第9話 雪舞うクリスマスイブに、猫二匹相対す。あ、フライドチキンを作ります 下

「さて……そろそろ、フライドチキンを揚げるか」


 何やかんや30分が経った。

 俺は、残り少ないフライドポテトを口へ放り込みキッチンへ。

 すぐに幸雪が、次いで四月一日が立ち上がる。


「兄さん、私も手伝います」

「あ、雪継、私も手伝うっ!」

「……私の方が早かったです。引っ込んでいてください」

「早い、遅いは関係ないでしょう?」

「「っ!」」


 飽きもせず、二人が睨みあう。こいつ等、やっぱり仲良しなんじゃ?

 若干呆れつつ、白猫のエプロンを身に着け、手をひらひら。


「あ~お前等、揚げ物苦手だろうが? いいから、食べてろって」

「「……は~い……」」

「よろしい」


 ワイングラスをキッチンへ持ち込み、揚げる準備。

 油は鍋に2、5㎝。火を点ける。

 衣と、薄力粉をタッパーに用意して、と。


「? 兄さん、もう一回つけるんですか?」「もう、混ぜてあるのに?」


 幸雪と四月一日が覗き込んできた。

 ボウルに漬け込んでおいた鳥肉を取り出し、衣へ。その後、薄力粉をたっぷりとつけ、油の中へ。強めの中火。

 パチパチと揚がるいい音! 二枚目、三枚目も投入。

 揚げ物が苦手な二人は俺の背中に回り込み、裾を握り締める。


「こうすると、ザクザクになるんだよ。クッキングペーパー、出してくれ」

「は~い」「…………む」


 四月一日へ指示を出し、俺は菜箸でチキンをひっくり返す。

 狐色に上がってきたら、ペーパーを引いたバットへフライドチキンへ。


「「わぁぁぁぁ♪」」

「……まだ、待て! だぞ。二度揚げすっから」


 棚から大皿を取り出し、レタスとトマトで飾り付け。

 ワインを一口飲み、再度フライドチキンを揚げ直す。今度は弱火で、30~40秒。

 全体がいい色になったらあげ、皿に盛りつけて完成!

 さて、残りも……視線。


「お兄ぃ」「雪継ぅ」

「はぁ……温かい物は?」

「「温かい内に食べる~☆」」

「汚れるけど――手で食べるべし!」

「「は~い♪」」


 二人は喜色満面な様子で、テーブルへ。あ、ビスケットも温めないとな。

 トースターに、幸雪が作ってくれたビスケットを入れ、残りの鶏肉も揚げていく。

 後方からはフライドチキンを食べる、ザクザク、という音と歓喜。


「~~~♪」「はふ、はふ……うまうま……」

「美味いか~」


 菜箸でチキンをひっくり返しながら感想を聞く。

 すると、同時に、


「「美味しいっ! お店の味っ!!」」

「そいつは、上々。あ、ビスケットも食べろよ」

「「は~い」」


 元気よく返事をして二人はお皿を持ち、まるで姉妹のようにトースターへ。

 俺も早く食いてぇ。

 そうこうしている内に二度揚げ完了。火を消す。

 ちらり、とテーブルを確認。

 ……こいつら、三つとも食べやがったな。まぁ、幸せそうなので良いが。

 取り合えず、目の前には揚げたて、狐色、スパイス香るフライドチキン。

 少々、行儀悪いが……いいだろ。今日はクリスマスイブだしな、うん。

 謎理論を構築し自分を納得させ、立ったまま、かぶりつく。


「あっつ」


 肉汁が飛び出し、思わず声が出た。

 ザクザク、濃いスパイスと仄かに感じる醤油が堪らない。

 四月一日と幸雪が近づいてきて、俺を咎める。


「あ~行儀悪いんだ~」「兄さん、それは駄目だと思います!」

「――ん」


 俺は唇を舐めながらフライドチキンが載っているバッドを示す。

 すると、二人は視線を合わせ、早口。


「揚げ物は揚げたてが美味しいし?」

「美味しい物は美味しく食べないといけません」


 両手で掴み、ぱくり。

 自然と笑顔になり、むしゃむしゃ。

 ――平和なクリスマスイブだわなぁ。


※※※


「おーし、そろそろ、お開きにするぞー。幸雪、駅まで」

「え? 泊まるよ?」


 食後の、薄く淹れた紅茶を飲みながら妹はあっさりとそう言った。

 既に、料理どころか、クリスマスケーキも食べ終えている。……華奢なその身体の何処に入って?

