第45話 竜王と聖女のいる宿のお話

 

「見えてきましたよ!」


 雲一つない空をビュンビュンと切り裂きながら大きなドラゴンが飛行する。

 王都で壊れた建物や結界の修復を終えた私達三人はやっと宿のある場所まで帰ってきた。

 リュウさんの姿は多くの王都に住む人達に見られているので、フェイトさんの魔法で一時的に姿を隠していたけど、それももう必要ない。

 むしろこれからは積極的にドラゴンの姿を見せた方が安全になるとロイド陛下達が話していた。


「やっぱりリュウさんに乗ってるとあっという間でしたね」


「我の本気はこんなものではないぞ。その気になれば音より速く世界の裏までひとっ飛びだ」


「まぁ、その速さだと魔法をかけていても常人だと気絶するけどね」


 自慢げに語るリュウさんだけどフェイトさんの補足を聞いて私は真っ青な顔になる。

 ジェットコースターよりちょっと遅いくらいの今が丁度いいのでリュウさんを決して調子に乗らせないようにしよう。


「この辺りで降りるぞ」


 真下に宿の裏庭が見えて何人か人が集まってきたのが見えた。

 地上で生活している時は避難してきた人達のキャンプ地を含めてそこそこ広いと思っていたけど、こうやって空から見下ろすと森ばっかりで未開拓の土地なんだと実感する。

 近くにいた人達を吹き飛ばさないようリュウさんは丁寧に着陸してくれた。


「ミサキ姉ちゃん!」


「ミサキおねえちゃん!」


 フェイトさんに抱えてもらう形で地面に足をつけると、真っ先に犬耳の兄妹が近づいて来た。


「ルーナちゃん! シリウス!」


 飛び込んできた幼いルーナちゃんを受け止め、シリウスとハイタッチする。

 ちょっと離れていただけなのに凄く懐かしい気がするのは不思議だ。


『おかえりなさいませミサキ様』


「ただいまです。マリオさん」


 仕事中だったのを抜け出したのかエプロンを着ていたマリオさんがお辞儀をする。

 その後はララァさんパーティーと、協力してくれていた人達が出迎えてくれた。


「ご無事で何よりです。魔王様、ミサキ様」


「アズリカさん!? どうしてここに?」


「ボクが呼んだんだよ。ミサキちゃんがいない間に何かあっても困るし、念のため信頼出来る部下を配置したんだ」


 まさかの人物までいて驚いた。

 家事も執務の補助もこなせるスーパーメイドさんがいてくれたなんて心強い。

 見た目も綺麗で美人さんだから憧れちゃうなぁ……。


「おいおい。我を出迎える者はいないのか?」


「だって、リュウの兄貴が飛び出したせいでミサキ姉ちゃんが追いかける羽目になったし」


「おじちゃん、めっ!」


 人の姿に変身したリュウさんだが名前を呼んでもらえず拗ねてしまう。

 そこに兄妹からの鋭い指摘をされて胸を押さえて苦しみ出した。


「ぐふっ……」


「あれま。無敵のリュウの旦那にも弱点があるもんだねぇ」


 確かにパワーでは最強かもしれないリュウさんだけど、ご飯抜きにされたり子供達から嫌われたりすると落ち込むんだよね。

 実はメンタルよわよわドラゴンだったりするのかな?

 まぁ、仮に私がルーナちゃんに嫌われたらおねえちゃん失格のショックで三日は寝込むけど。


「とりあえず宿の中に入りましょうか。色々話しておくこともあるので」


 私達の帰還を喜んでくれるのは有り難いけど、リュウさんが飛んで来るのを見て避難していた人達が続々と様子を見にきた。

 彼等にも話すことはあるけど、今は宿に関わっている人を中心に今後の活動方針を伝えなきゃ。


『それでは皆様の飲み物をご用意致します』


「私もお手伝いしましょう」


 気の利くマリオさんとアズリカが準備してくれる中、宿の食堂に全員座る。

 なんだかんだで大人数が集まる時はここになるんだよね。

 ララァさん達は避難民の中からまとめ役をしていた眼鏡をかけたクマみたいな魔族の人を連れて来た。

 私も何度か話して野菜の収穫を手伝ってくれたいい人だ。


「じゃあ、全員揃ったようだから王都でどんな動きがあったか話すね。事前に連絡していた通りの事があったんだけど……」


 王都組の代表として話始めたのはフェイトさんだ。

 なお、宿にいるみんなを不安にさせないようリュウさんを止めたその日にフェイトさんの魔法で簡単な連絡はしていた。

 転移魔法といい、通信魔法といいフェイトさんには助けられっぱなしだ。

 集まったみんなが真剣に話を聞く中、私は隣に座るルーナちゃんを撫でながら王都で別れを告げた神官見習いの子供達のことを考えた。

 いつかこの宿に彼等やロッテンバーヤさんを招待してみようかな?

