袋買いに行くって~。これ、もしかして篠原君が作ってくれたの? さっちゃんはこんな綺麗に作れないものね」

「す、すいません。勝手にキッチンを使わせてもらいました。えっと……まだ、卵液が残っているので……」

「一緒に焼く?」

「マ・マ!!!!! 雪継をからかわないでっ!!!!!」


 四月一日が荒ぶるも、またしても効果無し。たただた、楽しそうに笑みを見せるばかり。コートを椅子に掛け、浮き浮きした様子だ。

 エプロンを身に着け、やる気十分。


「うふふ♪ 私、息子と一緒にお料理してみたかったの! うちの子達は、さっちゃんも、しぃちゃんも、あんまり料理をしてくれないから」

「? 四月一日さんは料理をすると思いますけど?」


 しぃちゃん、というのは、四月一日の妹さんだろう。存在は知っているが、遭遇したことはない。


「雪継っ!!! ママに変な話しないでっ!!!」

「いやだって……」

「い・い・か・らっ!」

「うふふ♪ 二人は今も仲良しさんなのね~。さ、篠原君。どうぞ~。あと、私のことは静さんと呼んでね? お義母さんでもいいけど☆」

「は、はぁ」

「~~~~!」


 四月一日が更に荒ぶっている。

 ……最早、何も突っ込むまいて。

 俺は静さんの隣に立ち、残りの出し巻き卵を焼き始めた。


※※※


「……まったくもうっ! ママったら」

「……お前も大変なのな」


 四月一日家を後にした俺達は、現在、某神社へ向かっている

 都内に数ある神社の中でも、それなりに名の知れた所だ。

 電車で行く予定だったんだが、静さんが一言。『タクシーで行けば?』。

 ……正直、四月一日家、お金持ちなのだ。

 にも関わらず、娘がいきなり高卒で就職するにも、あっさり許したらしいし……これが寛容さか。

 なお、石岡さん曰く、今から行く神社は『ああ、守銭奴な』。

 う~ん……手厳しい。

 うちも社内全員で参拝に行くし、内実も知っているので、否定し難くはあるが。

 隣を歩く、着物姿の四月一日幸が、俺に指を突き付けてきた。


「雪継もっ! す~ぐ、ママと仲良しになっちゃってっ! 私が着替え終わった後も、楽しそうにお喋りしてるなんてぇ……これは許されざる大罪っ! 罰として」

「甘酒を奢ってやろう」


 神社手前の坂に差し掛かると、たくさんの出店が出ていた。商魂たくましい。

 甘酒、たこ焼き。今川焼。たこ焼き。焼きそば。フランクフルト……お祭りかな?

 ただし、午後なのでそこまで混んではいない。

 四月一日は左手を伸ばし、俺の腕を掴んだ。


「……たこ焼きも!」

「着物に油が飛ぶから、駄目」

「雪継のケチっ! 私の着物は?」

「似合ってるからこそ、駄目」

「う~……ひきょう者ぉ…………なら、今川焼!」

「まぁ、それなら……」

「やった~!」

「こらっ! はしゃぐなっ!」


 二人で言い合いながら、まずは甘酒売り場へ。

 小銭を払い、紙コップに注がれた温かい甘酒を受け取る。

 ほぼ同時に一口。


「「ふはぁ」」


 思わず声が出る。

 ほんのり甘くて温かく、酸味はやや控えめ。お米の粒もやや残っている。

 発酵って凄いよなぁ。

 上機嫌な様子の四月一日が俺の腕を引く。


「つぎ~♪ 今川焼~♪」

「お~」

 

 俺も上機嫌になり、今川焼の屋台へ。

 鯛焼きとかもそうだけど、鉄板の上で、次々と焼かれて行くのを見るだけ、何となく楽しくなってくるのは何故なのか。

 型の中に原液が注がれ、餡子、白餡、カスタードクリーム、チョコレートが注がれていく。見事な手並み。

 目を輝かせている四月一日へ聞く。


「さて、どれを頼む?」

「う~ん……雪継は?」

「俺は餡子かな」

「ん~なら――お兄さん、白餡と餡子を一つずつ、くださいな」

「あいよっ! 焼きたてがいいだろ?」


 屋台の店主が威勢よく返事をし、ニヤリ。なお、明らかに俺達よりも20は上だ。

 その場で、わざわざ焼いてくれる。数は四つだ。あれ?

