第21話 初詣前。元旦の出し巻き卵
四月一日の最寄り駅に着いたのは、待ち合わせの30分前だった。
……楽しみで、というわけではない。
玄関でお暇するとはいえ、手土産は必要、と考えた為だ。
「美味くても……流石に、手製の肉まんとハムが手土産なのもなぁ……」
……考え直したのは正しいと思うが、もう少し早く思い至っていれば。
そんなことを思いながら、携帯を操作する。
大半のお店は休みだが、こういう時でもやっているケーキ屋や御菓子屋さんは案外と存在しているのだ。
かなり、人手の多い駅近くの商店街を検索しながら進んでいくと――あった。
白の洒落た外装で、沿線では有名なケーキ屋さんが開いているようだ。有難い。
さて、適当な物を――
「わっ!」
「おわっ!」
いきなり、肩を叩かれ、耳元で叫ばれた。
思わず、叫んでしまう。……ふ、不覚。
周囲の人達の視線に羞恥心を覚えながら振り返る。
そこにいたのは、毛糸帽子、ダウンコートを着込んだ四月一日幸だった。
「やっほ~雪継」
「……お前なぁ」
「ん~? 違うでしょう? ほら、ま・ず・は?」
「…………明けましておめでとうございます。本年は御世話しません」
「明けましておめでとうございます。勝手に入るから関係ないもーん」
「くっ!」
過去の俺よ。幾ら放っておけなかったとはいえ、やはり、合鍵はまずかったのではないか?
少なくとも、回復した後に回収すべきだったのでは!?
俺の葛藤を他所に、四月一日は小首を傾げた。
「あれ? でも、随分と早いね。待ち合わせ1時だったよね?」
「あ~……」
「ん~? ――あ! そっかぁ、そういことかぁ。ふふふ……雪継、そんなに早く私と会いたかったのぉ? もぉ~素直じゃないんだからぁ」
「いや、全然」
「はいはい。今時、ツンデレは流行らないよ?」
「…………」
駄目だ。言葉が通じねぇ。
俺は暗澹たる思いを抱きながらも、取り合えずケーキ屋の中へ。すぐさま、四月一日もついて来る。
店員さんは奥で作業中のようだ。焼き菓子を物色。
――御年賀の相場は分からんが、3000~4000円くらいで良いだろ。彼女の実家に顔出すわけじゃなし。
四月一日が、上目遣いで俺を見てきた。
「……うちへの御年賀? いらないよ??」
「そういうもんでもないだろ。すいません」
「はーい」
4000円の焼き菓子詰め合わせを手に取り、店員さんを呼ぶ。
奥から出てきた若い女性店員さんへ品物を渡し、包装をお願いする。
「御年賀用で包んでください」
「畏まりました」
「…………」
四月一日が俺を、じーっと見ている。
ショーケースの中を覗き込むと、流石に数は少ないものの、ケーキもあった。
生クリームが載っているプリン。シュークリームにショートケーキ。珍しいところでは、バスクチーズケーキまである。
俺は四月一日を見やり、聞く。
「何、食べたい?」
「え?」
「薬缶の情報分くらいは奢ってやろう」
「…………プリン」
「あいよ。すいません、プリンも四つください。そっちは包まなくていいです」
「はい」
お勘定を済ませ、焼き菓子とプリンの箱を持って店を後にする。四月一日家は四人家族なのだ。
無言の大エース様を促す。
「ほれ。案内してくれ」
「……高校時代、来たのに覚えてないの?」
「覚えてないって。あ、プリンは持てよ」
「……ん」
箱を渡すと、四月一日は空いている右手を差し出して来た。
その瞳に見えるは――不退転。
こういう目をしている時のこいつは、まず退かない。
仕方ないので、空いた片手を差し出すと、握られる。
「ほら? 人手多いし? 雪継が迷子になったら二度手間だし?」
「……何も言ってねぇ」
「む~。高校時代はこれだけで、あたふたして可愛かったのに。可愛くないっ! ――私は?」
「……自分で可愛い? って聞く女の子って、あざといと思うんです」
「か~わ~い~く~な~い!!!!!」
頬を膨らましながらも、繋いでいる手に込める力は緩まない。
……まったくこいつは。
携帯が震えているが、後で確認するとしよう。
※※※
四月一日家は最寄り駅から歩いて10分程の、閑静な住宅地の中にあった。
コンクリート打ちっ放しのモダンな建物だ。
……記憶にあるような、ないような。
門扉を開けた、四月一日が俺を見た。
「どうぞ~」
「……お、おお」
「? あれぇ? あれあれぇ?? もしかして、雪継」
「な、なんだよ」
ニヤニヤしながら、四月一日が俺へ近づいてきた。