 なお、四月一日幸は「にへへ……雪継、もう、食べられないよぉ……」とソファーで涎を垂らして爆睡中。後で叩き起こさねば。

 紅茶を飲み、妹を咎める。


「……お前なぁ。親父が許さないだろ?」

「ママの許可は取ったもん! しかも――見てよ、お兄ぃ」

「ん~? 何――うわ……」


 幸雪が窓へ近づき、カーテンを開ける。それだけで冷気。

 ――外は一面の銀世界になっていた。

 テレビをつけると、大雪警報。電車が次々と運転停止。東京は、とかく大雪には軟弱なのだ。

 妹が得意満面。


「もう、電車止まっちゃってるよ? お兄ぃは可愛い可愛い妹を、それでも無理矢理帰そうとするの?」

「……いや、でも着替えがない」

「こんなこともあろーかと!」


 幸雪は自分の鞄を開き、寝間着を出してきた。ぬぅ。

 紅茶を飲み干し、妹へ近づき頭をわしゃわしゃ。


「あぅ。お、兄ぃ!」

「今晩だけだぞ?」

「! わ~い。お兄ぃ、大好き♪ あ、私、お風呂焚くね☆」


 妹は嬉しそうにリビングを出て行った。

 頭を掻き、テーブル上の皿をシンクへ運ぶ。……俺も甘いわなぁ。

 ソファーへ近づき、四月一日を覗き込む。


「……雪継、私も、泊まるぅ……」

「…………」


 寝言? 

 ……否!

 俺は窓を開け放つ。小雪混じりの冷気がリビングへ。

 猫寝入りをしていた四月一日は耐え切れず、起き上がった。


「寒っ! うぬぬ……雪継っ! 閉めてよっ!!」

「……やっぱり起きてやがったか。言っておくが、お前は自分の家に帰れ!」

「――やだっ!」

「やだって……」

「やだやだやだやだやだ! やだぁぁぁぁ!!」

「声がでかいっ!」


 慌てて窓を閉め、四月一日の口を押さえつける。

 ――ぺろり。

 いきなり舐められた。


「ひゃっ」

「うふ。可愛い声~★」

「……うっせぇ。ほら、起きろー」


 手を引っ張るも、全力で抵抗される。

 溜め息を吐き、譲歩。


「はぁ……分かった。何が望みだ? 泊まる以外な」

「んーとねぇ……あのね……温泉、行きたいかも。年明け、とか……ほ、ほらっ! クリスマスだし? プレゼント、貰ってないし? ……ダ、ダメ?」


 四月一日は指を弄りながら、もじもじ。

 温泉かぁ……


「お前、スキーかボード、出来たっけ? 俺、スキー場のあっついココアが飲みたいかもしれん」

「! 出来るよ!!」

「なら、行くかー。宿とかは、後で」

「ほ、ほんとっ!?」

「お、おぅ」


 いきなり、四月一日が跳び上がった俺に詰め寄ってきた。

 ワインのせいで頬を上気させ……その、妙に色っぽく感じる。いかんな。俺も酔ってるのかもしれん。

 すると、四月一日は小指を出してきた。


「?」

「……指きり、する。嘘ついたらお正月、うちの実家に来てもらう」

「破らん、破らん。――ほれ」

「む~」


 不満気な四月一日幸と指切りをする。後で、スキー場調べておかねば。

 ――後方から、冷たい殺気。


「……お兄ぃ? 何を、しているの……?」

「こ、幸雪……」


 振り向くと、妹が俺へ鋭い詰問の眼光を向けていた。

 俺は言い訳をしようとし――四月一日が、つつつ、と幸雪へ近づき、手を合わせた。満面の笑み。


「うふふ~幸雪ちゃん☆ 今晩は、私の家に泊まりましょう。そうしましょう!」

「は、はぁ? あ、貴女、何を言って――き、きゃっ! ち、ちょっと、さ、触らないでくださいっ! 私は、兄さんと一緒に――……お、おにぃぃ」


 妹の救援要請から、視線を外す。


「あ~……四月一日、頼んだ。後でお前等の鞄持ってくわ」

「おーるおーっけい☆ 洗い物、任しちゃっていい?」

「大丈夫だ、問題ない」

「はーい」「お兄ぃぃぃ!!!」


 四月一日はそのまま、妹を引きずっていき――やがて、バタン、と玄関の閉じる音がした。一気に部屋が静かになった。

 祭りの後、といった様子の室内を見渡し、零す。


「まぁ、楽しかったから良し、とするか。あ、そう言えば、言いそびれたな」


 苦笑し、俺は小さく呟いた。

 ――メリークリスマス。

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