 手早く焼き上げた今川焼を紙袋に入れ、渡してくれる。


「ほい、200円だ」

「えっと……数が多いんですけど」

「いいってことよ。『お兄さん』代だ。客も空いて来てたしな」

「ありがとうございます」


 俺は素直に小銭を渡し、紙袋を受け取った。

 四月一日も笑み。


「お兄さん、ありがとう♪」

「おうよ」


 店主へ会釈をし、俺達は歩みを再開。

 紙袋が何とも言えない温かさを発している。

 子供の頃、テンション上がったよなぁ。

 片手で甘酒の紙コップを持っているので、四月一日を促す。


「両手塞がってるから、先、取って食べろー」

「うん~」


 ガサゴソ。

 四月一日は今川焼を取り出し、パクリ。

 幸せそうに笑い――半分に割った。中身は普通の餡子だ。

 そして、差し出してくる。


「はい、雪継」

「おー」


 動じず咥える。

 ここで、恥ずかしがったら思う壺なのだ。

 ガツン、と甘い。けれど、偶に食べると美味いんだよなぁ。

 四月一日を見やる。頬が真っ赤だ。


「…………あぅ」

「お、おい。そこで、恥ずかしがるな! 何か俺が間違ったみたいだろっ!」

「ゆ、雪継が悪いっ! 私にもしてっ!! 早く、甘酒、飲み終えてっ!!」

「誰がやるかっ!」


※※※


 坂を登り終えるまでに、甘酒を飲み終え、二つずつ今川焼を平らげた俺達は鳥居を潜り、神社本殿へ。人は疎らだ。


「やっぱり、空いてるな」

「そだね~。来年もこの時間にしよっか?」

「俺は来年、彼女と来るがなー」

「はいはい。そうだよねー」

「くっ! や、止めろっ! そんな憐れんだ視線を向けるなっ!!」


 多少、小声で言い合いながらお賽銭箱の前へ進み、お賽銭を投げる。奮発して、今年は500円玉だ。

 二礼二拍手。心中で願い事を述べ、一礼。


「…………」


 隣の四月一日幸は、未だ手を合わせている。長いな。

 俺は脇に外れ、近くに設置されているおみくじ箱へ百円投入。

 一つ選び、そそくそと開ける。

 さて、今年の運勢は――……。


「どうだった?」

「! い、いや。普通だったが?」

「? ふ~ん。私も引こう~っと」


 四月一日はそれ以上、突っ込まず自分もおみくじを引く。「やった! 大吉だって! う~ん、今年も私の年か~☆」。……くっ!

 俺はそそくさと、おみくじを、おみくじ掛けに結ぶ。

 ――くじは『凶』だった。

 全般悪い事ばかり書かれていたが……特に恋愛運。『多難』ってなんだよ。

 上機嫌な大エース様が携帯を取り出し、俺に向きなおる。


「雪継、この後は何かあるの?」

「ん? いや、特段。でも、夕飯までには帰らないと妹が」


 拗ねそう、と言いかけた、その時だった。

 携帯が震え、メッセージ。幸雪からだ。


『今日、夕飯いりません。お友達にお呼ばれしました。お兄ぃ、帰り迎えに来てね!!』


 ほぉ。このタイミングでか……。

 四月一日が手を合わせた。何故か、嬉しそうだ。


「ママが、夕飯どうかしら~、だって☆ 寄ってけば? あ、パパも『是非』って」


 ……神様。

 やっぱり、元旦早々、少しばかり厳し過ぎなのではっ!?

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