第18話 深夜の味噌ラーメン。コーン、煮卵、中辛
その日の夜21時前。
寒空の下、俺と幸雪は某ラーメン屋の行列に並んでいた。
30分近く待ち、ようやく先頭だ。
隣で毛糸帽子を被り、ダッフルコート、マフラー、手袋を装備し完全防寒な妹に話しかける。
「幸雪、大丈夫か? 寒くないか?」
「大丈夫! ……えへへ、こんな夜遅くにラーメン屋さんなんて、何かドキドキするね。私、何にしようかなぁ」
妹は興味深そうに外に張り出されているメニューや、中の様子を眺めている。
こう見えて、うちの妹は普段、お淑やかな御嬢様学校に通っているので、普段、ラーメン屋に来る機会自体が少ないのだ。
さて――俺達が何故、こんな時間にラーメン屋に来ているのか?
答えは簡単。小旅行から帰って来た御母様が、
『夕飯、作りたくない! 今晩は各自っ! 以上!!』
と布告した為だ。
……確かに。至極、ごもっとも。
結果、母さんと親父は店屋物でなべ焼きうどんを取り、俺は少しばかり考えた後、18時~3時までやっているラーメン屋行きを決めた、というわけだ。
明日は大晦日。年越し蕎麦だが気にしない。
なお、こんな時間になったのは、幸雪とFPSゲームをしていたところ、白熱。二人でうたた寝をしてしまい、起きた時には20時を回っていた為だ。
俺もメニューを眺める。
麺はストレート。スープのベースは豚骨、鶏がら。味は、醤油、味噌、塩の三種類。そこに、厚いチャーシュー、コーン、もやし、メンマ、ネギが載る。
勿論、煮卵等々トッピングもあり。辛くも出来る。
幸雪が俺を見上げて来た。
「お兄ぃは何にするの??」
「……毎回さ、今日は塩を食べてやる! と思うんだよ。でも」
「でも?」
「――結局、負けて味噌、中辛、煮卵、コーン増しに落ち着く」
「ふ~ん」
説明しているだけで、腹が減ってきた。
丁度、中から二人出てくる。よしよし。
幸雪へ目配せし、中へ。
椅子に腰かけると、厨房から注文を聞かれた。
「ご注文は?」
「――……味噌、中辛、煮卵、コーン、ねぎ、で」
「味噌、中辛、煮卵、コーン、ねぎですね。次、お願いします」
「あ。はい。えっと……塩、中辛、煮卵、コーン、メンマで」
「塩、中辛、煮卵、コーン、メンマですね」
結局、今回も味噌にしてしまった……。
カウンター10席しかない店内を見渡す。
久しぶりに来たけど、変わってねぇなぁ……。
防寒着を脱いだ幸雪は、厨房内を興味津々な様子で、眺めている。
俺は、そんな妹に穏やかな気持ちを抱きつつ、携帯を弄り、メニューの写真をパシャリ。溜まっていたメッセージへ返信。
『遅い夕飯』
すると、即座に既読がつき、四月一日幸から反応があった。
『ラーメン? やっぱり、醤油が一番!』
『……止めろ、その話題は死人が出るぞ。因みに俺は穏健味噌派だ』
『! 異端者だっ! 火炙りにしろっ!!!』
『くっ! 醤油原理主義者かっ! ――……って、お前、時折、うちで味噌ラーメンも食べてるだろうが? ほら、あれだよ』
おそらく、日本で一番有名な味噌ラーメンの名を出す。
色々、浮気はしてきたものの……結局、何だかんだ常備するのは、あの乾麺の味噌と塩になるのは何なんだろうか。
『そ、それは……も、もうっ! そんなこと、女の子に言わせるなぁ!!』
『???』
訳が分からん。
すっと幸雪が俺の携帯を覗き込んだ。
そして、ゆっくりと顔を上げる。
「…………お兄ぃ」
「言っておくが、付き合ってないからな?」
「…………」
胡乱気な視線をぶつけてくる。真実なんだがなぁ……。
店長さんが、湯で終えた麺の水を切り丼に寄り分けていく。
トッピングをして、
「――お待ちどうさまでした。味噌ラーメンと塩ラーメンです」
俺達の前にやや大きめの丼が置かれた。
箸とれんげを幸雪へ手渡す。
「ほい」
「ありがと。お兄ぃ、凄いね!」
「美味いぞ。おし、食べようぜ」
「うん!」
俺達は、小さく「「いただきます」」と呟き、それぞれのラーメンに挑みかかる。
まずは、スープから。
――はぁ、心から温まる。
味噌なんだけど、味噌っぽくなく、あくまでもベースのスープが生きており、おそらく、生姜も使われているだろう。内からぽかぽかしてくる。
辛みも程良し。小辛だと物足りず。大辛だと俺には辛過ぎる。中辛が丁度良いんだよなぁ。
世の中には星の数ほどラーメン屋があり、会社の近くにも超有名店がある。美味いとも思う。
けれど、一軒だけ行くなら? と問われたら、俺は此処へ来るだろう。
食べ飽きないのは、重大な要素なのだ。
次いで、無心に麺をすする。スープによく辛み、何でもないんだけど美味い。
量を増やさなくても、普通のラーメン屋さんの大盛りとほぼ同じなので、食べでもある。満足感。
水を飲み、隣の幸雪へ聞く。
「食べきれるか? 多かったら」
「大丈夫~。煮卵、染み染みだね。お兄ぃ、味噌のスープ、一口もらっていい?」
「いいぞ」
「わ~い。あ、塩もいいよ♪」
「おー」
兄妹でスープを交換し合う、れんげですくい、一口。
――……なるほど、塩だとこうなるのか。
醤油、味噌に比べるとあっさりだな。まぁ、普通の所謂『塩ラーメン』をイメージすると違うが。これはこれで良い。
妹も頷いている。「味噌、いい味。次回はこれにしようかな……」。
――ちょっと楽しい。
俺達は、それなりに仲が良い兄妹だと思っているけれど、こうして二人で飯を食べに行く、というのはあんまりなかった。
幸雪が大学生になったら、一緒に食べ歩きとか行くかな?
まぁ、付き合ってくれるかは分からないが。
未来のことを考えていると、妹が尋ねてきた。
「――ねぇねぇ、お兄ぃ」
「うん?」
「此処って……四月一日さんと来たことあるの?」
「いんや」
「あ、そうなんだ。ふ~ん……そうなんだぁ♪ とっても美味しいね、お兄ぃ☆」
「ん? お、おお」
――この後の帰り道、四月一日幸から抗議の電話あり。
曰く『…………私も、食べに、行くからねっ! ねっ!! 返事は?』。
幸雪! 何故、報せた!?
……どうやら、俺は近日中にもう一度、あのラーメン屋を再訪しなくてはならないらしい。次は、塩にするか。
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