第44話 元聖女様と神聖教会
フェイトさんがお爺さんとロイド陛下にかけ合ってもぎ取った私の待遇は破格のものだった。
まず、聖女という立場には戻ることになった。けど、暮らすのはこれまで通りに宿の方で年に一度だけ王都を訪れて教会の会合に参加すれば後はご自由にというものだった。
緊急事態が起きた場合は要請に応じる必要があるけど、巨大なドラゴンが王都を襲う事態なんてそう簡単にはないのでこれも書類だけの約束になりそうです。
ゴグワールの娘であり、現聖女でもあるソアマは治癒能力が希少なためそのまま聖女の地位にはいるけど精神的な未熟さを直すために王国の各地を巡礼して回る旅に出ることになった。
この旅は肉体的にも精神的にもかなりキツく、これまで横暴な振る舞いをした彼女への罰になるそうだ。もしも彼女が逆らえば獄中のゴグワールの刑罰が重くなるという。
ちょっとかわいそうに思えるが、お爺さんとロイド陛下曰くこれでもまだ軽いのだそう。
それから移住する人達が住む場所にも教会を立てて私がそこの責任者をすることにもなった。
宿の仕事があるから断ろうとすると、こちらは名前だけ貸すことになり、実際には教会本部から派遣された神官が運営するらしい。
「では、これからよろしくお願いしますね。ロイド陛下」
「こちらこそ。どうぞ民達をよろしくお願いします」
人間の国の王様と魔王が仲良く握手する歴史的な光景をもって一日中かかった会議は幕を閉じた。
それと同時に私達への行動制限も解除されたのでこうして私は一人で教会の本部を訪ねている。
「じゃあ、リュウさんとフェイトさんはここまでで」
「なんだと!? 我は中に入れないのか?」
「まだボクらのことは公表されてないからね。それにどうみても不審者でしょボクら」
頭からツノが生えたリュウさんも浮世離れした美貌を持つフェイトさんも顔が見えないように深くフードを被っているし、背も高いので私と並んで歩いていると浮いて見える。
それに教会本部には王都とはまた別の結界もあるので魔族のフェイトさんは入れない。
リュウさんも多分無理だとは思うけど、その気になって壊されたら大変なので大人しくして欲しい。
「あんまりフェイトさんに迷惑かけちゃ駄目ですよ!」
「我を子供扱いするな!」
「はははっ。じゃあミサキちゃん、後で迎えに来るね」
どの口が言ってるのやら。リュウさんなんて力が大きくて見た目が大人なだけで中身はシリウスと同じくらいの子供だ。
空気を読まない分、下かもしれないが。
しっかりと釘を刺した私は二人と別れて久しぶりの教会に足を踏み入れる。
先に教会へ戻った教皇代理のお爺さんが話をしてくれているので私は慣れた足でかつて暮らしていた場所に向かう。
外からは見えない教会の奥の建物の廊下を歩く。
「ミサキ様?」
目的の部屋からちょうど出てきた人物が私の名を呼ぶ。
まだ別れて数ヶ月しか経ったいないのに白髪が増えたのは色々と苦労したからなのだろう。
「お久しぶりです。ロッテンバーヤさん」
「本当にミサキ様なのですね!」
ふくよかな体型の元お世話係の修道女が勢いよく駆け寄って私に抱きついた。
洗濯をした後なのか石鹸の良い香りがする。
頭を撫でたり肩に触れたり、私が本物なのを念入りに確認しながらロッテンバーヤさんは涙を流していた。
「ミサキ様がいきなり姿を消したと聞いた時はもう気が気じゃありませんでした。こうして無事な姿を見れてわたくしはもう……」
「ご心配おかけしました。ちょっとお話ししませんか?」
このままだと全身の水分が無くなるまで泣きそうなので、ロッテンバーヤさんを宥めて、話が出来そうな彼女の部屋へと移動する。
教会を追放される前と何も変わらない彼女の部屋の匂いが懐かしくて聖女時代を思い出す。
礼儀作法に厳しくてお説教が多かったけど、私が寂しがったりしたらこの部屋でホットミルクを飲みながら相手してくれたっけ?
