第19話 大晦日。明けましておめでとうと手製肉まん
「いやぁぁぁぁぁぁ!!!!!! お兄ぃ、助けてぇぇぇぇ!!!!!」
「くっ……幸雪。すまない……俺は無力だ……」
「フッハッハッハッハ!!!!! 幸雪ぃ、さらばぁぁぁぁ!!!!! 大丈夫、北海道は良いところだぞっ!」
年越し蕎麦を食べ終えたリビングに、親父の愉悦混じりの声が響き渡る。
ボタンが操作され、カードの効果でテレビ上の幸雪のキャラが沖縄手前から、北海道—―しかも、稚内へ飛ばされ、すやすや。数ヶ月、行動不能に。
妹は絶望に身体を震わしている。こ、このままでは。
――大晦日。篠原家では恒例の『お年玉争奪ゲーム!』が行われていた。
今年は日本全国を回って物件を買っていく、双六ゲーム。
順位によってお年玉の額が決定。1位、2位なら増額となる。
だが……
「もーお父さんったら、容赦ないんだからぁ。――あ、着いちゃった☆」
母さん――篠原雪子のキャラが沖縄に到着。お金が入ると共に、次の目的地がルーレットで決定。
「うわ」
「何でっ! 何でっ!? これ、酷くないっ!? 酷いよねっ!? 虐めカッコ悪いよっ!!!!」
俺は呻き、幸雪がソファーの上で半狂乱する
――目的地は鹿児島。
そして、幸雪のキャラに貧乏神が張り付く。
……な~んか、そろそろ、進化しそうなんだよなぁ。もう来年でゲームは終わってしまうのに。
母さんが両手を合わせ、悪い笑みを浮かべた。
「幸雪ちゃん♪ 運がなかったわね~。でもぉ、これ、勝負だし?」
「うぅぅぅぅ…………お兄ぃ……」
妹はクッションを抱きしめ、半泣き。
……いかん。いかんぞ、これは。
親父が眼鏡を光らす。
「さて……後は雪継だけ。息子は決して父に勝てぬということを教えてやろうっ!」
「……いや、最下位は親父じゃ?」
現在の順位!
一位:篠原母。もう、ぶっちぎり。パーティゲーム、相変わらず強過ぎる。
二位:俺。篠原雪継。まぁ、順当だろう。
三位:篠原幸雪。ここまでは、持ち金がプラス。
四位:篠原父。借金100億超え。……五年勝負で、この金額。ある意味、すげぇ。いやまぁ、借金チャラのカード、一切使おうとすらしてなかったしな。
親父と母さんの瞳が妖しく光る。
「兄として、妹よりも下にいった方が居心地がいいだろう? 麗しき、兄妹愛を父に見せてくれぃ」
「そ・れ・と・もぉ……雪継にはぁ、幸雪よりもぉ、大事な人が出来たのかしらぁ?」
「! お兄ぃ!!!!!」
「……幸雪、落ち着け。これは敵の罠だ。術中に嵌るな。冬眠から覚めれば、まだ勝ち目は残っている。一位は無理でも、二位、三位を死守するんだ。そうすれば――」
「果たして」「そう上手くいくかしらん? さ、幸雪ちゃんの番よ?」
「…………どうせ、寝てるだけ――……あ」
画面上の貧乏神が硬直し、姿を変えようとしている。うわぁ。
赤ん坊かキングか……ここが、運命の分かれ道!
「大丈夫、大丈夫……」
妹は本気で神へ祈りを捧げている。
……うん、既視感。大貧民勝負だった時に見たわ。
エース三枚出しが通れば1位確定の場面。親父は我が身を犠牲に、2の三枚出しで容赦なく潰しにかかったっけなぁ。
俺がこの後の展開を何となく察していると、画面上では、貧乏神が赤ん坊に。
「やったっ! これなら――……何でっ! 何でっ!! 何でっ!?!!」
「…………幸雪、強く、強く生きるんだぞ」
そして、もう一度変化し、キングへ。
しかも、いきなりこのターンからサイコロを振り、幸雪のキャラは多額の現金を奪われ、マイナスに転落。物件が次々と売られていく。
妹は声も出ず、放心。うわ、泣きそうだ。
親父と母さんは「「いぇ~い☆」」とハイタッチしている。鬼か。
俺は、屈辱に身を震わす妹の肩に手をやる。
「……大丈夫だ。幸雪。勝負は後三ヶ月。最下位にならなけれないい。そうだろ?」
「……お、お兄ぃ……う、うん。そうだよね。お父さん、借金たくさんあるし、大丈だよね」
ふと、脳内に四月一日の声が響いた。
『それ……フラグじゃない?』
言うなっ!
