第28話 1月3日 帰宅後、焼餅と篠原家御手製あられおかき

「お兄ぃぃぃぃ……行かないでぇぇぇぇ……」

「幸雪……」


 翌日夕方。

 俺が実家の玄関で靴を履き帰宅しようとしていると、妹が縋りついてきた。

 半泣きで、駄々をこねる。


「明日から御仕事なのは分かってるけど、うちから行けばいいよっ! 明日、行けばまた土日お休みなんだよっ!? 帰らないでっ! お兄ぃは妹が可愛くないのっ!?!!」

「……んなわけあるか」


 頭に手を置き、撫で回す。

 幸雪はなされるがまま。もう、高校生なんだがなぁ……。

 膝を曲げ、視線を合わす。


「妹は可愛いし、実家にいれば美味い飯を食べられるのも有難い」

「なら!」

「…………でも、会社まで遠いんだよ。また遊びに来い」

「うぅぅぅ……はぁい」


 手を離すと、妹はスカートの裾を握り頬を膨らました。

 自分の鞄とお土産が入った紙袋を手に持ち、質問。


「そう言えば、聞いてなかった。四月一日の妹さんから話は聞けたか?」

「あ、うん。四月一日さんとの関係で悩んでるんだってー。仲直りしたいんだけど、切っ掛けが見つからなくて……って言ってた」

「あ~……それで俺に興味を持ってたのか」

「うん。お兄ぃのこともよく知ってたよ。……あの人、実家に帰るとよく話をしてるんだって。ってっ!!」

「俺の話?」


 小首を傾げる。

 ……そんなに話すことないと思うんだが。

 幸雪が頬を大きく膨らまし、腕組み。


「…………てっきり、お兄ぃのこと、四月一日泥棒猫さんの彼氏だと思ってたって! しぃちゃんが!!」

「俺とあいつが? ないない。腐れ縁なのは認めるし、何だかんだ長い付き合いだけどなー。あれで四月一日は人見知りなんだよ。普段は気を張ってるけどな」


 ……俺達の関係は一言で形容し難いし、少々面倒なのだ。

 腐れ縁であり、友人であり、同僚であり、お互い他者には絶対見られたくない、情けない姿—―俺は高校時代に付き合っていた先輩に振られて大泣きしている姿を、あいつは酔っぱらったとんでもない姿を、見せあっている間柄でもある。

 幸雪がジト目。


「……お兄ぃ。四月一日さんも今日、あっちの家に帰るの?」

「いんや。来週までは実家だとさ」

「ふ~ん。そうなんだぁ。良かった♪」


 あっという間に上機嫌。

 ……俺から見れば、この二人の関係性も不思議なんだよなぁ。

 携帯の連絡先はお互い知ってるし、やり取りも結構しているみたいだし、服やらな何やらも買いにいってるみたいだし。

 ……妹さん、この二人を見てモヤモヤしてるのもあるのかも?

 奥から母さんと父さんの笑い声が聞こえてきた。


「おし! それじゃあまたな」

「うん。ヴァレンタイン、楽しみにしててね♪」


※※※


「…………あん?」


 電車を乗り継ぎ、自分のマンションに辿り着いた俺は、違和感に気付いた。

 ――鍵が開いている。嫌な予感。

 いやいや。まさかな。

 幾らあいつでも、勝手に入り込んだりは…………してるな。結構。

 扉を開けて中へ。見知ったスニーカーあり。うへぇ。

 奥から、フード付きトレーナーとスウェット姿の四月一日が顔を出した。化粧すらしていない。


「あ、雪継、おかえり~」

「……お前な。幾ら何でも家主がいない時に上がり込んでるのはどうかと思うぞ?」

「え? 今更?? だって、合鍵持ってるしねっ! お腹すいたっ!! あ、それ、お土産??」


 四月一日はキョトンとし、小首を傾げる。不覚にも可愛い。

 無駄に容姿が整っているのに、無防備なのは高校時代から変わっていない。困ったもんだ。

 紙袋を手渡す。


「ん」

「重っ! 何が入ってるの??」

「新潟の餅他。今晩は何もする気になれん。焼餅とする!」


 四月一日は大きな目をぱちくり。

 満面の笑みを浮かべ、大きく頷いた。


「大賛成♪ 自分の家から、きな粉取って来るね!」


※※※


 ラフな格好に着替え、紙袋からまずは切り餅を取り出す。

 俺の隣では、四月一日が小皿にきな粉と醤油を準備中。

 個数を質問。


「何個食べる?」

「ん~……三個?」

「何で疑問形なんだよ」

「雪継は~?」

「酒を飲むから、三個で」


 テーブルの上に、『景虎』の三合瓶を置く。

 新潟の日本酒だと、『八海山』『越乃寒梅』『〆張鶴』『久保田』等が、有名所なのかな? と思う。

 けれど、俺は『景虎』が好きなのだ。こればかりは好みなのだろう。

 四月一日が切り餅をトースターに並べていく。


「おつまみは~?」

「ふっふっふっ……」

「何よ? 気持ち悪い笑い声出して」


 大エース様は冷蔵庫からトマトやきゅうりを取り出し、簡単なサラダを作り始めた。……あれ?


