第7話 雪舞うクリスマスイブに、猫二匹相対す。あ、フライドチキンを作ります 上
「…………なぁ、篠原。人類はどうして、クリスマスなんて文化を生み出しちまっったんだろな。俺は、一番最初に思いついた奴へ滾々と説教したいんだが?」
「石岡さん……去年は『思いついた方は素晴らしい! 賛辞を惜しまんねっ! ブラボー、ブラボー』って……」
「知らんっ! そんな奴は知らんっ!! ……あいつはもう死んだ。死んだんだっ!」
目の前から、今年のクリスマスイブとクリスマスはぼっちで過ごされることが確定した、石岡さんの魂の咆哮が聞こえてくる。
本日は12月24日――そう、クリスマスイブだ。
パソコンを消す前に、メール等々をチェック。何も無し、と。
既に定時を回り総務部の面々も席を立ち、残っているのは俺達だけだ。急がねば。
書類に目を通し、稟議書を書き上げ、石岡さんへ。
コートを取りに立ち上がる。
荒れている先輩が低い声を発した。
「……篠原、もう、帰るのか?」
「そうですね。そろそろ、出ないと間に合わないので」
「……そうか。ぼっち、は俺だけか……。いいんだ、行け。俺は一人寂しく、賞与でやたら高い肉を食らいに行くからよ……」
「石岡さん……東京支店のぼっち会、席が空いているらしいですよ。女性の営業さんは参加されないらしいですが……」
「くっ! 俺は……俺は……俺はっ!!」
石岡さんが激しく懊悩される。
いやまぁ、楽しい場ではあるのだ。……最低でも三次会、下手すると四次会まであるだろうが。いや、明日は休日だし下手すると12時間コースかもしれん。
俺はコートを羽織り、鞄を持ち、懊悩されている総務部の主軸たる先輩へ挨拶。
「では、お先失礼します。高い肉の感想聞かせてくださいね」
※※※
会社の外へ出ると小雪が舞っていた。道理で寒いと……。天気予報、的中か。
携帯を確認。
入っているのは妹の幸雪からの連絡のみだ。……何件か続いているが。
『早めにお兄ぃのおうち着いた! 先にお部屋温めて、お料理の準備しておくね』
『ねぇ……お兄ぃ、知らない家電がたくさん増えているんだけど……?』
『……白猫と黒猫のお揃いのエプロンとか、マグカップとかお皿とかあるんだけど……?』
『…………早く、帰って来てね? 聞きたいことが、たくさん、あるから…………』
俺は額を抑える。
……早いって。合鍵を渡したのは失敗だったか。
蝙蝠傘を鞄から出し、差そうとしていると、
「わ、雪、降ってる……」
「? お疲れ様です、本間さん」
エレベーターを降り、東京支店の本間さんが出入口へやって来たので声をかける。
すると、彼女は俺に気付き、頭を下げてきた。
「し、篠原さん、お、お疲れ様です!」
「……いや、本間さんの方が先輩ですからね?」
思わず苦笑し、突っ込む。
傘を開き、歩き出そうとし――気付いた。
「本間さん、傘ないんですか?」
「え……あ、はい……。降ると思っていなくて……あはは。私って何時もこうなんです。先を見通せないっていうか……。だから、営業成績も中々上がらなくて……」
「いやいや。――数字を持ってきている営業さんは凄いですよ。俺達、総務部は直接数字を上げられませんし」
俯く本間さんを励ます。
東京支店長の言葉が脳裏を過った。本間はもう少し、自分に自信を持ってくれたらいい営業になると思うんだが。
携帯が震えた。四月一日だ。『雪継、会社出たー?』。おっと。
俺は本間さんへ傘を渡す。
「これ、使ってください。風邪ひいちゃ大変なので」
「……え?」
「来週、返してくれればいいんで! それじゃ、良いクリスマスを!」
「し、篠原さん!?」
驚き、呼び止める女性営業さんに応えず、俺は地下鉄の入口へ駆け出した。
ま、途中でビニール傘でも買えばいいだろ。
※※※
「まったくっ! 雪継らしくないっ! 天気予報で雪が降るって、言ってたでしょぉ? ふふん♪ 傘を持ってる私に感謝――あ~!!!!! どーして、ビニール傘なんか、買うのよっ!」
「……お前、今日も通常運転だな」
自宅の最寄り駅改札で合流した四月一日は、俺が傘を持ってないのを見るなり、すぐさまからかってきた。自分は完全防寒。靴もスノーブーツの徹底ぶりだ。うぜぇ。
駅の購買で大き目のビニール傘を買った俺は、大エース様へ手を軽くあげる。
「まず、途中でケーキ回収な。幸雪はもう家に着いて、準備してくれてるらしい」
「む~……ケーキは楽しみ。楽しみだけど……お邪魔猫はいらないっ!」
「お邪魔猫って」
何だよ、と笑う前に携帯が震えた。
幸雪からの写真だ。
これは、
「……ビスケットとグラタンか? また、偉く気合を入れて作ったな」
写っていたのは、日本最大の某フライドチキン専門店のそれにそっくりなビスケットと、耐熱容器に準備されたマカロニグラタンだった。俺の妹は料理が上手い。
四月一日が覗き込んでくる。唸る。
「ぐぅ……女子高生の分際で生意気な……ふ、ふんっ! で、でも味はどうかしらね? きっと、雪継好みの味じゃなくて」
「お、もう一枚来たな」
新しく届いたメッセージを確認。
そこには、白猫のエプロンを身に着けた妹がピースサインをしていた。
文章は短文。
『借りちゃいました♪』
錆びた人形のような動作で、四月一日が俺へ細目を向けてくる。
「………………雪継」
「何も教えてない。よし、行こうぜ。何しろ、俺は――フライドチキンを揚げねばならぬ」
「…………私、両手でむしゃむしゃ食べたい」
「ふっふっふっ……任せろ! 鶏もも肉を三枚も解凍しておいた。スパイスの準備も万全だ。スープも作るか?」
「カボチャのスープ、作るつもり~」
幸雪へ『今、駅に着いた。ケーキを回収して帰る』と返信。
四月一日を一緒に外へ。同時に感嘆する。
「「おお~」」
雪は確実に積もり、街路樹やお店の屋根が白くなっている。
ホワイトクリスマスかー。
ビニール傘を差し、四月一日へ話しかけようとすると――いきなり左腕に抱き着かれた。
「おい?」
「えへへ~♪ 傘、忘れちゃった~☆」
「…………いや、お前、さっき」
「忘れちゃった~☆」
「…………さいで」
説得を諦め、二人して歩き出す。こういう時の四月一日幸は頑固なのだ。
携帯にメッセージ。
『! お兄ぃ!! 今、ただならぬ妖気を感じたんだけどっ!?』
……俺の妹は、少しばかり勘が良すぎると思う。
左腕をぐいっと引っ張られる。
「ほら、雪継! 行こうっ!! 私、お腹空いちゃった♪」
「分かった、分かった。こけるなよー」
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