養父様も途中から参加して夜に語り合った日々が酷く遠いことのように思えた。
「美味しいイチゴのジャムが手に入ったので入れますね」
「うわぁ! 嬉しい!」
温められたミルクの中にジャムが入ることで甘さが増して美味しくなる。
季節毎に手に入るジャムの味が違うのでその変化も聖女時代の私のささやかな楽しみだった。
「噂は聞いていましたが、流石はミサキ様でしたね」
「噂ですか?」
二人分のコップを用意してテーブルを挟んだ向かい側に座ったロッテンバーヤさんが気になることを言った。
「ええ。何でもこの前突如現れた恐ろしいドラゴンを聖女様が聖なる祈りでしもべにしたって。お城の方で凄い音がしましたし、空に向かって光が飛んで行った時はわたくしの心臓が止まるかと思ったんですよ」
あの光景の一部は王城からも離れた場所で見られていたようだ。
しかし、聖なる祈りね……。リュウさんの攻撃を止めたのはフェイトさんで私は泣きついただけなのに。
あと、しもべの部分はリュウさんに絶対聞かれちゃいけないやつだ。怒ってまた暴れ出しかねない。
「ソアマとかいう娘は聖女に相応しくないと思ってたんですよ。あの子じゃないとなるとミサキ様しかおりません。やっぱり神聖教会の聖女はミサキ様ですね」
嬉々とした様子で現聖女の悪口を言うロッテンバーヤさん。この人とあのソアマって人だと確かに相性が悪そうだし、第一印象なんて最悪だったからロッテンバーヤさんの言い分もわかる。
「またミサキ様にお仕え出来るなんてわたくし幸せです。見習い達も喜ぶでしょうね」
「あの、そのことなんですけど……」
ニコニコとした顔のロッテンバーヤさんに申し訳ないと思いながら私は話を切り出した。
彼女へと伝える内容は多くて長くなる。
私が教会を追い出された後に何があったのか、今はどこで何をしているのか。そして、これからどうするのか。
全てを語り終わった頃にはコップの中身は空になって日が傾いていた。
「……大変だったのですね」
いつの間にか取り出したハンカチで目元を拭うロッテンバーヤさん。
私の話を聞きながら一喜一憂していた彼女は立ち上がると私の側に立って手を取った。
「ミサキ様がそのように決断されたのならこのロッテンバーヤはお止めしません。ペトラ教皇様もきっとお喜びになりますよ」
「そうでしょうか?」
「はい。わたくしが保証しますよ」
そう言って微笑みながら頷いてくれるロッテンバーヤさんの優しさが心地よくて私も少し涙腺が緩くなる。
かなり長い間話していたせいでリュウさんやフェイトさんを待たせているかもしれないのでそろそろ帰ることを話す。
最後に寄りたい場所があったので移動しながら最近の教会の様子について雑談し、教会の敷地内にある墓地に着いた。
墓標が立ち並ぶ中で比較的新しくて大きなものを見つけてその名前を確認する。
「ゴグワールの奴は墓なんて作らせないって言ってたんですが、わたくしや親しかった神官の一部で勝手に用意したんですよ」
「ありがとうございます。実はもしかしたら無いかもって心配だったんです」
養父様の名前が彫られた墓石の前には新しい花束が置かれていて、今も弔いにくる人がいるのだろう。
どれだけあの人が慕われていたのかこの花束と綺麗に掃除された墓を見ればわかる。
私は地面に膝をついて養父様の眠る墓に弔いの祈りを捧げる。
養父様。私、聖女の仕事以外でやりたい事を見つけましたよ。
毎日が楽しくて、驚きや発見が多いです。
考えられないような凄い人にも会ったし、空も飛んだんですよ。
記憶はまだ戻らなくて自分がどこの誰だったのかもわからないけど、今はそれでもいいんです。
あの日、私を拾い上げて聖女にしてくれたおかげで私はこの世界で自分の幸せを見つけることが出来ました。
まだまだこれからやらなくちゃいけないことがありますけど、精一杯頑張ります。
だからそっちから温かい目で見守っていてくださいね。
「じゃあ、行きましょうか」
強く、空の上の養父様に届くように願った。
ちょっとだけ魔力が漏れて光っちゃったけどロッテンバーヤさんは何も言わずに見守ってくれた。
年に一度は王都に顔を出すので、その度にお墓参りはしようと思う。
教会の出入り口の門までロッテンバーヤさんは見送りをしてくれて、情報を聞きつけた見習い神官の子供達も集まっていた。
「みなさんにこれからも神のご加護がありますように」
「「「聖女様にもご加護がありますように」」」
前は何をされるかわからなくて出来なかったお別れをして教会を出る。
異世界に来て3年間も過ごした場所に愛着は当然あって少し寂しい気持ちになった。
「遅いぞミサキ!」
教会の敷地を出たら二人が待っていてくれた。
手に持った袋から香ばしい匂いと串がはみ出ているので近くの屋台で何か買ったのだろう。
他にもお酒の瓶らしきものも見えたので王都の散策を満喫したみたいだ。
「大切な用事は済んだかな?」
「はい。ちゃんと挨拶してきました」
それは良かったと言って微笑むフェイトさん。
魔族と人との共存を目指すこの人を養父様にも紹介してあげたかったなと思った。
偶に怖い一面も見えるけど気遣いが出来て紳士的なフェイトさんは素敵な人だと改めて気付かされる。
「リュウさんってばこんなに食べ物買って! これからお屋敷で夕食になのにそんなに買い食いしたらお腹に入らないですよ!」
「ふははは! この程度で腹一杯になるほど我の胃袋は小さくないわ!!」
一方でこの食いしん坊わんぱくドラゴンは本当に世話が焼けるんだから。
どうせ普段はお金なんて持ち歩いていないからフェイトさんが支払ってくれたんだろう。
後で立て替えてくれた分を支払わないといけない。女将として従業員の金銭感覚も把握しておかなくっちゃ。
「どうだ。ミサキもこの串焼きを食べてみるか? 特別に分けてやるぞ」
「串焼きっ……。い、一本だけならもらってあげてもいいですよ」
「じゃあ、ボクも頂こうかな?」
「貴様の分は無い! 我はミサキにしか分けてやらんのだ!!」
「リュウさんのケチ! どうせフェイトさんのお金なんだからあげなきゃ駄目でしょ」
ワイワイと騒ぎながら三人で串焼きを食べて帰る。
種族も生まれた場所も違う変な関係性なのに今の私にとっては教会にいた時よりもこちらの方が賑やかで安心した気持ちになれるのだ。
「クソっ! 我の串焼きを返せ!」
「ちょ、リュウさん! 街中でフードを脱がないでくださいよ!!」
「その姿のキミにならボクも魔法で負けないよ」
「ほぅ。よく言ったな!」
「フェイトさんもからかわないでくださいよ!」
前言撤回。
ちょっとだけこの大人達が大人気なくて聖女時代よりも大変です。
ロッテンバーヤさん助けて!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます