第23話 白菜の無水鍋in四月一日家 上
「篠原君♪ お帰りなさい。お疲れ様。あ、プリンとお菓子、ありがとう。とっても美味しかったわ」
「ど、どうも」
半ば無理矢理、四月一日家へ寄らされた俺を待っていたのは、エプロン姿の静さんだった。なお、うちの両親へ報せたところ『ごゆっくり』ときた。柔軟性があり過ぎるにも困ったもんだ。
玄関には、四月一日の物ではない若い女性物の靴。妹さんが帰って来ているようだ。……もう一足は妙に見慣れた印象だったが。
「雪継、私、着替えて来るね。あ、その前に写真撮ってもいいよ? 待ち受けにしたいでしょ? でしょ??」
「……その自信は少し尊敬する。それじゃ、また明日な」
「え!?」「篠原君、帰っちゃうの?」
何故、そこで驚くのか。
俺は静さんへ回答。
「元旦ですし、流石に……。娘さんをいきなり連れ出して申し訳ありませんでした」
「……うふふ~♪ 篠原君、高校生の時もそう言ってたわね。さっちゃん、どうするの? あ、しぃちゃんのお友達は晩御飯食べて行くみたい☆ しぃちゃんがどうしてもって、さっき降りて来た時、言ってたわぁ」
「…………篠原雪継君?」
四月一日幸が、眼光鋭く俺を睨んでくる。
その意味は明確。『私と一緒に晩御飯、食べたくないの?』。……はぁ。
静さんへ尋ねる。
「……本当によろしいんですか?」
「勿論☆ パパも一緒にお酒を飲みたいんですって。今、わざわざお刺身を買いに出かけたわ」
「…………」
ハードルが、ハードルが上がっていくっ。
幸雪を迎えに行かないとだから、飲み過ぎないようにしないと。
四月一日に手を引かれる。
「ほらぁ~。上がってて! 私の部屋で待ってる?」
「…………早く着替えて来いっ」
「きゃ~♪ 雪継が怒ったぁ~」
大エース様ははしゃぎながら、家の中へ入って行った。
静さんが穏やかに笑う。
「さっちゃん、本当に明るくなって良かったわぁ。一時、お仕事のし過ぎで変になってたから……篠原君のお陰ね。ありがとう」
「いえ、俺は何も。――晩御飯、お手伝いします」
※※※
本日の晩御飯は白菜の無水ビール鍋とのこと。
……無水鍋は良く聞くけれど、ビールとのな?
作り方は無水鍋とほぼ同じらしいので、まずは、大きな白菜の根の部分を落とす。
後はもうざく切り。延々とざく切り。
量が多いように見えても、煮込んでしまえば量は想像以上に減る。切ったそばから、どんどん土鍋に入れていく。
フライパンでにんにくをごま油で炒めている静さんが褒めてくれる。
ごま油とにんにくの、良い香り。
「篠原君、手際が良いわね~☆ 出し巻き卵、とっても美味しかったわぁ」
「き、恐縮です」
白菜を切り終わり、次は豚バラ肉。
少し大きめに切って、白菜の上へどんどん重ねていく。あんまり、小さくし過ぎると食べた気がしないのだ。
切り終えると、その上からにんにくを油ごと土鍋へ。
静さんが冷蔵庫を開け、プレミアムなビールを取り出した。半分程度を土鍋へ。そこへ白出汁を入れ、火にかけ蓋。
なるほど、ビール鍋か。日本酒でも美味しそうだな。
小さなグラスが置かれ、残ったビールを注がれる。
「はい、どうぞ♪ あけまして?」
「お、おめでとうございます」
静さんとグラスを合わせ、ビールを飲む。
ん~高級な味。
「ふふふ~♪ あ~息子がいるっていいわね~! 手伝ってくれてありがとう。後は火にかけるだけだから~。何時も、ご飯作っているの?」
「時間がある時はですね」
「さっちゃんと?」
「……時々」
「週の内?」
「三……あ~季節によります。忙しい時は週一もないですね」
――嘘である。
確かに俺が決算期。奴が年度末で、時間が合わない場合はある。
が、ざっくり考えてみるとこの一年、週四日は一緒に晩御飯を食べている。土日は下手すると朝から。
けれども、それを他者に説明はし難い。
俺と四月一日幸は、高校の同級生であり、会社の同僚であり、お隣さんであって、それ以上、それ以下でもない為だ。
……まぁ、再会した当時は、本気で見ていて危なかったから、元気になったのは良い事ではあるんだが。
静さんが、タッパーに入った俺の出し巻き卵を取り出してきて、小首を傾げた。
「そうなの~? さっちゃんの話し方だと、週七……ううん。週八だと思ってたんだけど?」
「えっと……多いです。一応、世界の暦は七日制の筈です」
「だってぇ――てっきり、同棲しているんだろうなぁ、って」
「!?!!」
不意打ちを受け、動揺する。
四月一日っ! お、お前、御両親へ何て説明していやがるんだっ!?
ぴょこん、と髪を纏め、眼鏡をかけた、私服姿の四月一日が顔を出した。
「? どうしたの?? あー! ママ、それ、私の出し巻き卵っ!!」
「さっちゃんは~何時でも食べられるでしょう? 今、篠原君に聞いてたの。さっちゃん、正直に答えて」
「何? ――うん。冷めても美味しい~」
四月一日は出し巻き卵を食べ、御満悦だ。
……考えてみると、どうして俺はこんな所に。
「――篠原君と同棲したい?」
「え? もう殆どしてる――……あ」
「あ! じゃねぇっ!! してないだろうがっ!!! 嘘を言うのはこの口かっ!? この口なのかっ!?!!」
「きゃー。暴力反対~。私、嘘ついてないもんっ! 本当だもんっ!!」
四月一日はリビングへ退避。俺も後を追い、ソファーを挟んで対峙。
――静さんがくすくす笑われる。
「二人共、仲良しなのね♪ でも、同棲はしていないみたい。する時は報せてね☆」
「「…………」」
気恥ずかしさが追いついてきた。二人して赤面し、無言で頷く。
鍋からはとても良い匂い。
静さんが微笑む。
「ご飯も炊けちゃうし、食べてましょうかぁ。その内、パパも帰って来るでしょ。さっちゃん、しぃちゃんを呼んで来て。お友達もいるからね? 篠原君、お鍋を運んでくれる」
「は~い」「はい」
まず、四月一日が返事。俺に小さな舌を出し、リビングから出て行った。階段を上がる音。
俺は鍋使いを両手装備。土鍋をテーブルへ運び、カセットコンロの上へ。
蓋を開けると――
「お~凄い。こんなに水が出るもんなんですね」
「そうねぇ」
水分はビール半分程度しかいれていないにも関わらず、鍋の中の白菜と豚抜きにはきちんと火が通り、ちゃんと鍋になっていた。
山盛りにあった白菜は程よい量になっている。美味そうだ!
二階からは、何やら叫ぶ四月一日の声と――あ、あれ?
リビングを出て、廊下へ。
四月一日と少女が階段を駆け下りて来る。
「雪継っ!」「お兄ぃっ!」
「「これ、どういうこと!?」」
――現れたのは、俺の妹である篠原幸雪だった。
じ、じゃあ、友達の家って。
俺は額を抑える。……妹よ、それは迂闊ではあるまいか
『四月一日』なんて姓、早々ないんだからなっ!?
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