第15話 元聖女様、会議をする
「ふむふむ。確かにこれは必要だね」
数日後。再び私達の前に現れたフェイトさんと宿屋のオープンに向けて意見交換をする。
リビングに私とフェイトさん、マリオさんの三人が集まって書類を見ながら話し合っていた。
約一名だけこの話し合いの場にいないけど、彼は今日も元気に森へ出かけて行った。
難しい話はお前達に任せておく、と言い残して。
実際に働いてお客さんの対応をするのは私とマリオさんなのだろうけど、リュウさんも参加してくれたら良かったのに。
「飲み物についてもボクの方で用意しておくよ。他には何かあるかい?」
メモをとりながらフェイトさんが尋ねる。
こういった場での会議に慣れていない私に代わって実際に家事をしているマリオさんが質問に答える。
『宿で提供する食事について、料理の完成度や種類を増やすためにどなたか料理人をお貸しいただけないでしょうか?』
「レパートリーはこんなもので良いんじゃない? 定食屋のような感じにすれば」
『竜王様やミサキ様が経営する宿がその辺の定食屋と同じでは駄目でしょう。ワタシはお二人に相応しい格式ある宿にしたいのです』
フェイトさんの提案に対して食い下がるマリオさん。
今のままだと癒される旅館タイプじゃなくてただ泊まるだけのビジネスホテル感が強い。
ゆくゆくはリゾート地の中心となる場所だから最初からクオリティが高い方が良いだろうとマリオさんは話してくれた。
「私からもお願いします」
私は頭を下げてフェイトさんに頼み込む。
その姿にスポンサー様は表情を柔らかくして言った。
「わかった。ボクの方で適任者を探すよ。二人がここまでやる気になってくれて嬉しいな」
『そのご期待に応えてみせます』
自分の胸の前で拳を強く握るマリオさん。
なんだかとっても頼もしい。
「頑張りましょうねマリオさん!」
『はい。勿論です』
料理についてはこれで心配いらなさそうだ。
続いてフェイトさんは屋敷のリフォームについて話し始めた。
「職人についてもやっと連絡が取れてね。こちらに向かってもらっているから数日以内には到着すると思うよ」
「何から何までフェイトさんのお世話になりっぱなしでごめんなさい」
「言い出したのはボクだからね。それに魔王ってのは結構お金持ちだから心配しないで」
今はお礼しか言えないけど、とってもやり甲斐がありそうな仕事を貰ったんだ。必ず結果を出していい営業成績を出そう!
それが恩返しにもなるはずだ。
細かい部分の話し合いが終わってひと段落すると、マリオさんが紅茶を淹れてくれた。
ちなみに茶葉はフェイトさんが譲ってくれたものだ。
真面目なお仕事についての話の次は他愛もない世間話へと話題が変わった。
フェイトさんは情報通でもあるようで、この周囲にある町や村について大雑把な地図をくれた。
この屋敷がどんな場所にあるのかも知らない私にとっては非常に助かる情報だ。
その中で、一番近い人間の住む村までは山を一つぐるりと迂回しないとたどり着けないらしい。
「ミサキちゃんの足だと丸二日は歩き続けないとね」
「そんな体力無いです……」
教会の中に引き篭もり気味だった私の体力なんてたかが知れている。
屋敷を離れたのはリュウさんを助けた時とフェイトさんに攫われた時だけで、それ以外はずっと敷地内にいる。
森の方に散歩しに行こうにも凶暴なモンスターが徘徊しているから一人は無理だ。
「まぁ、だから村に行きたい時は竜王の力を借りるといいよ。ドラゴンの姿なら山くらい軽くひとっ飛びだ。人型だと数時間かな」
私が最初に見た美しい銀のドラゴンならば移動速度は早いだろうけど、自分達の住んでいる村にいきなり上空からドラゴンが降りてくると大パニックになりそうだ。
お願いするなら人の姿でかな?
「おつかいとか頼もうかな?」
「『いや。それは止めた方がいい(でしょう)』」
「あれ?」
事前に打ち合わせでもしていた?と言いたくなるくらい完璧なタイミングで二人の声が重なった。
『ドラゴンの最上位である竜王様におつかいなんて畏れ多くてさせられませんよ』
これはマリオさんの意見。
確かにそうだよね。仮にも王様をおつかいという名のパシリにするのは不敬か。
「村人側に不備があった場合に地図を描き変える必要が出ちゃうね」
こっちはフェイトさん。
凄く物騒な発言をしているけど冗談ですよね?
「前に彼が怒って山一つを消し飛ばされた時は事後処理が大変でね。周囲の環境が全部変わっちゃって」
「止めます。村へは私が買い物に行きますよ」
私は即答した。
遠い目をして語るフェイトさんを見て確信したよ。リュウさんを本気で怒らせるような事はしないようにしよう。争いになったらどう考えても勝てないし。
まぁ、竜王ともあろう人をブチギレさせる人間なんてそうそういないと思うけど。
「おーい!帰ったぞ」
噂をすれば影がさす。
玄関の方からリュウさんの声が聞こえた。
普段よりも帰ってくる時間が早いような気もするけれど、もう今日の分の狩りは終わったのだろうか?
椅子から立ち上がり玄関まで迎えに行くと、相変わらず大きな身長に美しい銀色の髪をした怖いけど整った顔の竜王様が立っていた。
ただし、両手には何も持っていなかった。普段ならばその日の獲物を自慢気に持っているのに。
「おや。今日は収穫ゼロかい?」
「ふっ、我を舐めるなよ。キチンと必要な分は確保している。それよりも頼みがあってな」
そう言ってリュウさんは一度屋敷の外に出て何かを抱えて入って来た。
米俵のように脇に抱えられていたのはボロボロの布。しかもモゾモゾと動いている。
「なんです?それ」
「……水…食い物を……」
ボロ布はローブだったようで、その中から掠れた男性の声がした。
私に伸ばされた手が震えている。
「行き倒れを拾った」
「マリオさん。今すぐ手当ての用意を!」
『かしこまりました』
私はすぐにマリオさんに指示を出して慌ててリビングへと向かった。
やれやれと困ったように笑うフェイトさんを見てリュウさんは首を傾げる。
どうやらこの竜王様からすれば行き倒れの人間は子猫と同じ扱いのようでした。
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