第4話 ホワイトデ―のホットサンドとオニオングラタンスープ。プリンもあるよ 上

 明けて月曜日。

 階下の東京支店は、四月一日の大型案件で何処となくソワソワしていたものの、総務部には関係なく。

 朝から延々と電話かけたり、数字入力をしたり、伝票を書いたりしていた。


「そう言えば……篠原、ホワイトデーのお返し、何にしたんだ? もう配ったのか?」

「配りましたよ、朝一で」


 午後に入り、石岡さんが声を潜ませ聞いてきたのであっさりと返す。ああいうイベント事はとっとと片付けてしまうに限るのだ。

 ますます、声を潜ませ聞いてくる。


「……物は?」

「昨今、受験生の御守り代わりになっている例のアレです」

「…………お前のことだ。普通のじゃねぇな?」

「どういう風に認識されているのか、疑問なんですが……そうですね。それの専門店で売ってるのにしました。偶々、会ったので東京支店の山田さんに『皆さんで分けてください』と」

「くっ! やっぱりかっ!!」


 このやり取りの間も、お互い手は動き続けているのが総務部ならではの光景だと思う。慣れって怖い。

 さっき山田さんに内線で聞いた感じでは、皆さん喜んでくれたそうなので良かった。こういうイベント事もコミュニケーションの一環ではあるし。

 時計を見やる。16時。

 そろそろ、四月一日の奴も出席している開店イベントが始まっているころだろう。

 さっき届いたメッセージを思い出す。


『……ほわいとでー』

『お前の辞書に緊張の二文字はないのか?』

『……ほわいとでー!』

『集中してください。四月一日幸さん』

『ネタは挙がってるんだからねっ! 見よっ!!』


 そこに貼られていたのは、俺が山田さんに託した限定版のチョコ菓子だった。四月一日は、営業の大エースにも拘わらず、東京支店内で可愛がられている。

 

『……帰ったら裁判……』

『今日は打ち上げもあるから、遅いだろうが?』

『篠原君、私のスケジュール、見過ぎー。そこは、帰って来てほしい、と書く場面でしょぉぉ』

『うぜぇ。とにかく、乗り切れ』

『んー。ありがと』


 ――今晩は一人でのんびりを過ごせそうだ。

 箱根の温泉宿でも探すとしよう。

 石岡さんが、キャンディーの袋を持ち立ち上がった。


「うしっ! 俺も配ってくらぁっ!!」

「御武運を」

「骨は海にまいてくれ」


 そう言って、先輩は雄々しく階下へ降りていった。

 ああいう所が、慕われる要素でもあるんだろう。女性社員からの受けも悪くない、と聞くし。

 苦笑しながら、俺はパソコン画面に向き直る。

 今晩の夕食は簡単な物にしよう、と考えながら。


※※※


「ただいまー」


 誰もいない自宅の玄関で、癖になってしまった挨拶をする。

 寒いのでとっととエアコンをつけ、手を洗い、うがいをして着替える。

 早くクールビズの季節になってほしい。スーツはお手軽だし、嫌いでもないのだけれど、どうにも窮屈だ。

 冷蔵庫を開け、材料を吟味。


「ん~……ハム、卵、チーズ。玉ねぎ、あり。葉物も少々」


 時刻は既に20時過ぎ。

 一人だと米を炊く気力も出てこない。

 パスタにするか……テーブル上に鎮座する食パンの袋が目に入った。


 結論。本日はお手軽ホットサンドとオニオングラタンスープとする!


 白猫のエプロンを身に着け、ラジオのスイッチ。携帯も机の上に。

 まずは、スープとゆで卵作りから。

 鍋に卵を適当な数――今晩は6個並べ、水をひたひたになるまで注ぐ。火は中火。

 沸騰する間に、玉ねぎ1個を刻みフライパンへ。これまた火は中火。油はひかず、焦がすイメージで。

 想像以上に早く飴色になってくるので、火を止め焦げた部分をこそげ取る。ここが旨味らしい。

 そこへバターを一片入れ、弱火。

 炒めたら水を注ぎ、コンソメを一個。掻き混ぜて塩胡椒。これでほぼ完成。

 ゆで卵を作るよりも簡単だ。でも、美味い。

 ラジオが今日あったニュースを伝えている。


『本日、銀座で高級万年筆専門店がオープンしました』


 いやいや……取材がある、とは聞いていたけれど、ラジオとはいえニュースになるとは。あいつ、凄い仕事をしているわなぁ。

 少しだけ誇らしく思いながら、スープの火を止める。食べる前に粉チーズを落とさねば。

 鍋の水が沸騰したので、タイマーで8分かける。後は放置。

 ゆで卵が出来ないことには先へ進めないので、珈琲メーカーの電源を入れる。

 珈琲も買ってこなければ……。

 ややカフェイン中毒気味なのは自覚しつつも、多めに粉を入れ、水をセットし、スイッチオン!

 携帯をチェック。メッセージはなし。打ち上げで快哉を叫んでいるのだろう。

 タイマーが鳴ったので、ボウルに冷水を張り、ゆで卵を回収。

 お腹が減っているので、少々熱いがとっとと剥いてしまう。


「お~」

 

 思わず感嘆が漏れる。

 いそいそと岩塩をかけ、そのままパクリ。

 トンカツ用に買った赤卵の濃厚さが口の中に広まり、非常に美味い。

 ビールを飲みたくなるが、我慢。ホットサンドを作ってからにせねば!

 明日の朝食用のゆで卵を分け、残りのゆで卵は半分に切ってボウルに。

 マヨネーズ、塩、レシピ本に書かれているより多めの黒胡椒。少しだけ辛くしたいので、マスタード。最後にバター。

 それを混ぜる。要は卵サンドの中身だ。

 珈琲メーカーが鳴った。手を止め、珈琲を入れる。

 飲みながら、食パンにスライスチーズ、親父手製の厚切りハム、今作った卵サンドの中身、再びのスライスチーズ、食パン。

 手で具材を抑え込み、準備完了。

 ホットサンドメーカーは、四月一日と『買うかー』『買おうか―』と言い合いしならも、未だに買っていないのでフライパンで作る。

 携帯が震えた。

 パンをフライパンへ置き、火を点けながら確認。案の定、四月一日からだ。


『何、食べてるのー?』


 携帯をポケットに仕舞い、フライパンに蓋。

 オニオンスープをスープ皿に取り、たっぷりの粉チーズをかけて電子レンジへ。

 蓋を開け、パンをひっくり返す。良い焦げ目だ。

 ラジオが、昔のヒット曲を流している。

 パンの焦げ目を確認し、まな板の上へ。

 包丁を手に取り、切る。

 ――ザクり。

 チーズが溶け、湯気と共に流れ出る。見るからに美味そうだ。

 オニオングラタンスープも出来たので、ホットサンドを皿によそい、トレイに載せてテーブルへ運ぶ。

 冷蔵庫からトマトとレタスを取り出し、簡単なサラダも作り完成!

 珈琲カップをトレイの脇に置き、俺は携帯で写真をパシャリ。

 四月一日へ送ってやる。


『本日は、ホットサンドとオニオングラタンスープです、御嬢様』

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