 それでシリウス達と仲良くして魔族が全然怖くない相手だって知ってもらえたら嬉しいな。


「以上が王都でボクらとイーストリアンの王様が話し合って決めた内容だよ」


「王城ぶっ壊してお咎めなしって新しい王様は懐が広いね。それだけ自分らが悪いことしたって思ってるなら安心だよ」


「我々避難民もこれで眠れぬ夜を過ごさなくて良さそうです。本当にありがとうございました」


 王国に住む魔族だったララァさんと眼鏡クマさんがホッと胸を撫で下ろした。

 気丈に振る舞ってはいたけど、やっぱり人間と敵対状態だったのは彼等にとって大きな負担になっていたのだ。


『しかし、町づくりとは大きく出ましたね』


「最初は街道の整備と小さな村づくりからだね。また親方にお願いしないとなぁ」


 フェイトさんが話しているのは宿の改装を担当してくれた賑やかなドワーフの女親方が率いる職人集団だ。一つの村を作るとなると大仕事になるから私がおもてなしをして頑張って仕事をしてもらわなきゃ。


「イーストリアン王国側からも近々使節団が来ます。例の騎士達もその時に迎えに来るそうですけど、今はどうしてますか?」


「そちらは怪我の治療をした後で宿から離れた場所に隔離しております。私の魔法で結界を張っているのでご安心ください」


 私の問いにアズリカさんが答えてくれた。

 なるけど。このためにフェイトさんは彼女を呼んだわけだ。

 騎士達が暴れたり逃げ出さないためでもあるけど、恨みを募らせた魔族の人が暴走しないようにする意味もあった。


「ロイド陛下と教皇代理から書状を預かっているから彼等にも大人しくしておくよう話をしないとね」


「その時は我もついていくぞ。元の姿を見せれば黙って命令を聞くだろう」


「リュウさんはやり過ぎないでくださいね。これからは乱暴者じゃなくてキチンと話が通じるドラゴンとして動かないと討伐対象にされちゃいますよ」


「いや、リュウの旦那を討伐できたらそいつは勇者クラスだよ」


 急にウキウキしだすリュウさんに釘を刺しておく。

 魔族と人間が仲良くなるために悪いイメージをあまり持たれたくないからだ。


「なぁ、使節団って何なんだ?」


 大人しく話を聞いていたシリウスが疑問を口にする。

 私は日本にいた頃や聖女時代に耳にしていた言葉だけどまだ勉強途中のシリウスはピンと来ていないようなので説明してあげる。


「えっとね、この宿と宿の周辺がみんなが集まって暮らせるような場所に相応しいのかを視察しに来る人間の偉い人達のことよ」


「だったら宿の大掃除と歓迎の準備しなきゃいけないな。今はこんなんだし」


 シリウスにそう言われて私は宿の中を見渡した。

 うぐっ。避難して来た人達の手伝いをするために休業していたから所々掃除が間に合っていない。

 食材も質より量を優先したし、ベッドなんて具合が悪くなった人やお年寄りに貸し出してお客様を迎え入れられる状態じゃなかった。

 とはいえ、使節団の偉い人に野宿させるわけにもいかないのでそれまでに気合を入れて準備しなくちゃいけない。


「必要な物資はこちらで手配するよ。ボクはオーナーだしね」


「では魔王様。早速こちらにあるリストを転移魔法で運んでくださいな」


「……今日くらいは休みじゃダメかい? 頼むよアズリカ」


 縦長の用紙を手渡されて汗をかくフェイトさん。

 メイドからこき使われそうになる魔王様なんて見ていてかわいそうになるけど、実際にはフェイトさんの魔法が便利過ぎるから仕方ない。

 一家に一台魔王様がいれば素敵だけど、彼は今回の功労者なので出来ればゆっくり休んでもらいたい。


『アズリカ様。ミサキ様や竜王様も移動でお疲れでしょうから今晩はご馳走を振る舞いたいと思います。手伝いをお願いしてもよろしいですか?』


「そうですね。一件落着しましたし、そういたしましょうか」


 横からマリオさんがフォローしてくれてアズリカさんはフェイトさんへのお使いを断念した。

 疲れを癒すことを優先するメイドの鏡だ。(ただし、自分の主人は除く)


