第42話 新国王と魔王と竜王

 

 王都に滞在することになってからあっという間に一週間が経過した。

 この期間はとにかく色んな事が起きて大変だった。


「まさかお咎め無しになるなんて思ってませんでした」

「ははは。ボクは当然の結果だと思うよ」


 変化についていけずにまだ頭が混乱している私と違ってフェイトさんは満足そうにしていた。


「新しい王様のおかげだね」

「本当にビックリしましたよ」


 ゴグワールと手を組んで魔族狩りを始めた国王は退位することになった。

 そもそも第一王子だった彼は父である先代の国王から後継者として指名されておらず、正式な跡取りだったロイド第二王子が不在の隙を狙って無理矢理玉座に座っていたとのことだ。

 女好きの馬鹿王子として評判が悪かった彼はゴグワールを含む悪意ある権力者達に神輿として担がれ、本人もその気で遺言をでっちあげたらしい。

 しかし、そうなることを予見していたのか、保険だったのか改竄不可能な遺言状が密かに用意されていた。

 ロイド第二王子はそれを議会に証拠として提出し、正式に新しい国王として即位した。


「自分のお兄さんを投獄するのってどんな気分なんでしょうかね」

「温情はあったと思うよ。王を騙った不届者なんて本来は処刑されてもおかしくないけど、王族はあの兄弟しかいないし、万が一を考えるとね」


 偽りの王として扱われることになった第一王子はイーストリアンで最も恐ろしい監獄に送られることになった。

 彼に関わって好き勝手にしていた貴族達も同罪だ。


「全員殺すのが一番であろう。我には理解出来ん」

「物騒なこと言わないでください!」


 お酒の入ったボトルを直接口に運んで飲み干しながらリュウさんが不満気に言った。

 王都に滞在中は絶対に人型でいてくれと頼まれ、行動を制限された彼は毎日飲んだくれている。


「不正に加担したのが大物ばかりだったらしいからね。簡単に殺しちゃうと手続きとか政治的に大変なんだよ。即位したばかりでゴタゴタしているし、最終的な刑罰は後回しになるんじゃない?」

「人間は面倒だな」


 他人事のように……ってリュウさんからしたら他人事なのか。

 苦笑しながらフェイトさんは話を続ける。


「そういうものだよ。全員消してハイ、終わりってわけにはいかないし、ゆっくり時間をかけて問題を解消しないとね」

「短命な人間がか?」

「人間だからこそだよ。事を急いだせいで後から取り返しのつかない大失敗が起きてからじゃ遅いから」


 どこか遠くを見つめながら思い出を語るような言い方をしたフェイトさん。

 普段の愉快なお兄さんっぷりや頭の冴えた強い魔王様とも違う素顔の彼が見えた気がする。


「さて、それじゃあそろそろ王城に行こうか。王様との話し合い次第で帰れるかどうかが決まるわけだし」

「これ以上は待てん。ミサキを握りしめて我は帰るからな!」


 そろそろ美味しいお酒で餌付けされるのにも飽きた様子のリュウさんは多分本気だ。

 でも、握りしめられたら私潰れちゃうと思うんですよね。

 真っ赤なトマトを想像しかけて、私は嫌なイメージを振り払うために頭をブンブンと振った。




 ♦︎




 お城に着いた私達が案内されたのは広い会議室だった。

 長い机と椅子が沢山あって、こちら側はフェイトさんと私とリュウさん。

 あちら側は新国王のロイド陛下とその側近らしき髭のおじさんと慣れた神官服のお爺さんだった。


「この度はご即位、おめでとうございますロイド陛下」


「そのような言い方はおやめ下さいフェイト殿。僕と貴方は同じ王で対等な関係だ」


「じゃあ、少し砕けた感じで喋らせてもらうね」


 隣に座るリュウさんが「弱いくせに何を偉そうに」なんて言ってるけれど、こっちが勝手に攻め込んで王都や王城のアレやコレを破壊したことを忘れないで欲しい。

 本当なら私達はすっごく怒られる側の立場なんだから。


「まず確認したいのは先王が行なっていた魔族狩りについてなんだけど、どうなったのかな?」


「あのふざけた政策については即日破棄しましたよ。魔族とはいえ、同じイーストリアンに住む国民なのにそれを差別するなんて馬鹿げている」


 ロイド陛下はとても怒っているようだった。

 フェイトさんへの態度といい、魔族に特別嫌な感情や差別意識は無さそうで良かった。


「強制収容所にいた人達は全員解放しました。怪我や体の弱った者は治療が終わり次第、元の家に帰れるようにするつもりです」


 王国中から神聖教会の神官と王国の騎士達によって無理矢理連れて来られた人達はずっと狭い空間に閉じ込められたり強制労働させられたりしていたそうだ。

 その現場を見てきたであろうロイド陛下は強く拳を握っていた。


「アレは人の扱いでは無かった。どうしてあんな酷いことが出来たのか僕には理解出来ない」


「今回の事件は過去を伝聞でしか知らない者と魔族の負の面を直に見た者が正義感を振りかざして起きたものだ。自分が絶対的に正しいと思えば理性のブレーキはかかりにくいんだよ」