――なお、この後の結果はお察しである。
※※※
「…………お父さん、嫌い。近寄らないで…………」
「ぐっ! こ、心が……で、でも、これも勝負……」
ソファーでは、最終局面で借金チャラカード使用→最終決算翌月で目的地到着を成し遂げることで幸雪を捲り、三位となった親父が、壮絶に拗ねている幸雪の御機嫌を取ろうと奮闘中。
そして、そんな二人を母さんはぽわぽわした様子で眺めている。
うちの、大晦日あるあるだ。
テレビは行く年、来る年を放送中。……今年も終わるわなぁ。
しみじみと思いつつ、蒸し器へ肉まんを四つ並べていく。白熱し過ぎて小腹がすいたのだ。
なお、この肉まん……信じ難いことに、皮も餡も親父の手製である。
曰く『皮はほぼパンと同じ。もちもちにするのには苦労した。参考になったのは、あの有名中華屋のラーパオだな。辛いやつ。大分、近づいたと思う』。
……もう、大概のお店のそれは超えている。流石に、オリジナルにはまだ届いていないが、十分だ。
中身の餡は依然として試行錯誤中。
豚ひき肉、筍の水煮、しょうが、ニンニク、ラードまでは合っていると思う。
そこに、オイスターソースとラー油。おそらくは、お店の物は市販のラー油じゃないのだろうけど……。
「なんか、一味足りないんだよなぁ……魚醤系……それとも、中華系の出汁かな?」
呟きながら、タイマーをセット。蓋を閉める。
さて、お茶でも――携帯が震えた。
時刻は、11時59分。
俺は廊下へ移動し、出る。
「ほい」
『やほ~やほ~やっほぉぉ~。何時も可愛くて、綺麗で、仕事がすっごく出来る、わたぬき、さちです~☆ ゆきつぐ~♪』
……はい、酔っぱらいです。
後方からは、喧騒の音。
四月一日家も家族で年越しを迎えているのだろう。
「おい、酔っ払い。水飲んで、早めに寝ろ。……明日、初詣に行くんだろうが?」
『うん~♪ きもの、着るの~。ちゃんと、ほめてね~? 高校生の時みたいに』
「へーへー」
昔を思い出し、感傷を覚える。。
当時から四月一日幸は、学内でも有名な美人だった。加えて、華奢なので着物が似合うのは間違いなく、正月は着ていたようだ。
――なお、高校の時に見せる対象だったのは、俺ではなく彼氏。
にも関わらず、高三の正月、都内の某神社で偶々遭遇した際、俺が言った『似合っている』を未だに覚えていやがるのだ。
まさか、あの後、就職するとは思っていなかったわな。しかも、営業職で。
『む! こころがこもってな~い。わたしには別にいいけどぉ、そんなんじゃ、何時まで経っても彼女――……あ、0時になったっ!』
「お?」
携帯を離し、確認。
時刻は0時。新しい年となった。
テレビ通話は――止めとくか。向こうの家族がいるし。
そう思い、通話に戻ろうとすると、画面が切り替わった。どうやら、玄関だ。
頬を赤らめ、トレーナーとスウェット姿の四月一日幸が、頭を下げた。
『あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします』
「あけましておめでとうございます。……取り合えず、お前はうちに入り浸るな!」
『え? 無理だけど? 篠原雪継君は、私を肥えさせましたっ! 具体的には、5.3㎏もっ!! その責任があるとおもいまーす。あ、2日見る物決めたよ! 薬缶! 南部鉄器のっ! 後で場所、送っておくね!!』
楽しそうにコロコロ笑う四月一日。
再会した当時の、仕事に追われまくり殺伐としていた感は影も形もない。
……まぁ、無理矢理、飯を食わせた甲斐はあったかな。
思わず、口元が緩む。
『? ちょっとぉ、雪継、聞いて――』
『さっちゃん? 誰かと電話――あ、もしかしてっ!』
『まずっ。明日ねっ!! 寝坊しないでねっ!!』
女性の声がし、唐突に通話が終わった。
新年早々、騒がしい奴め。
俺は携帯を仕舞い、リビングに戻りつつ、考えた。
――手土産は、親父の肉まんとハムで良いかもな。
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