第20話 明けまして。元旦お昼。初詣前の中華粥

 元旦。篠原家の朝はやや遅い。

 何しろ、昨晩の就寝時間は夜中の3時過ぎなのだから、当然と言えば当然か。

 それでも――8時半には皆起きてきて、掘りごたつのある和室で新年の挨拶をし、お屠蘇を飲み、お雑煮、おせちを食べ、駅伝をラジオ代わりに聞きながら、お喋りをする。

 内容は他愛がない日常の話。

 幸雪は二学期の中間、期末試験、なんと連続学年首席だったそうだ。

 ……本当に俺の妹なんだろうか。相当な進学校なんだがなぁ。

 なお、俺の高校時代の成績は学年250人中125位。

 これを一度以外、三年間続けた。

 勉強は一夜漬けだったし、こんなもんである。数学に至っては赤点常連だった。

 ……そんな俺が、会社の資金繰りをし、損益をまとめ、決算までこなすのだから、人生は分からない。

 会話の合間合間で、母さんが『――で? 雪継に彼女は出来たのかしらん??』と、都度聞いて来るのだが、その度、幸雪がいきり立つ。

 う~む、遊ばれてるな。

 まったりと話し続け――いよいよ、昨晩の死闘の結果のお年玉贈呈。

 普通、成人したら貰うもんでもないと思うのだが……母さん曰く『親は子を甘やかしたいの! これでも、儲けてるしっ☆』で、拒まれた経緯があり、有難く頂戴している。出張先から美味い物を都度、贈ってはいるので、代金を前払いしてもらっていると思えば。

 母さんが名前を呼んだ。


「まず――第四位! 篠原幸雪さ~ん。倍率は1倍です★」

「…………うぅぅ。お父さんなんか、嫌いっ!」

「ぐぅっ!」


 妹はお年玉を受け取りつつ、怨嗟の言葉を吐き出す。

 親父に大ダメージ! テーブルへ突っ伏す。

 これもまた、正月の風物詩である。


「第二位! 篠原雪継く~ん。倍率は2倍です!」

「ありがたや――母さん?」

「あ~母さん、そ~ろ、そろ、お兄ちゃんの彼女さんが見て見たいなー。なー」

「うぐっ!」


 俺は胸を押さえる。

 か、彼女がいない野郎に特効過ぎるっ!

 すると、幸雪が椅子を寄せてきた。


「大丈夫だよ、お兄ぃ! 彼女なんか出来なくたって、私がいるしっ! 大学生になったら、お兄ぃの家から通いたいな……ダメ?」

「……幸雪」

「駄目だっ! 認められんっ!! 少なくとも大学卒業まではうちから通わせるっ!!」

 

 復活した親父が、越後『景虎』となみなみと杯に注ぎ、飲み干し咆哮。

 ……この人、幸雪を溺愛しているんだよなぁ。

 が、当の娘は冷たく一蹴。


「……お父さんには聞いてない。お兄ぃに聞いてるのっ!」

「がはっ!」

「あらあら。幸雪ちゃんは、本当にお兄ちゃんのことが大好きなのねぇ。私も日本酒飲もうかしら♪」


 再び会話が再開。

 う~ん……正月だわなぁ。


※※※


 そんなこんなで、二時間と少し。

 俺はエプロンを身に着け、お昼ご飯の下準備を開始していた。

 後方からは笑い声。

 母さんと親父は大分酔っているようだ。昼はそこまで食べないだろう。

 食べるのは、俺と――尋ねる。


「幸雪~お昼作るけど、食べるか? 中華粥」

「うん~お兄ぃ、午後は私と初詣に――」


 携帯の鳴る音。妹が誰かと話している。「え? 今日?? ……いや、別に何もないけど。でも」。学校の友達かな?

