第2話 本日、営業会議。仲直りのナポリタン、喫茶店風 下
四月一日が持ち来んだ猫の肉球トングを使い、皿にナポリタンを盛り付ける。
そのままではなく、ぐるり、とするのがコツ。
こうすると、冷めにくくなるそうだ。
「えーっと……後は……」
冷蔵庫からパルメザンチーズを取り出し、まず、自分の分に振りかける。
あいつの分は、俺のよりも気持ち多めに。
サラダも用意し、テーブルへ。
お酒は……明日も、仕事だしなぁ。烏龍茶で――視線を感じた。
「…………じー」
見やると、黒猫が描かれているフード付きトレーナーに着替え、髪もまとめてすっかりおうちモードな四月一日幸が俺に何かを訴えている。
……こいつ、俺に許可なくまた新しい私服を持ち込みやがったな。
肩を竦め、小型ワインセラーへ。
開けてある白ワインの瓶を取り出し振り返り、一言。
「一杯だけだぞ?」
「うん! えへへ♪ ――……はっ! こ、こんなことで、私が絆されると思ったら大間違いなんだからねっ!! 私、そんなに安い女じゃないんだからっ!!」
「へーへー。ほら、冷めるぞー。――温かい物は?」
「温かい内に食べるべき!」
「正解」
今日も今日とて、ころころと表情を変える奴だ。
ワイングラスを二つ取り出し、向かい合って着席。
グラスへワインを注ぎ、
「まーお疲れ」
「お疲れ様~」
カラン、と硝子の奏でる良い音。一口。
一本、1000円もしない安いワインだけれど、十分なんだよなぁ。
お互い、手を合わせ「「いただきます!」」。早速、ナポリタンを食べ始める。
「お……やっぱり、太い方が美味いな」
「だね~。喫茶店の味で美味しい♪ チーズの量も完璧☆ 一分くらい、茹で時間を増やすんだっけ?」
「うむ。もっと本格的にやるなら、茹でて氷水で締めるんだが……寒いしな」
「私は十分で~す。余は満足じゃ~。……ただし、本間さんに優しくして、私に厳しいのを許してはいないけど。けどっ!! 何よ? 大人しくて、眼鏡な年上で、大きい子が好みなわけ!? あ……そう言えば、高校時代も二年上の先輩に告白して玉砕してたっ! 疑惑は更にその闇を濃く……」
「ええいっ! お前は、何をそんなに気にしているんだっ!」
ぎゃーぎゃー、言い合いながら、せっせと食べる。まぁ……何時ものことだ。
サラダのトマトを口に放り込み、一応弁明しておく。
「資金繰り担当としてはな、ああいう場で優しくなんか出来ないんだって。お前、売上も大きいから目立つんだよ。大エース様の実績にケチなんかつけたくないわ、こっちだって」
「分かってるけど…………言い方が私の時だけ、本当に厳しいのっ! 雪継、忘れたの? 私、一応、先輩なんだよ? 先輩は?」
「敬いたい。たいが……」
「そ・こ・で、言い淀むなぁぁぁぁ」
四月一日もまたトマトをフォークで突き刺し、ぶーたれる。口元にケチャップ。高校時代、ファミレスで食っちゃべっていた頃を思い出す。
グラスを掲げワインを飲み、頬杖。こいつ、本当に変わらねぇなぁ。
テーブルに置いてあるティッシュを数枚取り、口元を拭ってやる。
「むぐ」
「汚れてた。一応、お前も嫁入り前の23歳なんだからな? ……色気は本間さんの1/3くらいだが」
「なっ!? そ、そんなことないしっ! 篠原雪継君には私の色気が分からないわけっ!?!! というか……1/3!? そこは最低でも1/2でしょう!! 撤回をっ、強くっ、要求っ、しますっ!!!」
四月一日が座りながら、じたばた。子供か。
俺は立ち上がり、食べ終えた皿をシンクへ。
なお、うちに食洗器なんて文明の利器はない。
この前、四月一日がカタログを持ち込み熱心に読み込んでいたが……うちに置く気なんじゃ。いや、まさかな。
皿やフォークの汚れを紙布巾で取って水につけ、尋ねる。
「珈琲淹れるけど、飲むか?」
「…………のむ」
拗ねた声。分かり易いことで。
棚から珈琲豆を取り出し、珈琲メーカーを起動。エスプレッソを選び、スタート。これは買って大正解だった。
出来る間に洗い物をしていると、大えーす様がやって来た。並んで洗い物をする。
四月一日が俺を見た後、唐突に聞いてきた。
「ねーねー、雪継、身長幾つだっけ?」
「あん? 174だが?」
「ふむ……因みに本間さんは155㎝。私は162㎝。ふっふっふっ……この勝負、私の勝ち! 今月のボーナスで食洗器、買おうねっ!」
「??? ……意味は分からんが、お前の家に導入する分には好きにしろよ」
突然、勝ち誇る元同級生に俺は戸惑うも……まぁ、四月一日だしなぁ。
皿やフォークを布巾で拭いていると丁度、珈琲が完成した。さてと。
白猫の珈琲カップを取り出し、まず自分の分のエスプレッソを淹れる。珈琲のいい香りが鼻孔をくすぐった。
自分の皿を洗い終えた四月一日が隣へ。
「私にも淹れてよ」
「あ~……お前のはこうするわ」
「?」
きょとん、とする四月一日幸。小動物みてぇ。
冷凍庫から以前買って、一つだけ残っていたバニラアイスを取り出し、耐熱ガラスグラスの中へ。そこへエスプレッソを注ぎ入れる。
近寄って来て覗き込んだ、四月一日の大きな瞳が輝く。
「わぁぁ、アフォガード! いいの? いいの? でも、何で??」
「ぐっ……」
何故か、こういう時だけ、察しの悪い奴めっ! 鈍感はこっちの台詞だ。
俺は観念し肩を竦め、頬を掻いた。
「――……あ~まぁ、そのなんだ……た、多少、厳しく言い過ぎたかも?」
「――……ふぅ~ん♪」
四月一日幸がニヤニヤ。ニヤニヤ。ニヤニヤ。
うぐぐぐ……。
大えーす様は片目を瞑った。
「もぉ~しっかたないなぁ☆ 私は寛大だから、ゆ・る・し・て、あげる♪ 次は折檻だけど! ねね、半分こしよ!」
「折檻って、何だよ……ったく」
――アフォガードは美味だった。
ナポリタンの後は、珈琲とバニラアイスがとてもよく合うのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます