第43話 元聖女様、人生を選択する

 

 私達が住んでいる宿の近くにある難民キャンプ地を正式な移民村にすることがフェイトさんとロイド陛下の合意で決まった。

 派遣するまとめ役の人とか税金だとかその他諸々の難しい話がされたけど、私には難しくて殆ど理解出来なかった。

 後日、フェイトさんがマリオさんに詳しい話を伝えてくれるそうなので助かります。

 もっと勉強して色々学んでおかないといつか痛い目に遭いそうだと思いました。


 ところで、私の隣に座っていたリュウさんですが、話が長くなって大丈夫かな? と様子を伺ったら腕を組んで真剣な顔をしてどっしり構えていた。

 おぉ、期待していなかったけど聞き役に徹しているんですね! と思ったら瞬き一つしないんですよ。

 はい。目を開けたままガッツリ寝てました。よく耳を澄ませば微かに寝息が聞こえます。

 期待して損しましたよ!!


「さて、では次はそちらのご老人から話を伺おうか」


 私がどうやってリュウさんを起こそうか考え悩んでいるうちに王国と魔族の国との話し合いが終わってしまった。

 となると、次は魔族狩りに加担して王位継承の不正にも関わった神聖教会側の報告だ。


「わたしは教皇代理をしている者です。神聖教会は今、幹部が不正に関わって入れ替わりが激しいおかげで教皇を選出する会合が開けず、わたしが一応の代表としてこの場に参加しております」


 腰が低く丁寧そうなお爺さんだった。

 そして、私はこのお爺さんの顔を見たことがある。


「お久しぶりですな聖女様」


「確か、養父様の……」


「はい。ペトラ教皇とは同じ派閥で親しくさせていただいておりました」


 そうだ。養父が教皇として演説をしたり、儀式に参加する時によく近くに立っていた人だ。

 確か、本来は王都より北の方の隣国付近の教会をまとめて管理している人だった記憶がある。


「幸いにも過激派だったゴグワールの一派は今回の騒動で捕まりました。現在は失った信頼の回復のため、微力ながら復興の支援をしております」


 私のいない間のゴグワールの無法っぷりは凄かったようで、自分に従わない者は左遷して僻地に追いやったり、使えない問題児を押し付けて困らせたりしたらしい。

 また、教会への善意であるお布施を強制的に徴収して私腹を肥やすのに利用していたという。


「なんて酷いことを……」


「ペトラ教皇がご存命であればこのような非道は決して許されなかったでしょう」


「はい。養父様は優しかったですが、それ以上に悪事に対して厳しい人でした」


 いたずらで人を傷つけたり、盗んだり悪事を働いた人には鉄拳制裁する人だったからなぁ。

 でも、人を傷つけるのが好きなタイプではなく、振り下ろした拳の痛みを自分も感じる人だった。

 怒っているのに泣きそうな顔をして、怒られる側が申し訳なくなるくらい人の事を思ってくれていた。

 きっと、教会に来たばかりのゴグワールにもそうして接していたのに思いは伝わらなかったのだろう。


「ゴグワールについては余罪もあるので監獄に送られます。もう二度と出ることは叶わないでしょう」


「そうですか……」


「わたし達は一刻も早い教会の立て直しに努めます。そして、貶められたペトラ教皇の名声も取り戻しますよ」


「っ! よろしくお願いします!!」


 教会を追放された時に心残りだったことが貶された養父様の評判だった。

 養父がこれまで血の滲むような思いをして積み重ねてきた生きた証が汚されたままなのは嫌だった。

 何も知らない人達は教会の公式発表だと言われたらそれを無条件で信じてしまう。

 私が追放される時に石を投げられたのだって教会から罪人と認定されたからだ。

 私自身についてはそれでも構わなかったが、既に亡くなった人は自分でどうすることも出来ないのでこの話は有り難かった。


「それで相談なのですがミサキ様。もう一度聖女として教会にお戻りいただけませんか?」


「私がですか?」


 養父様の件については感謝したが、次に提案された申し出に

 私は困惑した。


「えぇ。ゴグワールの娘ソアマが現在聖女になっていますが、ミサキ様と比べ物にもならず、我儘も酷くて周囲も手を焼いているのです」


 元々、私が聖女の座を追われたのはゴグワールが不正をでっちあげたからだ。

 その本人がいなくなったのなら私に話が来るのは当然のこと。

 治癒魔法の使い手は希少で聖女になれるクラスとなると国中を探しても見つかるかどうかなので、普通に考えれば神聖教会に戻るべきだし悩む問題じゃない。


「ミサキ様ならば信頼と実績もある。ここは是非お戻りいただいて聖女の務めを……」


「駄目だ。我が許可せん」


 言い切る形で隣から声がした。

 いつの間にか目を覚ましたリュウさんが神官のお爺さんを睨みつけている。


「貴方ではなく、ミサキ様に……」


「くどい。それ以上ミサキを苦しませるなら貴様を食ってやろうか」


 リュウさんが大きく口を開けるとお爺さんは椅子から転げ落ちそうなくらい慌てていた。


「もしかしてリュウさん、私の……」


 心を読んだんですかと口にしかけて止めた。

 私とリュウさんの間にパスが繋がっていることは何故かフェイトさんから口止めされている。

 ただ、これまで寝ていた彼が急に目覚めて会話に割り込んできたのは私が悩んでしまったからだと気づいた。

 王都に突撃したリュウさんから感じた痛みを彼も今受けたのだと。


「残念だけど教皇代理。彼は一度言い出すと中々こちらの話を聞いてくれないんだよ。ここはどうか退いてくれないかな?」


「しかし、聖女は……」


「そうだね。でも、今いる聖女が全く治癒魔法が使えないわけじゃないんだよね?」


 何故それを魔王が知っているのかと驚くお爺さん。

 ロイド陛下の留学といい、フェイトさんは人間側の情報に詳し過ぎない?


