第1話 本日、営業会議。仲直りのナポリタン、喫茶店風 上

 師走に入り、水曜日。本日は営業会議がある。

 社長、支店長及び偉い人達。東京支店の営業。それに俺達、総務部も参加する。

 東京支店各営業の報告が終わった後は、各店損益をざっくり報告しないといけないのだ。……何故か、俺が。石岡さんに押し付けられた、ともいう。

 プロジェクターで壁に投映した、損益図をレーザーポインタ―で示す。


「――各店損益は以上となります。全店舗黒字を引き続き確保しました。累計損益は、11月までで前年比25%増となっています」

「篠原君、札幌支店の損益増の要因は分かるかな? 東京支店は分かる。四月一日さんの貢献が大きい」


 社長が図を見ながら質問してくる。

 先輩の石岡さん曰く『社長は恐ろしく切れ者だ。伊達に二十代で会社を引き継いで以来、二十数年、ずっと黒字経営しているわけじゃねぇ』。怖い怖い。

 若干、緊張しながら返答。


「支店の各営業担当の方々及び、支店長にヒアリングしたところ、今年度積極的に推し進めている新規取引先開拓の成果が出てきたのと、クリスマス用の高級品需要を掴んだことの相乗効果のようです」

「来月の予想はどうかな?」

「引き続き堅調と見ます。資料の数字も石橋を叩いています」

「……ふむ。ありがとう」


 社長は満足そうに頷いた。

 内心で、ホッ。

 ――半瞬、四月一日と視線が交錯。

 ニヤっ、とされる。おのれ。

 余裕を見せていられるのも、今の内だぞ!

 俺は図を変更。

 投影されたのは『未請求残高』。

 会社の資金繰りを担当している俺にとっては、ぶっちゃけ、こっちが本題である。図を見た途端、四月一日を含め数名の営業さんが視線を逸らした。いや、逃がさんが?

 まず、四月一日の隣に座っている、やや気弱そうで眼鏡をかけ、胸の大きな営業の女性へ質問する。年齢は俺達より少し上で、二十五歳だった筈だ。


「本間さん、まだ50万円程、請求書が出ていないようです。何時、出せますか?」

「す、すいません……すぐ、持っていきます」

「よろしくお願いします。次に――」


 俺は、せっせと督促していく。

 ――どうして、こんなことをするのか?

 これは単純な話で、どんなに売上を数字上あげても、請求書を出さなくては会社の口座にお金は入ってこないからだ。

 そして……原則、数十万円以上ともなれば、現金支払いではなく掛け売りになる。手形というやつだ。

 結果、全額資金化するには数ヶ月の時間差が発生する。

 故に、会社全体の資金繰りを見ている俺からすると、請求書遅延は大問題なのだ。……いやまぁ、営業さんが大変なのは分かっているのだけれども。

 最大の未請求者様は先程来、会議資料にメモ書きをし目を伏せている。

 それなりに付き合いは長いから分かる。あいつ、動揺していやがるな。


「最後に――四月一日さん。数千万円の未請求があります。何時出せますでしょうか?」

「……今月中には。先月指摘分は対応しました」

「確認しています。有難うございました。ただ、同じ言葉を先月も仰っていました。本当に、お願いします。額が額なので……資金繰りに与える影響が大きいんです」

「…………分かっています。すいませんでした」


 四月一日の固く低い声に、室内にやや緊張感が走った。

 基本的に、こいつは快活でムードメーカーでもあるからだ。

 近くの椅子に座る、石岡さんが目で訴えて来る。


「(……篠原、言い過ぎじゃねぇか?)」


 心配性だなぁ。俺の先輩はいい人なのだ。

 ぐるり、と見渡す。社長と東京支店長は楽し気。やっぱり、偉い人達は怖い。

 頭を下げ、毎月の言葉を繰り返す。


「どんなに売上があがっても、口座にお金が入ってこないと意味がありません。最後の請求、入金確認まで、気を抜かないようどうかよろしくお願いいたします」


※※※


 会議が終わり、そのまま退社。

 普段なら、だいたい携帯に四月一日の奴から連絡が来るのだが、本日は無し。飲みにでも行ったんだろう。

 帰宅し、一息を入れると、時刻は19時になっていた。


「手早く作れて、美味い物は……」


 冷蔵庫を確認。

 玉ねぎ、ピーマン、ソーセージ。それとトマトケチャップ。


 ――結論。本日の晩御飯はナポリタンとする!