「助かったよ。彼の方が人よりよっぽど気の利く存在だ」


「うちの自慢の従業員ですからね」


 何せリュウさんより先に出会って腹ペコの私を救ってくれた恩人だ。

 本人は私から魔力を貰って命令に従う道具だなんて思っているかもしれないけどとんでもない。

 大切な私の仲間の一人だ。


「よし、じゃあルーナはオレと一緒に宿の掃除だな」


「うん。がんばる!」


「アタシらだけ何もしないわけにもいかないし、食材の調達でもするかね」


「「「お供しますリーダー!!」」」


「ならば我も手伝ってやろう! 期待して待っていろよ貴様ら!」


「では、自分は今の話を外で待つ皆の者にしてきますね」


 食堂に集まっていた全員がそれぞれの役割を決めて宴を開くため一斉に動き出した。

 私も不在にしていた間の患者の治療や任せっきりだった畑の様子を見にいかないと。


「ちょっといいかい。ミサキちゃん」


「は、はい」


 椅子から立ち上がろうとしたらフェイトさんに呼び止められる。

 まだ食堂に残っているのは私達二人だけだ。


「実は、この宿について君に話しておかなきゃいけないことがあるんだ」


 深刻そうな顔で腕を組んで私を見つめるフェイトさん。

 えっ、さっき話したので全部じゃなかったのだろうか?

 それとも私だけにしか言えないような何か重大で大きな問題が……。

 ごくり、と喉を鳴らして私は続く言葉を待つ。


「いい加減この宿に名前つけよっか」


 緊張が台無しになって、ズゴーっとコケそうになる私にフェイトさんは笑いながら話を続ける。


「いやぁ〜、〈宿〉とはずっと呼んでたけど流石にこれからのことを考えたら名無しはダメだと思うんだよ。町のトレードマークになるわけだし」


 た、確かに一理ある。

 実は宿以外に何もなくてお客さんも少なかったので名前は後回しにしていた。

 シリウス達の村で配ったチラシも〈森の奥の宿〉と書いたり冒険者達は〈デッカいドラゴンのいる宿〉と呼んでいたり名称がバラバラだった。

 普通は地名や特長になるものを使って名前をつけるけど、オーナーが魔王なので客足が遠ざからないよう使用しなかった。

 私だって聖女ではなくなっていたし、リュウさんの存在もなるべく隠していた。


「そうですね。やっぱり名前が無いと不便になりそうですし、考えないといけませんね」


「これから他の宿だって増えるだろうし、何かインパクトのある名前にしなきゃね」


 フェイトさんはこう言うが、最近はそんなこと心配してる場合じゃない事件が連続していて急には思いつかない。

 一度つけたらこれからずっと使うわけだし、慎重に考えないと……でも、使節団が来る前までに看板とか用意しないと気まずくなっちゃうのでは!?


「フェイトさん。何かいい案あります? オーナーなんですからいい案ありますよね?」


 不安になった私は魔王様の肩を掴んでガクガク揺らす。

 助けてフェイトえも〜ん!