頬を指で突かれる。
「もしかして……緊張してる?」
「うっ!」
「あ~やっぱり! ふふん~♪ そっかそっかぁ、雪継もこういうシチュエーションだと、緊張するんだねぇ★」
「うっせっ! ほ、ほら、行こうぜ」
「そだね~♪ 『娘さんを僕にください!』って言わなきゃだし?」
「……突っ込まん。突っ込まないからなっ」
普段通りのやり取りをしながら、玄関へ。
四月一日が扉を開け、俺も続く。
「お、おじゃまします」
声が上擦った。
が……反応なし。まさか。
俺は、くすくす、と笑っている四月一日幸を睨む。
「キサマ」
「残念☆ ママとパパは二人で買い物へ行っちゃった。ママはとっても、会いたがってたよ? 妹はさっき言った通り!」
「……この怨み、はらさでおくべきか……」
「はいはい。あがって」
スリッパを履き、家に上がる。
――高校時代に何度か来た記憶が朧気に蘇ってきた。
キッチンへ通され、四月一日は冷蔵庫へプリンを収納。
同時に、材料や各種調味料、菜箸、大きなボウル、銅製の卵焼き機、大皿を取り出してきた。
これは――卵焼きの材料だな。
四月一日は、楽しそうに俺へエプロンを手渡してきた。
「雪継、私、隣で着物に着替えてから、その間に出し巻き卵、作っておいて!」
「……おい、貴様。それは流石にハードルが高過ぎるだろうが?」
「だいじょーぶ! ママの許可済み!! お昼、食べてなくて、お腹空いちゃった☆ ……お正月はさ、やっぱり雪継の卵焼きが食べたいなぁ、って。ダメ?」
「…………はぁ」
一昨年の元旦。大雪でお互い実家に帰れず。冷蔵庫の中身もほぼ空。
辛うじてあった卵で、出し巻き卵を作ったことを思い出す。
……仕方ねぇなぁ。
焼き菓子をテーブルへ置き、エプロンを受け取って尋ねる。
「コートは何処へ置いておけばいい?」
「そこらへんの椅子でOK」
「あいよ。卵1パックって……複数、焼けと?」
「? 向こうに帰るまでは必要だもんっ! あ、全部、使っていいからね?」
「謎理論やめぃ。焼いとくから、とっとと着替えてこい。……着付け、30分くらいでいけるのか?」
「のーぷろぶれむ☆ それじゃね♪ ……あ、覗くなよぉ?」
「色気と胸を増していただきたく」
「きー! かわいくな~い」
四月一日は笑みを浮かべキッチンを出て行き、襖を開け、舌を出し、閉めた。
さて……。
「まぁ、作るか。……謎な状態だが」
四月一日のお母さんを思い出す。とても、大らかな人だった。
……怒られはしなさそうだ。
ボウルへ卵をまずは四つ割り、菜箸で解いていく。白身を解きほぐすイメージ。空気を入れるのは厳禁。
そこへ、白出汁。ザラメ。薄口醤油。塩を一つまみ。
再び、解きほぐす。
卵焼き機を弱火にかけ、油を引く。
が……まだ焼かない。
脱脂綿を使い、油を拭き、馴染ませる。
さてと、
「焼くかなー」
火はあくまでも弱火。ザラメを使っているので、火が強いとあっという間に焦げてしまうのだ。
卵液四分の一を注ぎ、広げる。
固まったら手前に寄せ、余っている卵液を全体に。
半熟くらいで、手前に巻く。
開いているスペースへ脱脂綿で油を引き、卵焼きを動かしてそこにも油を引き直す。
後はこれの繰り返し。
残った卵液の半分を卵焼き機へ。
卵焼きを少し持ち上げ、そこにも行き渡るように。
半熟段階で、手前に巻き巻き。
残り半分も同じ作業をして――皿へ取り出す。
焦げ無し。綺麗な黄色。
断面は……包丁で一切れ切って確認。完璧!
味も――……うん。悪くないんじゃ? 我ながら美味いな。
襖越しに声。
「雪継~どんな感じ~」
「一本目、終わったぞ。美味い」
「わーい。楽し、きゃっ!」
「!」
四月一日の悲鳴が聞こえてきた。
火を止め、近づいて尋ねる。
「大丈夫か?」
「あ、う、うん。大丈夫。転んだだけ……えへへ。雪継、優しいね」
「……うっせぇ。早くしろよ」
内心安堵。四月一日幸は、案外と抜けているところもある。
一先ず、二本目も――「ただいま~」。
玄関から女性の声がした。おんや?
ガチャリ、という音と共に扉が開き、
「さっちゃん、篠原君、来て――あらあらぁ♪」
「お、お邪魔してます」
四月一日母が帰って来た。俺は慌てて頭を下げる。
高校時代の記憶と容姿に変化無し。時が止まって?
にしても……神様、元旦早々、俺に厳し過ぎなのではっ!
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