「生野菜、持ち込んだのか?」

「うん~。ママに持たされた。『出汁巻き卵の御礼♪』だって。雪継、うちの家族からの信頼度凄く高いよ。……妹からもね」

「はぁ」


 俺は薬缶に水を入れ、火にかける。まだ南部鉄器のそれではない。注文して春先までかかるそうだ。

 玉ねぎを刻み、小さな鍋へ。

 少し離れて、親父と母さん手製のとっておきのつまみ――わざわざ、一ヶ月以上天日で乾かしておいた鏡餅を砕き、揚げ、甘辛く味付けしたおかきを適当に御椀に入れ、三合瓶と一緒にキッチンへ持ち込む。

 四月一日が手早くサラダを作り終え、俺と入れ替わりで玉ねぎを炒めながら聞いてきた。


「何? 何?? それ?? 美味しそうっ!」

「篠原家特製揚げおかきだ。これ以上のおかき、煎餅の類を、俺はこの世の中でもう一つしか知らない。お前も飲むか?」

「もっちろんっ! あ、後で『黒龍』も飲む? パパに持たされたの。今度、酒を酌み交わしたいって」

「……飲みたいが、お前、俺のことどういう風に話してるんだ? 一抹の不安があるんだが……コンソメスープでいいよな? 卵ないし」

「え? ありのままを話しているだけだよ? ありのままをね★ 卵も貰ってきたっ! なので、中華スープで!」

「…………了解」


 不穏な言葉を聞き流し、小鍋にお湯を注ぎ中華だしを適当に入れる。

 片手で二つの御猪口に『景虎』を注ぎ、


「まぁ、お疲れ」「お疲れ~。薬缶、楽しみだね」


 御猪口をぶつけ合い、飲み干す――美味し。

 冷蔵庫から卵を取り出し、小さなボウルに割り、とく。

 トースターが呼んだ。

 御猪口を片手に、おかきをぽりぽり食べながら四月一日が近づいた。


「お餅、私がやるね~。雪継、きな粉も食べる? むしろ、食べろ!」

「醤油二個ときな粉で。明日はお汁粉にするか? 親父の餡子も貰ってきたし」

「食べたいっ!」


 小鍋にといた卵を流し入れ、胡椒を振り簡単中華スープに。

 これまた土産の焼き海苔を取り出し、余熱が残っているトースターで少しだけあぶる。いい匂い。

 大き目の海苔で醤油餅を摘み、一口。


「あ~ずる~い」

「こたつで食べようぜ。……明日から会社だし、せめて三日の内はだらけていてぇ」

「…………休んじゃう?」

「…………四月一日幸さん、それは悪魔の誘惑だ」


 二人して、餅とサラダ、中華スープ、それにつまみのおかきを運ぶ。

 炬燵に入り込むと、四月一日が目の前に座った。

 頭を天板上に乗せ、じたばた。


「やだやだやだやだぁぁぁ! どーせ、明日はメーカーも動いてないんだし、休みでいいの…………雪継、飴ちょうだいっ!」

「ふむ。具体的には?」

「温泉っ!」

「――俺さ、冬になるとスキー場のココアが飲みたくなるんだわ」


 海苔で挟んだ醤油餅を食べながら、答える。

 四月一日が顔を横にして、俺を見た。


「だから、温泉あってスキー出来る所にしねぇ?」

「何時? 何時、行く!?」

「……何処、とは聞かないのかよ」


 苦笑しながら冷酒を飲み干し、サラダを摘まむ。

 上半身を起こした、四月一日は不思議そうな顔をした。


「え? だって、雪継が選んだ場所なら、何の問題もないでしょ?」

「…………雫石。二月の土日と祝日合わせ現実的だろうな」


 気恥ずかしくなり、おかきを食べる。

 ――四月一日家は何故か俺への信頼度が高い。

 そして、その中で最も高いのが四月一日幸なのだ。


「りょーかいっ! あ、でも、雪継、スキー出来たっけ? 高校時代は下手くそだったよね??」

「失礼な。人並みには滑れるわ。――全然、別の話だが、妹さん」

「…………雫に手を出すのは順番が違うと思う」


 四月一日は声を低くし、俺を細目で見てきた。

 どういう発想だよ……呆れ返りながら、おかきを大エース様の口へ放り込む。


「妹さん、お前との関係で悩んでるみたいだぞ? 別に嫌ってないんだったら」

「……複雑なのー。私と雪継程じゃないけどねー」

「そっか」

「……聞かないの?」


 綺麗な瞳で俺をみてきた。

 軽く手を振る。


「お前が話したくなさそうだしな。まぁ、少なくとも言えるのは、妹さんはお前のことを嫌ってないみたいだぜ?」

「…………うん、ありがと。で? 雫石の何処に泊まるの~?」


 ――その後、二十二時過ぎまで何やかんや飲んでいた。

 なお、四月一日が最後の最後まで酔ったふりをして『とーまーるー』と喚いていたが、容赦なく家へ帰したことを報告しておく。


 明日からは、また会社だ。

 確か、二月には春入社の新人さんも、職場見学に来るみたいだし、頑張らねば。

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