「落ち着きなよ。実は今日、竜王の背中の上で名前について考えていたんだ」


「おぉっ。それで何を思いついたんですか?」


 やっぱり頼りになる魔王様だ。

 フェイトさんは自信満々にどこからか取り出した紙にこれまたいつの間にか手にしていた筆で文字を書き始める。


「我ながら妙案だと思うよ」




 ♦︎




 帰還祝いの宴を開いてそれから数日後。

 リュウさんとシリウスによって大きな木の看板が宿の入り口に取り付けられる。

 達筆で読みやすい字はなんとマリオさんが書いてくれた。

 私とルーナちゃんは無骨な印象にならないよう看板にちょっとだけ落書きをした。

 フェイトさんとアズリカさんには今度配るチラシの手配をお願いしてある。


「こんなものでよいか?」


『えぇ。問題ありません』


 設置が終わったようで宿の関係者が集まって改めて看板を確認する。


「うーん。ボクのセンスが光ってるね」


「竜王様に負けて一部変更になりましたがね」


「それは言わないでよアズリカ」


「でも、本当に良かったんですか? フェイトさんの名前が入って無いんですけど」


「いいや、これでいいんだよ。ボクの名前の地名とか建物とかもうあるしね」


 サラッと凄いことを言うフェイトさん。

 まぁ、魔王様なんだしそういうこともあるんだろうけど、私はかなり恥ずかしい。


「我の要素が少なくないか?」


「リュウの兄貴は従業員だろ。女将はミサキ姉ちゃんなんだから我慢しろって」


「ルーナこの名前すきー!」


 みんなが思い思いの感想を口にする中、私は改めて看板に書かれた名前を読む。


 《竜聖の宿ミサキ》


 竜王と聖女が一緒に住んでいる宿屋だから《竜聖》。

 フェイトさんの原案は逆で語呂がいいと思ったけど、リュウさんがゴネて竜の文字が先になった。

 それは別に構わないけど、問題はその続きだ。


「女将の名前が宿の名前とか主張強過ぎませんか!?」


 これだと私がリュウさんより自己主張の強い目立ちがり屋みたいに思われそうだ。


「ちゃんと説明したでしょ? 諦めなよミサキちゃん」


 フェイトさんが宿に私の名前をつけた理由。

 それは、私の名前をより広く世界に広めるためだ。

 きっかけは私が自分の記憶喪失のことをフェイトさんとリュウさんに話したからだ。

 亡くなった養父様の話をするついでに喋ったことを彼が覚えていた。


「ミサキの知り合いを探しやすくするためだったか? これだけデカデカと書けばよく目立つな! 我より目立ちたがり屋にも思うがな」


「あー! リュウさんが気にしてること言った!」


 この世界のどこかに記憶喪失になる前の私を知る人がいるかもしれない。

 異世界からやって来たのが私だけじゃなかったらいいなという、そんな淡い希望を叶えるための名付け。

 私が女将をフェイトさんから引き受けた時も人の集まる場所なら何か情報が手に入ると考えていたし、ある意味ちょうどいいのかもしれないなと思った。

 というか、そう思い込むことで恥ずかしさを紛らわせたい。


「はいはい。おふざけはそのくらいにして今度来る使節団をおもてなしする準備をしなくちゃね」


「我が連中を馬車ごと運んでやるのはどうだ?」


「それは誘拐と変わらないから却下! リュウさんはもっと考えて発言して下さい!」


 自分が本当は何処の誰なのかわからないまま異世界に放り込まれてもうすぐ四年目が近付いている。

 手がかりは何も掴めないまま、育ての親が亡くなって与えられた聖女の地位も失った私は途方に暮れた状態でこの地にやって来た。

 でも、人も魔族も寄りつかないような場所で私は運命を変える出会いを果たした。

 そこから異世界に来て初めて自分の意思で色々な選択をして自分の進む道は一つだけじゃないことに気付かされた。


 きっとこれからも多くの出会いや別れを繰り返すだろう。

 もしかすると自分の過去については何も思い出せないかもしれない。

 けれど、それを怖がって不安な気持ちになることは減っていくと思う。

 過去よりも今、そして未来に夢と希望を持っていた方が人生楽しそうだから。


「なぁ、ミサキ」


「何ですかリュウさん? また変な事を言ったら怒りますからね?」


「改めて聞くが貴様の願いは何だ。我が叶えてやろう」


「じゃあ、トイレ掃除と薪割りお願いしますね。それが済んだら今晩の食材調達に行ってください」


「……ガハハハハハッ! やはり貴様は面白いな!」


「サボったらオヤツ抜きですからね」


「うぬ。わかった……」


 変なことを聞くドラゴンだ。

 おかげで初めて会話した日のことを思い出した。


「リュウさん」


「何だ?」


「これからも私の我儘に一緒に付き合ってくださいね」


「言われなくても分かっている。貴様が何を思っているかは筒抜けだからな」


 私は自分で自分の幸せが何なのか探したかった。

 人任せにして流れに身を委ねるのは違うと思っていた。

 でもまぁ、時には人を頼ったりするのも悪くないんじゃないかと考えるようになった。

 こんなに頼りがいのある大きな背中なんだからちょっとくらいは良いよね?


「……ふっ。幸せそうにしおって。やはり見ていて飽きんよ貴様は」


「何か言いました?」


「さて、食材の調達も偶にはミサキを連れて行ってやろうかな!」


「えっ、ちょっと勘弁してください! あと、体を持ち上げて荷物みたいに運ぶなー!!」

























《第一部 完》



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追放された元聖女ですが、宿屋の女将始めました! 天笠すいとん @re_kapi-bara

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