第26話 1月2日のお散歩。穴子の天ぷら飯 上

「おはよ、雪継! さ、行きましょう♪ 天ぷらが私を呼んでいる~」

「……予約はキャンセルしたって、朝、連絡しただろうが?」

「!?!!」


 四月一日が俺の言葉に瞳を大きくし、硬直した。

 ……こいつ、読んでなかったのかよ。あと、服装に気合を入れ過ぎだと思う。

 妹の四月一日雫さんは、姉と俺と篠原幸雪の顔を見て、おどおど。ダッフルコートが懐かしい。幸雪とお揃いだな。

 現在時刻は午前11時。

 会社に程近い都内地下鉄某駅改札出口で待ち合わせしたのだが、流石は1月2日。人が多い。

 幸雪と妹さんに話しかける。


「良し、それじゃ行くか。お腹は空かせてきたかー?」

「おー!」「お、おおー?」

「よろしい。ああ、そんなに気取った店じゃないから、気負わないように。食べ終わった後で麒麟像でも見に行くか?」

「うん! しぃちゃん、いいよね?」「え、あ、う、うん」


 う~む……所謂、陽キャと陰キャか。

 でも、うちの妹はそういうのを全く気にしないから、大丈夫なんだろう。

 三人で地下通路を歩き始めると、後方より駆ける音。


「雪継っ! 待ってっ! 待ちなさいっ!! 説明しろぉぉ!!!」

「……はぁ。二人共、将来、こういう大人になっちゃ駄目だぞ?」

「「は~い」」


 追いつき俺に並んだ四月一日が頬を膨らまし呻く。


「グググ……ふ、ふんっ! 私、お仕事、凄く出来るもんっ! 社長賞だって貰ってるもんっ!!」

「そうだな。営業としては大エースだな。……普段の行動は、高校時代から退化してるが」

「なっ!? そ、そういうこと言うっ!?!! す、少しは進歩してるし」

「具体的には?」

「えーっと…………お、お酒が飲めるようになった!」

「そうだな。二十歳越えたしな。……後二年。四捨五入」

「やーめーてー!!!!!」


 くだらないやり取りをしながら進んで行く。

 何時もならここで幸雪も乱入してくるのだが、今日は隣に妹さんがいる為か、二人して楽しそうにお喋りしている。少し新鮮な光景だ。

 地下通路は俺が入社した当時よりも更に整備が進み、地上に上がらなくても、目的のお店近くに辿り着けるようになった。大変有難い。

 ここら辺一帯を大規模再開発している大会社は、本気で東京の中心にする、という野望を抱いているとか、いないとか。

 てくてく、歩き地上へ。

 四月一日へ注意する。


「……敢えて、敢えて言っとくぞ。ここら辺、入り組んでるからはぐれるなよ?」

「……どうして私へ言うのかしら?」

「お前が一番迷子になりそうだからだ。うちの妹は地図を読めるしいい子だ。お前の妹さんも同じく」

「冤罪っ! これは冤罪だわっ!!」

「冤罪じゃない。お前は、楽しい場所に行くとフラフラしがちだろうが?」

「うぐっ! そ、それは……その……あーあーあー! で? 何処へ行くのっ!」


 強引に話題を変えて来る。

 妹さんと手を繋いでいる幸雪が、鼻で笑った。


「ふっ……語るに落ちましたね? 兄さんは、既にお店の情報を貴女へ送っている筈ですっ! それを確認していないなんて……はぁ~。所詮、貴女はその程度です。どーせ、浮かれて服を選んでいる内に遅刻しそうになって慌てて出て来たのでは?」

「ななななな、な、なんのこと――……雫? 貴女が教え」

「ほら、行くぞー」


 若干、空気が悪くなりそうだったので会話を打ち切り、皆を促す。

 幸雪はすぐさま察し「しぃちゃん、行きましょう」「う、うん……」手を引いて、歩き出した。

 小声で四月一日へ尋ねる。


「(……お前、妹さんとここまで上手くいってないのか?)」

「(……あんまり。昔は仲良かったんだけど。だから、今日一緒に来てるのは意外なの)」

「(色々あるんだな。まぁ、幸雪とは仲良さそうだし、大丈夫だろ)」

「(……うん)」


 俺は頬を掻く。

 ――どうしたもんかな。


※※※


 その天ぷら屋は駅から歩いてすぐの路地にあった。

 近づいていくと――ごま油のいい匂い。

 幸運なことに誰も並んでいない。

 幸雪と妹さんが聞いてくる。


「お、お兄ぃ……」「あ、あの……」

「大丈夫。結構、気楽なお店だって。メニューは基本一つだけだし」


 二人を宥め、店内へ。

 「いらっしゃいっ!」という威勢の良い挨拶を受けながら「四人です」と告げ席へ座る。十数席のカウンター席しかないのだ。

 目の前では職人さんが天ぷらを揚げている。

 幸雪と妹さんは目を輝かせ、俺へ視線を向けてきた。『凄い!!!』。喜んでもらえたようで何より。

 俺は出された黒豆茶を飲みつつ、三人へ聞く。


「基本は天ぷら飯な。足りなければ追加も出来る。お勧めは穴子。雫さん、好き嫌いはある?」

「ん~雪継と同じで!」「兄さんと同じで!」「あの……私、姉さんと同じで……好き嫌い、ない、です」

「それじゃ、穴子な。すいません」

「はーい」


 店員さんを呼び、注文。


「穴子の天ぷら飯を四つ。それと、追加でキスを四枚」

「ありがとうございます」


 注文してすぐに目の前で職人さんが天ぷらを揚げていく。

 油のパチパチという音。上質なごま油の香り。カウンター越しに手元を見ているだけで楽しくなる。

 三人も同じらしく、ニコニコ顔だ。

 あっという間に、揚げたての第一陣が目の前に置かれた。


 メインの穴子。

 緑が鮮やかなししとう。

 分厚い舞茸。

 家では中々、作ろうと思わない卵。


 銀シャリとアサリの赤椀も置かれ、お腹が鳴った。

 四人で手を合わせる。


「「「「いただきまーす」」」」


 まずは、たっぷりの大根おろしが入った濃いめの天つゆへ、半分にした穴子を漬け、かぶりつく。


「ふわぁ」


 思わず、声が漏れた。

 臭みは全くなく、さっくり。絶妙な揚げ加減。

 ご飯もとにかく美味い。炊飯器じゃ出せない味だ。

 アサリの赤椀も、冬の時期は落ち着くわなぁ。

 隣の四月一日も無言でパクパク。合間に漬物も摘み、幸せそうな顔だ。

 俺を見て「卵の天ぷら、今度作ってね♪」無理難題を言いやがる。

 幸雪と妹さんは、小声で「美味しいね!」「うん♪」と話しながら、食べている。どうやら、気に入ってくれたようだ。


 満足を覚え、俺は第一陣残りの天ぷらへ箸を伸ばした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る