 先輩として、年長者としてロイド陛下を諭すフェイトさん。

 正義の暴走というのは確かにその通りだと私も納得した。


「一部の民は元の家に戻りたくないと言っていました。魔族狩りの話を聞いた近隣住民から騎士団に突き出されたそうです」


 王様から大義名分を与えられたからなのか、それとも元からその人間と被害者の魔族との間に確執があったのか、心に深い傷を負った人がいる。

 シリウスだって私がルーナちゃんを救うまで人間を信じていなかったし、もしも妹が命を失っていたらあの時持っていた刃物で何をしていたか分からない。

 宿に避難してきた人達も最初は私に怯えたりしていた。


「それで勝手な申し出なのですが、イーストリアンを離れたいと言っている民達を魔族の国に迎え入れてはもらえないでしょうか」


 ロイド陛下は立ち上がってフェイトさんに深々と頭を下げた。

 隣に座っていた二人の偉い人も主君に倣って頭を下げる。


「うーん……。ボクとしては是非引き受けたいところなんだけど、これまで人間の社会で暮らしてきた者が魔族の国にすぐ馴染めるとは思わないよ。こちらは下剋上とか部族同士の小競り合いがしょっちゅうだからね」


 アズリカさんがうちにいてマリオさんに料理の指導をしていた時に言ってた気がする。

 フェイトさんが魔王になるまで魔族の国は酷く荒れていて、人間と戦争をしていたのだって自分達の生活が苦しかったから平和な土地から奪おうとした。

 古い漫画で見た荒廃した世界のような場所だったとか。


「一度こっち側に住んでやっぱり合わなかったから王国に戻るっていうのも無理な話なだよね?」


「出る者は引き留めませぬが、来る者となるとかなり難しいでしょうな」


 側近らしきおじさんが難しそうな顔で唸る。

 二つの国は距離的にもかなり遠いし、頻繁に自分の住む国を変えていると信用という点で損をする。

 新しい仕事だって見つけるのに苦労するし、家を借りるのだって難しくなってしまうのだ。


「僕には彼らを救えない。亡くなった父に民に慕われるような立派な王になると約束していたのに肝心な時に遅れてしまった……。もっと早く帰還していれば」


「ロイド様。兄上の蛮行や罪人達の妨害のせいです。あまりご自分を責めないでくださいませ」


 悲痛な面持ちの主君を慰めようとする側近の人。

 見ているこちら側まで辛くなってきた。

 助けを求めるように私はフェイトさんの顔を見ると、彼はロイド陛下の様子を見て満足気に頷いていた。


「手が無いわけじゃないよ。折衷案で取れる方法が一つだけある」


 折衷案と聞いて私はイーストリアン王国の領地と魔族の国の領地を地図上で思い浮かべた。

 あぁ、もしかしてフェイトさんは初めからそのつもりだったのかな?


「ただ、それはボクだけじゃ実現しないし、イーストリアン王国にもかなり苦労させることになるよ」


「民を救うための労を惜しむつもりはありません。愚かな先王の弟として、これから先の未来のために何でもするつもりです」


 フェイトさんの意見に乗り気なロイド陛下の目は真っ直ぐで、この前の腰を抜かして喚いていたお兄さんとは大違いだった。

 聖女という立場で色々な偉い人と面会することはあったけれど、偶にこういう人がいる。

 真っ直ぐな信念を持って自分のやるべき事に妥協せずに挑める人。

 そういう人物にはいつも多くの人がついてくる。


「そうかい。じゃあ、ボクからの提案はコレだね」


 若い新人の王様を試すような言い方をしていたフェイトさんは私の予想通りに両国の地図を懐から取り出して机に広げた。


「コレは?」


「ボクら魔族と人間との間で結んだ緩衝地帯の地図だよ。未開拓の土地もあったりして、ここなら人間が多く住む土地からは離れられるし、何かあれば魔族の国に逃げ込むことだってできる。それまではイーストリアン王国の民ってことにしておいたらどうかな?」


 そう言ってフェイトさんが指差したのはちょうど私達の宿がある近くの場所だった。

 思いつきにしては自信満々な説明なので、王国側が話を切り出す前からこうなる事を予測して準備していたに違いない。


「キミ達とボクらでやり直してみないかい? 魔族と人間との共存……仲直りについて」


「それはこちらとしては願ってもないことですが……」


「無理に急いでとは言わないよ。まずはここに交流出来る場所を作ってそれからゆっくり歩み寄ろうじゃないか!」


 ぐいぐいと目を輝かせて決断を迫るフェイトさん。

 ちょっと! 側近の人が引き気味になってるから! 夢が叶いそうになって興奮するのは理解できるけどもうちょっと抑えてください!


「魔族の国からもイーストリアン王国からも微妙な距離があるこの土地を誰が治めるのですか? 何か争いが起きればそれこそ関係は断ち切られてしまう」


「そこは安心していいよ。あくまでここは中立地帯にするつもりだし、両国の大使を置いて話し合えばいい。争いについては一番問題無いかもね」


 そう言ってフェイトさんが私に……じゃなくてリュウさんに目線を送った。


「ここにはボクより強くておっかないドラゴンが棲みついているから逆鱗に触れたらどうなるか知っていれば大丈夫だよ」


「おっかないドラゴンとは我のことか? そうだな、口で言ってもわからない愚か者は我が捻り潰してやるぞ」


 人間の姿のまま手をぎゅっと握るリュウさん。

 何も持っていないのにパンパンに膨らんだ袋を勢いよく叩き潰して破裂させた音が響いた。

 王国側の三人はまだ修復が完全に終わっていない城門と王都を恐怖のドン底に陥れた恐ろしい見た目のドラゴンのことを思い出したのか喉をゴクリと鳴らした。

 私はというと、さっき城に来る前に忘れたつもりだった潰れたトマトの想像して胃がキュッとなった。


 やっぱり私が掴まれたら簡単に潰れちゃうじゃん!


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