 白猫のエプロンを身に着け、鍋に水を張って火にかける。

 棚からスパゲッティを取り出す。ナポリタンなので、太目だ。

 どれくらい、茹でようか――ガチャン、と言う音がし、玄関の鍵が開いた。

 洗面台で手を洗う音がし、


「………………」


 頬を思いっきり膨らました四月一日幸がやって来た。

 見るからに不機嫌な様子だ。

 俺の顔を睨み、ポツリ。


「……ただいま」

「お、おかえり」

「…………」


 いや、お前の部屋は隣だろうが! とも突っ込めない雰囲気だ。

 四月一日はそのままソファーへ座り、クッションを抱きしめた。低い声。


「…………今晩は何?」

「ナ、ナポリタンの予定だが?」

「…………私の分も作って」

「お、おお……そのつもりだが……」

「…………」


 要求だけをし、四月一日は無言でそのまま寝転がる。

 ……ここまで会議の件で怒るかぁ?

 戸惑いつつも、俺は作業を開始。

 鍋に塩を入れ、沸かす。

 その間に材料を切り、フライパンへオリーブオイル。玉ねぎに塩を軽くしまずは炒め始める。

 透けてきたら、ソーセージ。ピーマンは――御機嫌斜めな御嬢様へ質問。


「ピーマン、よく炒めた方がいいか?」

「…………まかせる」

「ほいよ」


 今はとっとと作りたいので、即投入。

 お湯が沸いたので、スパゲッティをざっくり二人分を入れる。茹で時間は普通9分のところを10分。こうすると、喫茶店のナポリタンのようになるのだ。冷水で締めるのは、寒いので省略する。

 すっと、細い手が伸びてきて、麺を足された。 


「…………もっと食べたい。意地悪な篠原雪継君を倒すぱわーを我に与えよ!」

「何だよ、それ」


 苦笑しながら、フライパンの素材を端に寄せ、トマトケチャップ、ウスターソースを入れ、搦めていく。

 素直に隣で黒猫のエプロンを身に着け、サラダを作り始めた四月一日へ、尋ねる。


「なぁ」

「……何よぉ」

「どうして、そこまで怒ってんだ?」 

「……だって」


 レタスが勢いよく断ち切られた。。

 フライパンの中身が良い匂いを放っている。

 四月一日は手を止め、頬を膨らまし睨んできた。

 拗ねた口調。


「…………雪継、私の時だけ、言い方が意地悪だった!」

「……はぁ?」


 皿とフォークを用意しながら、小首を傾げる。

 意味が分からん。

 四月一日は指を弄りながら、ぶつぶつ。


「だ、だって……本間さんには優しい口調なのに、私の時だけ『同じ台詞を先月も』とか言ってさぁ……」

「?」


 お、そろそろ、茹であがるな。

 ここからは早いのだ。

 俺は手をひらひら。


「もう出来るぞ。取り合えず急いで着替えてこい。作っておくから」

「…………雪継のばか。鈍感。わ、私だって、それなりにあるもん」


 四月一日は唇を尖らし、エプロンを着けたままキッチンから出て行った。何なんだ、いったい。

 ――タイマーが鳴り響いた。

 おっと、いかんいかん。

 今は、とにかくナポリタンを完成させねば。

 ……拗ねている御嬢様の御機嫌取りに、何か一品、デザートでも作るか。確か、冷凍庫にアイスが一人分残っていたし。


 フライパンに茹で汁とパスタを入れ具と絡め、仕上げのバターを切り分けつつ、俺はそんなことを思うのだった。

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