第27話 1月2日のお散歩。穴子の天ぷら飯 下

 ししとうを天つゆにつけ、一口で食べる。

 苦味無し。

 それどころか甘味を感じる。美味し。

 次いで、舞茸。

 ――サクっ。

 かりかりに揚がっていて、生の部分無し。

 これは、日本酒のつまみにしたいわな。

 隣の四月一日が口元を抑え、零した。


「……冷酒、飲みたい」


 幸雪と妹さんがいなかったら、ビール、注文するんだがなぁ。

 黒豆茶で自分を誤魔化し、無言で四月一日の茶碗にも注ぐ。

 大エース様が視線で訴え。


『……雪継、れいしゅー』

『この店にはない。ビール飲むわけにいかねぇだろ?』

『…………う~』


 茶碗を手に取り飲みながら不満気。ったく。

 穴子の半身を口に放り込み、いよいよ卵の天ぷらに取り掛かる。

 ご飯の上に卵をのせ、少しだけ天つゆ。

 もう、この段階で最高! 

 多少、行儀が悪かろうが、美味しいは正義なのだ。


「「「!」」」


 俺のやり方を見ていた、四月一日と幸雪、妹さんも卵の天ぷらをご飯の上に。

 卵を割るとトロリとした黄身。見事な揚げ加減。

 考え無しにかっこむ。

 はぁ~……美味すぎるっ!


「ふぁ~」「! 美味しい」「初めて食べました」


 好評なようで何より。

 ……ご飯が足りないな。店員さんを呼ぶ。


「すいません、お代わりを」「あ、私も~」「私も!」「……あの、少しだけ」


 四月一日達も俺に続いてお代わり。むしゃむしゃ食べる女の子は良いものだ。妹さんは、笑顔で幸雪と楽しそうに話している。

 ご飯が届くと同時に、揚げたての天ぷら第二陣が置かれた。


 見るからに鮮度が良さそうな海老。

 中々見かけないイカのかき揚げ。

 これまた家ではあんまり作らない、かしわ。

 そして、追加したキス。


 浮き浮きしながら、まずは海老――「雪継、海老ちょうだーい。代わりにかき揚げあげるー」「あ、こらっ!」。

 いきなり、四月一日の箸が俺の海老をかっさらった。

 抗議する間もなく、口の中へ。ぐぬぬ……。

 そう、四月一日幸は海老が大好きなのだ。

 かき揚げを奪いつつ、ジト目。


「……最初から海老を追加すれば良かっただろうが」

「え、やだ」

「何でだよ」

「ふふふ♪ 何でだと思う~? あ、これもいけるわね」


 四月一日は嬉しそうにかしわにかじりつく。

 ……妙な謎かけをしやがる。

 様子を覗っていた幸雪が、何かに気付き、瞳を見開いた。


「! お兄ぃ……こ、これは、罠。そう、罠だよっ! 四月一日泥棒猫さんは、最初から、お兄ぃの天ぷらを狙って――……私も交換するね! キスとキス!!」

「……いや、それ意味があるのか? まぁ、いいが」


 基本、妹に甘い俺は許可を出し、好きにさせる。


「やった! ――ふっ」

「! こ、この、ブラコン猫っ。雪継っ」

「二度目はない。熱い物は?」

「「……熱い内に食べる」」

「よろしい」

「「…………」」


 四月一日と幸雪は俺を間にして少しだけ睨み合い、食事を再開した。

 ……仲が良いのか悪いのか。妹さんも戸惑ってるからな?

