第12話 仕事納め! 今年も一年、お疲れ様でした。出前の寿司とデパ地下の唐揚げ 上

「…………篠原、クリスマスはどうだった? 俺か? 俺はな……hehehe

。聞いてくれよぉ。クリスマス福袋買ったんだよ、トレーディングカードの! あん? 金額?? そりゃ、お前、年に一度なんだぜ? 気張るだろうが! 5000円を10個、買ってやったわっ!」


 クリスマス明けの月曜。

 同時に――会社の最終日でもある。

 みんな、何処かソワソワしている中、目の前の石岡さんが大掃除をしながら、話しかけてきた。

 俺も机周りを掃除しながら、尋ねる。


「そいつは豪気です。結果はどうだってんですか?」

「ごふっ!」

「! い、石岡さん!?」


 突然、歴戦の総部部主任が机に突っ伏す。

 結果は聞いちゃならかったらしい。南無。

 時計を、ちらりと確認。

 石岡さんへ話しかける。


「そろそろ、デパ地下で総菜買って来ます。寿司は15時半に届くので」

「お~。東京支店に顔出してけ。暇人を一人出してくれるらしい~」

「了解です」


 返事をしてコートを羽織り、階段へ。

 ――うちの会社は年の最終日夕方16時から、簡単な忘年会を行う。

 総務部最後の仕事は、その打ち上げ準備なのだ。

 なお、新年会は中々行けない高級なお店で行うのだが……この理由は不明。ゲン担ぎなのかもしれない。

 東京支店に降り立ち、中央の支店長席へ。


「支店長」

「ん? ――何だ、篠原か。どうした? 東京支店に来たくなったか? いいぞ。四月一日大明神の下とか!」

「ははは、考えときます」

「……ふ~ん、考えるんだぁ」

「!」


 いきなり、後方から妖しい声がした。

 振り返ると、四月一日がニヤニヤ。くっ!

 社内なので敬語で話してくる。


「篠原君、いい心がけ! 私は何時でも歓迎するわよ? まずは、私の鞄持ちからねっ!」

「パワハラはちょっと……」

「可愛くない! 新人の頃は『四月一日先輩……』っていう感じだったのに」

「あ~はいはい。支店長、買い出しに行くんですけど、人を貸してくださるとか?」

「こらー。無視はよくないわよー」

「ん? ああ、そうだったな。――本間」 

「! は、はい」


 支店長が左列にいた眼鏡の女性営業さんを呼んだ。

 ベージュ色のカーディガンを着た本間さんが近づいてきて、俺の隣へ。


「今朝、話をしたように、篠原が買い出しに行くんだそうだ。手伝ってやってくれ」 

「は、はい。分かりました」

「はいはいー! 支店長、私も」

「お嬢は駄目!」「お客さんからの電話多いし」「直接来る人もたくさんいるし」

「ぐぐぐ……」


 次々と、営業さんや事務の人が四月一日に駄目出しをする。

 流石は大エース様。年末もお忙しいのな。

 俺は、支店長と本間さんへ挨拶。


「少しお借りします。本間さん、よろしくお願いします。俺だけだと、料理が偏るんで、頼りにしています」

「篠原、美味い物な」「はい、よろしくお願いします」「…………」


 四月一日が睨んでいるのは、見なかったことにする!


※※※


 年末のデパ地下は酷く混んでいた。

 同時に、少しばかり楽しい。

 ああ、今年も年末なんだな、と。

 俺は隣の先輩へ話しかける。


「本間さんは何が食べたいですか? 寿司は別で頼んでいるので、それ以外で」

「え? す、好きな物を買ってしまっていいんですか?」


 眼鏡の先の瞳が動揺する。ああ、この人、凄く真面目なんだな。

 俺はくすり、と笑い、大袈裟に頷く。


「勿論です。この際なので、好きに選びましょう。因みに僕は――美味しい唐揚げを買います」


 本間さんは目を丸くし、くすり、と笑った。

 年齢よりも随分と幼く見える。


「篠原さんが――支店長や各支店の人達からも信頼されてるのがちょっとだけ分かった気がします」

「……信頼、されてるんですかね? こき使われてはいますけど」

「東京支店に来られますか? その時は私の下でもいいですよ♪」

「はい、その際は是非」

「あ~言いましたねぇ? 言質—―取りましたから。それじゃ、行きましょうか」



 本間さんとデパ地下を巡る。

 物色しつつ、お互いのことを少し話す。


「へぇ、食べ歩きとかされるんですね。てっきり」

「……何ですか? 私が土日、引き籠っているだけだと?」

「いえいえ。まさかまさか。あ、お勧めの美味しいお店、教えてください」

「――いいですよ」

「やった」

「こ、この前の傘の御礼もしたいので、今度のお昼とか……」

「あ、ごめんなさい。ちょっと、電話みたいです」


 眼鏡の先輩が話し終える前に、携帯が震えた。石岡さんかな?

 確認せず、出る。低い声。

 四月一日幸だ


『…………帰って来るの遅くない?』

「! うわっ」


 怖っ!

 思わず、着信を着り、サイレントに。

 本間さんが、小首を傾げた。


「? どうしたんですか??」

「い、いえ……間違い電話でした! 最後に唐揚げ買いましょうか」

「あ、はーい。篠原君、後でお店の情報、メールしておきますね」

「お願いします」


 ――その後、揚げたて唐揚げを大量に買い込み、デパートの外へ。

 すると、


「おや?」「雪ですね」


 先程は晴れていたのに、小雪が舞っていた。

 横から男物の傘が差しだされる。


「はい、どうぞ。御返しします」

「ありがとうございます。――……本間さん、もしかして、今日、買い出しに付き合ってくれたのって」 


 眼鏡の先輩が恥じらう。

 俯き早口。 


「…………だって、総務部へ行くのも何だか恥ずかしいじゃないですか」 

「そうですか?」

「そうです」

「よく分からないですけど、帰りましょうか。はい、どうぞ」

「!? …………し、篠原君? そ、その傘の意味は??」


 本間さんは俺が仕草で『傘に入ってください』とすると、激しく動揺した。 

 不思議なことを……。


「いや、だって、濡れたら風邪ひきますし、何より――料理が濡れます」

「あ、な、なるほど……た、確かにそうですね。そ、それじゃ、失礼します……」


 そう言うと、緊張した面持ちで本間さんは傘の中へ入り――おんや?

 前方から、猛然と見知った女がやって来る。手にはビニール傘が二本。

 ……あいつ、何をしていやがるんだ? 

 本間さんが名前を零した。

 

「四月一日さん……?」

「みたいですねぇ。何処か、営業先に行くんですかね?」


 一応、手を振ってみる。

 すると、直進。俺達の傍までやって来るや否や、傘を差しだして来た。


「はい! 篠原君、電話出ないからっ! ……からっ!!!!! 本間さんも、どうぞ」

「はぁ」「あ、ありがとうございます」


 四月一日は俺を、ギロリ、と睨みつけ、次いで本間さんへジト目。おい、先輩を虐めるな。……どうやら、この為だけに抜け出して来たらしい。

 携帯を確認。……着信の数、怖い。

 あと、妹からもメッセージあり。『お兄ぃ……何かちょっと、甘酸っぱい妖気を感じたんだけど?』。俺の妹は何処へ行こうとしているのか。

 ビニール傘を開き、二人を促す。


「取りあえず、戻りましょう。寿司も来るころでしょうし」

「……そうですね」「は、はい」

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