第13話 仕事納め! 今年も一年、お疲れ様でした。出前の寿司とデパ地下の唐揚げ 下

「――では、今年も一年、お疲れ様でした! 乾杯っ!!」

『乾杯!』


 社長の挨拶と共に、集まった社員が一斉にグラスを掲げる。

 俺もビールを一口。良く冷えていて美味し。

 銘柄は、お歳暮等でしか入ってこないちょっといいやつだ。

 次いで、紙皿を箸を手に、並んでいる寿司や総菜の回収へと向かう。

 結構な量を買ってきているとはいえ、全員分はない。あくまでも、手早く集まって、手早く終える、というのがコンセプトなのだ。貰い物の酒とお菓子だけは手土産で持って帰っていいくらいあるが。

 なのに、総務部が用意していない、一升瓶や焼酎、大量の菓子類が持ち込まれているのは何なのか! 

 まぁ……どうせ、16時スタートなのに、だらだらと21時過ぎまで飲む人がいることは分かっている。片付けをしてくれれば良し。

 しなかったら、年始えらいことになるだけのこと……なお、最後まで飲んだ人に片付けはさせる。

 意気込みながら、多数の人が群がっている寿司は回避。

 さっき、自分で買ってきたデパ地下の総菜を漁る。

 唐揚げ、餃子、ポテサラ、チーズ……ザ・酒の肴、といった感じだ。

 畳まれ置かれているパイプ椅子を出し、腰かける。

 ビールを飲み、総菜を食べながら、周囲を眺め、しみじみ呟く。


「……今年も終わったなぁ」


 石岡さんが偉い人達に捕まっている。あれで、我が先輩は期待されているのだ。

 視線で『ヘルプ! 篠原、ヘルプっ!!』と言ってきているが、にこやかに手を振る。頑張ってくださいっ!

 同じく、期待されている四月一日は社長と談笑中。堂々しているわなぁ。

 あいつ、外見は美人だし、酒は飲めるし、話題豊富だし……うん、完全に営業向きだわ。


「篠原さん、隣、いいですか?」

「本間さん? どうぞどうぞ」

「お邪魔しまーす」


 檸檬サワーと寿司が載っている皿を手に、ほんのり頬を染めている眼鏡をかけて女性営業さんは、俺の隣へ腰かけた。

 ……寿司、美味そうだな。

 どうせ、夕飯に何か作るだろうが、後でつまもう。

 そんなことを考えていると、本間さんが挨拶をしてくれる。


「一年間、お疲れ様でした」

「あ、お疲れ様でした。……本当に」

「はい。……本当に」


 しみじみ、お互い呟く。

 何処の部署だろうが、仕事はそれなりに大変なのだ。

 ビールを飲み、最後の唐揚げを口に放り込む。美味いが……やっぱり、揚げたてがいいなぁ。暑い肉汁があふれ出てるのを、はふはふ、しながら食べたい。

 年末までに、一度揚げるか。


「篠原さんは、年末年始、どうされるんですか? 帰省を?」

「うち、田舎、あるにはあるんですが……生活の拠点は東京なので、実家に大晦日と元旦、顔を出すくらいですね」

「あら? 今年、折角、お休み長いのに」


 今年は曜日の関係で、何と! 11連休である。

 ……連休明け、会社へ行けるか少し自信がない。

 あと、さっきから、ちらちらこっちを見ている四月一日幸が、ごねそう。

 炬燵に立てこもり、


『……有給、取る……』


 容易に想像がつく。やっぱり、炬燵、片付けるかな。

 俺はビールを飲み干し、立ち上がる。


「おそらく、元旦はニューイヤー駅伝、2日、3日は箱根駅伝を着けっ放しにして、家で食っちゃ寝ですね。ちょっと、取ってきます。お酒、取ってきますか?」

「あ、私も食べ終えたので」


 本間さんも立ち上がり、着いて来た。意外と健啖家なんだな。好感度高し。

 むしゃむしゃ食べる女の人って、なんかいいんだよなぁ。

 ようやく、空いた寿司が置かれた机に突撃。

 ……が。


「くっ!」「あ~もう、殆どないですねぇ」


 あれだけあった出前の寿司は、今や、喰い尽くされていた。あるのは、ガリばかり。早いって。

 寿司……。

 新しい檸檬サワーを手にいれた本間さんが、俺を覗き込み、くすり。


「篠原さん、そんなにお寿司食べたかったんですか?」

「……普段、食べられませんしね」

「確かに。――……あ」

「? 本間さん??」


 先輩は、携帯を取り出し検索し始めた。

 そして、俺に見せて来る。

 回らない御寿司屋さんのホームページだ。


「ここ、とっても美味しいんです。会社帰りに寄れますし、篠原君が良ければ――あ、あの、わ、私と」

「……篠原君、私、お腹減ったんだけど」

「うわっ!」「!」


 いきなり、四月一日に叩かれ、声が出た。

 本間さんも驚き、あたふた。

 携帯を仕舞い「あ、わ、私、東京支店の人達と話してくるね」と早口で告げ、離れていった。……寿司屋。

 振り返ると、柿の種をむさぼり食いながら、四月一日幸が俺を睨みつけていた。若干、拗ねも混じっているようだ。

 一応、挨拶。


「一年間、お疲れ様でした、四月一日さん。料理は、すいません。足りなかったら、抜け出して各自なんですよ」

「……知ってまーす。私、お寿司と唐揚げ食べたい」

「俺も食べたいです」

「……食べたい」

「帰りに自分で買ってください」

「…………ん!」


 四月一日が携帯を取り出し、画面を見せて来た。


『デレデレ禁止っ!!!!!! 帰ったら、美味しい物、作って!!!!!』


 デレデレ、って……。

 が、腹はまるで膨れていない。

 俺は携帯を取り出し、メッセージを入力。四月一日へ送信。


『唐揚げ。餃子。ポテサラ』

『〆前に、珍しいビール他を確保! ウィスキーは?』

『酒瓶は欲しい物、貰っていい筈』

『OK。……駅で待ち合わせする』

『えー』

『えー、じゃないっ! 本間さんとお寿司屋さん行こうとしてたくせにっ!』

『それは』


「篠原!」


 打ち終わる前に、石岡さんへ呼ばれた。

 視線を向けると、未だ偉い人達と酒を飲んでいる。『もう……限界です……』。強く、生きてください。 

 時計を見やる。そろそろ、〆てもいいわな。

 俺は、四月一日へメッセージ。


『話は帰ってからな』

『……逃がさない~。密室裁判!』


 手をひらひら。

 四月一日が持っている、棒状のチョコレート菓子を一袋奪う。


「あ! こら、雪—―……後で、憶えておきなさいよ……」

「へーへー」


 社内なので自制した大エース様をあしらい、俺は酒の物色に向かう。

 携帯が震えた。


『お兄ぃ! 大丈夫!? やっぱり、別の妖気が!!』


 ……お兄ちゃんは妹が少し心配です。

 別の妖気って。はて?


 とにもかくにも――皆様、お疲れ様でした。良いお年を。

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