「ま、まぁ……。ですが、ミサキ様と比べて出来ないことが多い。第一、罪人の娘で本人も贅沢三昧な暮らしをして教会の財政にダメージがあったのですよ」


「なるほど。罪人の娘で聖女のイメージが悪くなるから元々質素な生活をしてたミサキちゃんに帰って来てもらって美談で収めたいってところだね。周りの溜飲を下げるのにもピッタリだ」


「おい。貴様まで人間の肩を持つのか?」


「上に立つ者なら当然の考えだよ。信者数が桁違いの神聖教会がガタつくのは魔族としても御免だね。でも、一番大事なのはミサキちゃん本人の意思だと思うな」


 フェイトさんの言葉でこの場にいる全員の目線が私に向けられる。

 聖女という立場は多くの人を救い、神に身を捧げて清く正しく生きて人々の手本にならなくてはならない。

 これまでずっとそうしてきたのだから、元の生活に戻るだけだ。

 養父様が守ってきたものを今こそ私が守らなきゃいけない。私を拾って育ててくれた人への恩返し。

 迷う必要なんてないのに私はそっと服の下にぶら下がっている形見の鍵に触れ、深呼吸をした。


「今の私の帰る場所は教会じゃありません」


「ミサキ様!?」


「ほれみろ!」


 予想外の答えに驚くお爺さんとしたり顔のリュウさん。

 まだ話すことがあるからリュウさんはちょっと黙っていて欲しい。


「でも、教会が困っているなら可能な範囲でお手伝いはしたいと思っています。お世話になった人もいますから」


 これが私の気持ちだ。

 教会に聖女として在籍していたのは養父様の存在が大きい。

 あの人に拾われて恩を受けたからその分だけ働いて返したいと思った。

 記憶の無い私にはそれだけしかなくて、他にやりたいこともなかった。

 でも、亡くなる直前に言われたのだ。


『……君は自由に生きなさい。……誰かに強制される事無く自分の意思で選択しなさい。………他人では無く自分の人生の幸せを優先しなさい……』


 本当の恩返しは娘としてこの遺言を叶えることなんだと私は思う。

 だから選んだ。みんなが待つあの宿に帰ることを。

 譲り受けた鍵に導かれ、ドラゴンを助けたり、魔王に雇われたり、魔族の兄弟を拾ったり色々あった。

 そのどれもが教会の中では味わえない刺激に満ちていた。

 勿論、良いことばかりではなくて危ない目に何度も遭った。


「ただ、今の生活を優先させてください。私はあの場所が大好きなんです」


「そうですか。……それでは仕方ありませんね」


 はっきりと断られたお爺さんは渋々納得してくれた。

 苦労が絶えないだろうけど、教会という組織は私がいなくても回る。これまでがそうだったのだからこれからだってきっと。


「そんなに落ち込まないでください教皇代理。ミサキちゃんだって手伝うとは言ってますから」


「はい! 壊れた結界の修理とかやりますから!」


 アレについては完全にうちのリュウさんがやっちゃったことなので責任を持って直します。


「おぉ、そうですな。それは助かります」


「ええ。それでこちらもご相談なんですがね……」


 私の申し出にお爺さんが目を輝かせたのも一瞬、フェイトさんが何やら悪そうな顔して身を乗り出した。

 あー、多分これも前もって考えていたことなんだろう。

 そうでなきゃあんなにスラスラと提案が出来ないし、そうなると私が教会に戻らないことも予想されていた?


「ふん。ミサキが宿に帰るのは我にもわかっていたがな」


「その割には動揺がこっちにも伝わって来ましたけど、さてはリュウさんは私を信じてませんでしたね?」


「違う! 我は動揺なんてしておらん! 本当なんだからな!」


 なんてテンプレートなツンデレ台詞を言うんだこの竜は。

 しかも、怒っているのか喜んでいるのかわからないぐちゃぐちゃした気持ちが伝わってきて反応に困る。

 ビチビチと尻尾で地面を叩くリュウさんから目を逸らして正面を向けばフェイトさんはロイド陛下まで巻き込んで何やら話し込んでいた。

 いつの間に……。そしてまた悪い顔して話してるし、ロイド陛下とお爺さんは聞き入ってるし。


「「……ははっ」」


 必然的に余ってる者同士で側近の髭のおじさんと顔を合わせてお互い大変そうですね〜と愛想笑いで誤魔化す。


 いや、やっぱり気不味いんですけどぉ!?


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