 俺は呆れつつも食事を再開。

 追加で頼んだキスを一口。

 ――白身魚の良さがはっきりを分かる。

 出来れば、塩でも食べてみたいわな。

 合間に赤出汁や、よく漬かっている漬物を挟み、今度はイカのかき揚げへ。

 子供の頃、実家で揚げられるメインはかき揚げだった。

 どんぶりに大きなかき揚げを乗っけて、濃い目の出汁醤油。

 たったこれだけなのに、何杯お代わりしたことか。

 祖母ちゃんの炒り卵ご飯と並ぶ双璧と言える。

 まぁ……ここのは、イカのかき揚げだから、少し違うが。

 割らずそのまま、齧る。


 ――カリ、という良い触感。


 う~む、これも酒のつまみにいいな。

 イカは生でも、焼いても、揚げても酒と合う。

 家で調理するのは、ハードルは高くなければなぁ……。

 そのまま大満足しながら、完食。

 黒豆茶を入れ直し、飲む。心地よい。

 ……あ~、このままもう帰ってもいいなぁ。

 四月一日が微笑みを浮かべながら、ちらり。


『この後は、南部鉄器、です★』

『……あぃ』


 こういう時のこいつには逆らわない方がいい。

 理解はして、納得もしても、後から取引材料に使われかねない。

 何せ、此方が忘れている高校時代のエピソードを悉く覚えている女なのだ。

 ……若かりし日の誤りで、俺が半ば告白したことは忘れていてほしかったが。

 幸雪を見やる。


「食べ終わったか?」

「うん! 美味しかったぁ♪」「美味しかったです」

「そいつは良かった。それじゃ、出るぞー。そろそろ、混んで来てるからなー。すいません、お勘定を」

「「!」」


 妹達が後ろを見やり、驚く。既に、外には二十人以上の行列が出来ていた。相変わらず、凄い人気だわな。

 俺は手をひらひら。


「先に外へ出ててくれ。四月一日」

「りょーかい。ほら、コートを着る着る」


 すぐさま大エース様は席を立ち、二人を促す。

 驚いていた幸雪達も、我に返り慌てて店員さんからコートを受け取り、羽織った。

 伝票を確認。

 四人で、これだけ食べて6000円弱だ。安い。

 俺は財布を取り出して店員さんへお札を渡し、カウンター内でせっせと天ぷらを揚げている職人さん達へ、感想を述べた。


「今日も美味しかったです。ありがとうございました。また、来ます」


※※※


「ふはぁぁぁぁ…………あ~満足したぁ……」


 店の外に出て路地を歩き始めると、隣の四月一日が幸せそうに呟いた。

 同感だ。

 後ろの妹達へ尋ねてみる。


「どうだった?」

「最高っ!」

「あんな美味しい天ぷら、初めて食べました。あ、お、お母さんの揚げてくれる天ぷらも美味しいんです。でも……」

「あ~大丈夫。分かるよ。『プロの揚げた天ぷら』っていう感じなんだよね。家庭だと、あそこまで贅沢にごま油を使うのも躊躇するし」

「は、はい。……あ、あのお金は」

「気にしないでいいよ。ほら? 俺ってこれでも社会人だしね。幸雪もいいからな」

「で、でも……」

「しぃちゃん、此処は兄さんに甘えよう? その代わり――」


 妹は軽やかに駆け、俺の前へ。

 悪戯っ子な表情になり、ニシシ、と笑った。


「ヴァレンタインは期待してね? どーせ、兄さんは私からしか貰えないだろうし!」

「……幸雪、時に妹の優しさが兄の心を抉ることもあるんだぞ?」

「え~ここは喜ぶ場面だと思うなぁ」

「……ふっ」


 四月一日が突然、悪役じみた声を発した。

 路地を抜け、大通りに入る。


「甘い、甘過ぎるわねっ! 忘れたのかしら? この男の名前は、篠原雪継! 高校時代、義理とはいえ山程チョコを貰い、律儀に全部ホワイトデーで『三倍返しなー』と言って、チーズケーキをワンホール焼いてきた男よ? 篠原幸雪さん? 貴方にこの男を唸らせるチョコが選べるかしら? 去年は結局」

「あーあーあーあーあー!!!!! き、去年は、す、少しだけ悩んじゃっただけですぅぅ。そ、それを言ったら貴女なんか、散々悩みに悩んで、結局はヘタレ」

「あーあーあーあーあー!!!!! 聞こえなーい。何も聞こえなーい」


 二人が普段通りじゃれ合う。いや、本当に姉妹なんじゃ……あ。


「…………」


 後方の様子を覗うと、妹さんが四月一日と幸雪を羨ましそうに眺めているのが分かった。……ふむ。

 俺は軽く手を叩いた。


「幸雪、此処で別れよう。俺達はこれから南部鉄器の薬缶を物色にしに行く。面白くはないからなー」

「! お兄ぃ!? 何を――」

「ほれ、お年玉。妹さんも」

「!?」「え!?」


 事前に用意しておいた白猫のポチ袋を二人へ渡す。

 次いで、四月一日へ目配せ。

 察しの良い大エース様も、コートの中から黒猫のポチ袋を取り出し、二人へ渡した。


「仕方ないわね~。はい、私からもお年玉。無駄遣いして、経済を回すように!」

「むむむ……」「え、お、お姉ちゃん?」


 二人が戸惑う。

 携帯を操作し、釈然としない妹へ送付。


『妹さん、何か悩んでいるみたいだ。お茶でも飲みながら、話を聞いてみてくれ』


 幸雪がコートから携帯を取り出し、俺のメッセージを確認した。

 表情には出さず、返信。


『……うん。でも、お兄ぃ、くれぐれも気を付けてね? 油断しちゃ駄目だよっ! 四月一日泥棒猫さんは、虎視眈々とお兄ぃを狙ってるんだからねっ!』


 そうかぁ?

 んなことはないと――四月一日が俺の左腕を取った。


「さぁ雪継、いざ征かんっ! 某越後屋へっ!! くっくっくっ……今日の為に、私のカード上限は限界を突破してきたのよ。三桁までならいけるわっ!!」

「そんなに高い薬缶を買おうとするなっ! ……はぁ。それじゃ、此処で。この街は面白い所だらけだから、散策してみてくれ。また、今度美味しい物を食べに行こう」

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