 俺も携帯を取り出し、四月一日へメッセージ。


『午後1時。そっちの最寄駅着予定』

『はーい』


 すぐさま書き込まれる。

 昨晩、寝る前に少し通話し、結局午後スタートとしたのだ。元旦は家族と過ごした方が良いだろうし、お互い早起きしなくても良い。

 携帯を仕舞い、調理に取り掛かる。

 まず、生姜をみじん切り。

 鶏もも肉を取り出し、皮を剥ぎ、サイコロ状に。適当に塩胡椒。

 お茶碗に水を入れ、一膳分につき三杯、合計六杯を鍋の中へ。

 火を点け、そこへ先程刻んだ生姜。中華調味料。味噌を投入。かき混ぜながら溶かしていく、目安は半透明くらい。

 ここで、味噌を入れ過ぎると単なる味噌汁となる。

 和室からは、母さんと親父の笑い声。

 幸雪が顔を覗かせた。


「……お兄ぃ」

「んー? どうした??」

「……明日もいる?」

「そのつもりだが」

「……あのね……今日ね、が、学校の友達が初詣へ行かない? って……断れなくて……あのその……」


 妹はもじもじ。こう見えて、人見知りなのだ。

 お湯が沸騰してきたので、鶏もも肉をどばっと入れる。

 蓋をして弱火。タイマーを20分セット。

 後片付けをしながら、答える。


「行ってこいよ。俺と行くのは明日でもいいだろ?」

「一緒に行ってくれるの!?」

「おお。ああ、でも午前中なー。午後はちょっと予定ありだ」


 後で四月一日の奴に忘れず、『明日も午後からな』と言っておかねば。

 幸雪はその場でぴょんぴょん。


「やったぁ。お兄ぃ、大好き♪ ――あれ? でも、明日は何処へ行くの??」

「――薬缶を見にな」

「薬缶?」

「そう、薬缶だ」

「福袋じゃなく?」

「福袋争奪戦に挑むなら、午前中から行動するだろ?」

「確かに……えへへ。私、てっきり四月一日泥棒猫さんとデートなのかなって。ごめんね、お兄ぃ、疑って」

「気にすんなー」


 ――俺の妹がやたらと鋭いんだが。

 使った包丁やまな板を洗い終え、手を洗う。

 タイマーを持ち、俺も炬燵へ。

 この後はご飯を二膳入れ、更に10分。

 ご飯が開いたら、溶き卵を流し入れ。ネギ、胡麻を散らし――最後にごま油を数滴垂らしたら完成! 

 簡単だが、とにかく美味い。優しい味だ。

 妹を促す。


「出来るまで後少しかかるぞー。炬燵に入ってろ」

「うん!」


 二人で和室へと戻ると、親父はうたた寝を始めていた。

 対して、母さんはおせちの残りで日本酒を手酌で飲みながら、ニコニコ。


「雪継、幸雪ちゃんにお昼ご飯、作ってあげてるの~? 相変わらず、妹思いね~」

「簡単だし。あ、母さんも食べる?」

「少しだけいただこうかしら♪ 幸雪ちゃん、何時に待ち合わせなの~?」

「12時半。でも、夕飯までには戻ってくるからね、お兄ぃ! あと……女の子しかいないからねっ!」

「おお。ま、楽しんでこい」


 俺はそう言って、炬燵の上の蜜柑に手を伸ばし、携帯を見やる。

 メッセージあり。


『ふっふっふっ……精々、私の着物姿を見て、惚れ直しなさいっ! あ、妹、出かけました。友達と初詣だって。13時まで、あとー2じかーん!』


 うぜぇ。でも、心が若干軽くなる。

 四月一日の御両親とは、高校時代に何度か挨拶をしたことがあるものの、妹さんと遭遇したことはなかった。

 ……ちょっと見て見たくはあったが

 そんなことを思っていると、幸雪が俺へジト目。


「…………お兄ぃ、携帯見せて! 妖気、妖気を感じるんだけどっ!? はっ! 、も、もしかして、午後からあの人と!?!!」

「何でもない、何でもないぞー。あー中華粥、楽しみだわ―」

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