第16話 年末。兄妹水入らずの生姜焼き!
米を研ぐ。無心で研ぐ。
量は三合。二人だと少し多いかもしれんが、残ったら明日は炒飯でも、焼きおにぎりでも作れば良し。
隣では、料理の下準備で妹が野菜を切っている。
着けているのは三毛猫が描かれたエプロンだ。
包丁の規則的な音。俺は素直に妹を讃える。
「幸雪、随分と上手くなってるな~。音で分かる」
「えへへ♪ ありがと、お兄ぃ。エプロン、似合ってるよ☆」
「そっか? でも、わざわざ新しいの買う必要なかったんだぞ?」
俺は水を零し、小首を傾げた。
少な目に水を張り、炊飯器にセット。
ケーキを食べても、既に腹が減っているので浸水は省略。スイッチオン。
幸雪が切ってくれたキャベツもボウルへ移す。
「お兄ぃとお揃いのエプロンが良かったのっ! あ、持って帰って使ってね? はい、玉ねぎと生姜、切り終えたよ!」
「おーさんきゅ」
返事をしながら、玉ねぎも集めておく。味噌汁としょうが焼き用だ。
次いで俺はジャガイモの皮をナイフで剥いていく。
ピーラー? 篠原家では知らない子ですね。
剥き終えたジャガイモを、幸雪が食べやすい大きさに切り、水を張ったボウルへ入れていく。
……何となく、
「懐かしいね……お兄ぃが独り暮らしを始めるまでは、よくこうして二人でお料理したよね」
「そうだなぁ。そう言えば、知ってるか、妹よ」
「なぁにぃ?」
数個、ジャガイモの皮をむき終えた俺は、その場でナイフを洗う。
うちの母親曰く『料理はその都度、その都度の片付けが大事!』なのだ。
「――世間一般では、余り、兄と妹は一緒に料理をしないそうだ」
「! そ、そんな……そんなことって……」
「うちは家族全員、料理するしなー」
篠原母。基本、何でも作れる。いや、本当に、何でも作る。
篠原父。凝り性。最近、肉まん作りにはまっている。普段食べているうちの食パンは、親父の手製だ。
俺。まぁ……そこそこ。
幸雪。随分と上達した。偉い。とても偉い。
気にしたことはなかったんだが……この話を石岡さんにしたら、変な顔をしていた。『篠原……お前、妹さんと料理を作るのか……? し、しかも、女子高生だとっ!? 馬鹿なっ! か、神は死んだのかっ!?』。
……ああ、いや。あの人が気にしていたのは、別分野だったが。
幸雪が笑顔を見せる。
「私はお兄ぃとお料理するの楽しいよ!」
「そっか? 幸雪はいい子だな」
「えへへ♪」
うちの妹は可愛いのだ! 異論は認めない!!
ジャガイモの処理を終えた。
「幸雪、味噌汁、作れるか? 俺は、生姜焼きを担当するわ」
「うん。そのつもり~♪ じゃ~ん」
幸雪は棚を開け、母さんが削った鰹節が入ったタッパーを見せてきた。
出汁を取って、きちんと味噌汁を作れる女子高生……ありだと思う。
大きく頷き、激励。
「任せた! 玉ねぎとジャガイモでいいからな?」
「頑張るね! ……お兄ぃ、ちょっとだけ聞きたいんだけど」
「ん~?」
冷凍庫から、ロース肉の塊を取り出す。
薄切りがあると思っていたら、なかったのだ。こうしておけば肉が締まって切り易くなる。
まな板の上に、どでん、と載せ一番切れる包丁を手に取る。
「……四月一日さんは、お味噌汁を作るの?」
「四月一日? ……いや、味噌汁は作らないかな」
筋肉に沿って、やや厚め。6mm程度に切っていく。
厚いかな? と思うくらいで丁度よい。適度な肉の厚みは正義。
母さんに連絡したところ『全部、切っておいて! 正月明けに、麹漬けにして食べるから』とのことだったので、全部切ってしまう。
お玉を動かしながら、幸雪が呟く。
「……ふ~ん。そっかぁ、味噌汁は作らないんだぁ」
「あー……言っとくが、毎晩一緒に食べてるわけじゃないからな?」
「毎晩一緒なの!?」
いかん、藪蛇だったかっ!
ロース肉を切り終えたら、塩胡椒。
次いで、小麦粉を両面にまぶす。薄め、かつ丁寧に。これで肉の準備は完了。
玉ねぎと刻んだ生姜を入れたボウルを持ち、コンロへ。
味噌を鍋に叩きこんている妹が唸る。
「……お兄ぃ~」
「四月一日と俺は、お前が思っているような仲じゃないって。ほら? 古馴染ってやつだ。あと、今でこそあんなんだが、会社入って再会した時のあいつ……ガリガリに痩せててな。見るに見かねた。――ん、いい味だ。さて、焼くぞー。キャベツ、盛り付けてくれ」
「……はぁい」
味噌汁の味見をし、俺は指示を出す。
玉ねぎとジャガイモの味噌汁を作り終えた幸雪は鍋の火を止め、お皿にさっき切って氷水にさらしておいたキャベツを盛り付ける。
入れ替わり、大き目のフライパンに油を引き、肉を一枚ずつ敷いていく。火は強火。軽く焦げ目をつけるイメージ。
焦げ目がついたら、火を弱め、中火に。酒、みりん、醤油。篠原家のレシピでは、砂糖は入れない。
醤油の匂いが食欲をそそりまくる。
そこへ、玉ねぎ、卸し生姜と千切り生姜を投入。絡めていく。
丁度、炊飯器が呼んだ。タイミング、完璧だな。
洗い物を終えた幸雪は炊飯器のスイッチを切り、開けておころげ、ご飯をよそう。
「そろそろ、出来るぞ~」
「は~い」
火を止め、千切りキャベツが載った皿に生姜焼きを贅沢に一人四枚。
タレも二皿で等分。見るからに美味そう!
俺は皿をテーブルへ運ぶ。
焚き立てご飯と玉ねぎとじゃがいもの味噌汁。生姜焼きと千切りキャベツ。
二人して、同時にお腹が鳴った。
「「ぷっ」」
幸雪と顔を見合わせ、笑い合う。こういうのいいもんだな。
取り合えず――携帯で写真を撮り、実家に帰っている大エース様へ送る。
さっき、
『料理の写真、送って! これは最低限の義務っ! ……しなかったら、うふ★』
という脅迫が届いたのだ。おのれ、四月一日幸!
椅子に座り、妹と手を合わせる。
「「いただきま~す」」
――生姜焼きは我ながら絶品だった。
四月一日からのメッセージは『た~べ~た~いぃぃ……。あと、わ、私だって、お味噌汁、作れるんだからねっ! ねっ!』だったことと、俺に味噌汁を褒められた幸雪が勝ち誇っていたことを報告しておく。
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