第24話 元聖女様、姉になる


「━━━というわけで今日からこの子達はうちの従業員になりました」

『ミサキ様らしい判断ですね。かしこまりました』


 宿の客引きにいったはずなのに特に宣伝の効果もないまま幼い子供を二人も引き連れて帰って来た私はマリオさんにことの経緯を説明した。


「ルーナちゃんの方はまだ動けるような状態じゃないので引き続き私が治療します」


 連れ帰った兄妹のうち、妹ちゃんは体がかなり弱っているので動き回ることはしばらく先になりそうで、それまでは私とマリオさんが交互に様子をみる。

 兄の方は痩せてはいるけど何か重い病気に侵されていたりはしていなかったし、念のために治癒魔法も使った。

 彼はここでのルールを覚えてもらったらすぐに働いてもらう予定だ。


「シリウスくんちょっとこっちに来て」

「シリウスでいいよ。くんなんてつけられてもムズムズするだけだ」


 私に呼ばれてやって来たのはお風呂に入ってさっぱりした人間と魔族のハーフの少年。

 黒色だと思っていた髪は汚れが溜まっていてそう見えただけで、髪を洗うと本来の茶色が出てきた。

 犬の耳と尻尾も茶色で、なんとなく前世で見た柴犬を思い出す。


「お風呂気持ちよかった?」

「別に」


 ぶっきらぼうな態度でシリウスは言うが、尻尾の先が左右に揺れているので悪くは無かったのだろう。


「今、マリオさんがご飯の準備をしてくれているからね」


 テーブルに案内して少し待つとマリオさんが料理を運んできた。

 急に豪華な食事を食べても胃がビックリするだろうということで白いパンと野菜のスープが用意された。

 出された食べ物に恐る恐る手を伸ばすシリウス。

 だけど、パンを一口食べると今度はスープの器を掴んで一気飲みしたのだ。

 続いてパンを次々と口の中に吸い込まれていく。


『胃は問題無かったようですね』

「これだけ元気なら心配ないみたいです』


 数分もしないうちにテーブルの上は空の皿だけになった。

 全部食べてしまったシリウスはパンが乗っていた皿を物足りなさそうに見ていたのでおかわりがいるかを聞くと遠慮がちに頷いた。


「よく食べる小僧だ。遠慮を知らんのか?」

「それをリュウさんがいいますか」


 押し入るようにここへやって来て、毎日お酒とおつまみをねだるドラゴンに私はツッコむ。

 宿に移動するまでにシリウスはリュウさんがドラゴンの姿になるのを見ていて、それ以降は生意気な態度をとっていない。

 まぁ、普通に勝てないもんね。


「美味しかった?」

「うん。こんなに腹がいっぱいになったのは久しぶりだ」

『それは料理人冥利に尽きます。今後は毎日このような食事ですので飢えにはご安心を』


 マリオさんが皿を片付け、改めて私達は席に着く。


「今後シリウスには宿の雑用をしてもらいます。空いた時間は私と読み書きや計算の勉強をするね」

「頭使うの嫌いだ……」

「我と同じだな! そういうのは他の者に任せておけばよい!」

「いい? 勉強しないとああいう大人になるの。それで悪い人からルーナちゃんを守れる?」

「わかった。勉強するよ」


 リュウさんが一人、「我、バカにされなかったか?」と呟いた。

 あなたは私達の中で一番年上なんだからもっとしっかりしてほしい。


「じゃあ、さっそく勉強しようか。文字が読めないと計算式も書けないしね」


 こうして元の世界で最終学歴が小学生な私によるマンツーマンの勉強会が始まった。

 年をとって頭が固くなった大人と違って、まだ若いシリウスは覚えが早かった。

 相変わらずお客さんが来ないので勉強時間はたっぷりと確保出来た。

 そして夜になるとルーナちゃんの枕元に行ってその日の出来事や学んだことを語り聞かせた。


 私の治癒魔法とシリウスの根気強い介抱が何日か続き、病に体を侵されるて死の淵を彷徨っていたルーナちゃんは目を覚ました。


「……おにぃちゃん?」

「ルーナ!」

「もぅ……くるしいよ……へへっ」


 妹が起き上がって、シリウスはわんわんと大泣きしながらルーナちゃんを抱きしめた。

 兄妹の微笑ましい姿に私も感動してもらい泣きしそうになった。

 マリオさんはしみじみと『よかったです』と言い、二人を受け入れるのに好意的では無かったリュウさんはというと、


「……ぐずっ……チーン!」


 思いっきりタオルで鼻を噛んでいた。

 嗚咽が堪えきれてないのでこっちが泣けなくなっちゃう。


「ルーナ。これからオレ達はここで働くんだ。ここのみんなはスッゲーんだぞ」


 シリウスが興奮気味にこれまでの経緯をルーナちゃんに伝える。

 もう誰も自分達をいじめたりしないこと、美味しいご飯がお腹いっぱいに食べられること、勉強が想像していたよりも楽しいこと。

 兄からの言葉をルーナちゃんは目を輝かせながら聞いた。


「よろしくおねがいします。ミサキおねぇちゃん」


 シリウスと一緒に私に向かって頭を下げるルーナちゃん。

 その瞬間、私の脳内に存在しない記憶が溢れ出した。


「なんでもしてあげるから頼ってちょうだい! 私はルーナちゃんのお姉ちゃんだからね!!」


 初めてお姉ちゃんって、しかもこんな可愛らしい女の子に言われたら守りたくなっちゃった。

 教会の子達にも聖女様とした呼ばれなかったから尚更嬉しい。


「マリオおにいさんもごはんありがとうございました」

『……お菓子が食べたくなったらいつでもワタシに声をかけてください』


 ちょっとマリオさん。一瞬で陥落しなかった?

 表情は見えないけれど、明らかに態度が変わったよね? 私がお菓子を要求しても一日一回しかくれないのにルーナちゃんは無制限ですか!?


「リュウおじちゃんもありがとう」

「我だけおじちゃん呼びだと!?」


 この中で誰が一番年寄りなのかを知ってか知らないでか、おじちゃん呼びされたリュウさんがショックを受ける。

 その姿があんまりにもおかしかったので私達全員は顔を合わせて笑いを吹き出した。


「むぅ! 我を笑う者はこうしてやる!」

「きゃ〜おじちゃんたかーい!!」


 なんだかんだ言ってリュウさんも仲良くしてあげられそうだ。


「ミサキ……姉ちゃん」

「あら? 初めて名前で呼んでくれたね」

「アンタが年上だからな。目上の人は敬ってやる」

「一歳しか変わらないのに。……まぁ、いっか」


 天国の養父さん。

 私に新しく弟と妹が出来ました。




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