第16話 元聖女様、宴を開く


「いやー、申し訳ないですなぁ」


 リュウさんが拾って来た男性は空腹で倒れていただけのようで、食事を与えると元気になった。

 とはいえ動けなくなる所まで行ったので、私の【ヒール】を使っておく。


「念のため安静にしてくださいね」

「治癒魔法までかけていただきありがたい。元気が湧いて来ますぞ」


 笑顔でそう話す男性を観察する。

 長い髪はしばらく手入れをしていなかったのかボサボサだ。

 着ていた服もかなり臭うので後でマリオさんに洗濯を頼もう。

 ただ、年寄りくさい話し方のわりに年は若く見えて細身のイケメンだった。


「わたしに何か?」

「あの……その耳は」


 男性の両耳は長く尖っていた。

 普通の人間にはまず有り得ない形だ。


「エルフと会うのは初めてですかな?」

「はい」


 エルフ。

 森の民とも呼ばれるファンタジー世界ではお馴染みの種族だ。

 人間より長い寿命があるエルフなら年寄りっぽい口調も納得できる。


「わたしは吟遊詩人として旅をしているエルフのヒルスールといいます」

「どうも。私はミサキです。こっちはフェイトさんて、こっちがマリオさん。あなたを森で助けたのはこのリュウさんです」


 自己紹介をしてくれたので、こちら側も名前を出す。

 王様二人については驚かせてしまうので名前だけを教えておく。


「みなさん。本当にありがとうございました」


 ヒルスールさんは深く頭を下げた。


「貴様、何故エルフなのに森で行き倒れていた?」

「実はわたしは街中での暮らしに慣れてましてね。森に久しぶりに入ったらそのまま野生動物に食料を盗られるわ、水場を中々見つけられないわで」

「本物のエルフか?」

「正真正銘純血ですぞ。マヌケだとは自覚していますがな。いやー、今回も助かってよかったよかった」


 わはは、と笑うヒルスールさん。

 この言い方だと同じ様な目に何回かあっているな。


「おっと。ここまで世話になりっぱなしですな。何かお返しをしなくては」


 リュウさんが一緒に持って来た荷物をゴソゴソと漁るヒルスールさん。

 大したことはしていないからお気持ちだけで大丈夫ですよと言おうとしたら、荷物の中からはお金ではなく

 小さなハープを取り出した。


「手持ちの金額が少ないので、ここはわたしの歌で我慢していただきたい」

「面白そうだな。弾いてみせろ」


 ポロン〜♪


 軽やかな音と共にヒルスールさんは歌を紡ぐ。

 吟遊詩人というだけあり、歌の中身は英雄の冒険譚や離れ離れになった男女の歌だったりとレパートリーが豊富だった。

 時に悲しく、時に明るく弾かれるメロディーにいつの間にか私達は盛り上がっていた。

 耳に残るフレーズを思わず鼻歌で繰り返すくらいには素晴らしいものだった。


「いかがでしたか?」

「凄く楽しかったです!」

「中々にやるではないか」


 リュウさんも気に入ったようで、褒めていた。


「わたしは好奇心が強くて森の中で穏やかな一生を過ごすくらいなら外で騒がしく歌いながら生活をしたいと旅をしていたんです。吟遊詩人はわたしの天職ですよ」


 使い込まれたハープを撫でながら彼は誇らしげに呟いた。


「これだけ洗練された歌声に演奏。あちこちで誘いがあったんじゃないかな?」

「ありましたよ。ですが、新しい曲は新しい場所で新しいものを見て感じて作るものです。一箇所に留まるのは性に合わなくて」


 そのせいで今回みたいな結果になるんですがね、と苦笑いするヒルスールさん。

 フェイトさんはそんな彼を見て少し考える素振りをした後に口を開いた。


「キミのその腕を見込んで頼みたい事があるんだけどいいかな?」

「なんですかな?」

「今度、この屋敷を宿屋としてオープンさせるんだけど宣伝をして欲しいんだ」


 宣伝?


「旅をしながらこの場所についての曲を歌って欲しい。依頼を受けてくれるなら報酬を出すよ」

「旅の合間で良ければ喜んでお受けしますぞ。今日の経験は丁度曲にしようと思っていましたし」


 二つ返事で引き受けたヒルスールさん。

 フェイトさんは満足気な顔をしている。


「きっと満足頂けるような曲を作ってみせましょう」

「それは楽しみだな」


 演奏会が終わったので、マリオさんに頼んでヒルスールさんの服を洗濯してもらう事になった。

 お風呂にも入ってすっきりしたヒルスールさんは更に機嫌が良くなったせいか、演奏のアンコールをしてくれた。


「次は我も歌おう!」

「ボクはちょっと……」

『演奏。興味深いですね』


 リュウさんに無理矢理歌わされたフェイトさんや、ハープの演奏を真似しようとするマリオさん。

 私もついでに歌を強要されたので日本じゃ有名な童謡の歌詞を少し歌った。


「ある日〜森の中〜ドラゴンに〜♪」


 夕食を食べるまで演奏会は続いた。

 賑やかな音楽を堪能したあとにみんなと一緒に食べた夕食は普段よりもずっと楽しい気分になった。








 夜が明けて、疲れがすっかり取れたヒルスールさんは綺麗になった服に袖を通すと荷物をまとめていた。


「もう旅立たれるんですか?」

「えぇ。この場所が宿屋としてオープンするなら早めに各地を回って宣伝した方がよろしいですし」


 とはいえ、一日だけで大丈夫なのだろうか?

 保存の効く食べ物をマリオさんがいくつか分け与えていたけど、もう数日療養した方がいい気がする。


「それに……ここに長居すると旅をしづらくなりそうですしな」

「どういう意味です?」

「居心地が良くて旅が億劫になりそうなんですよ」

「それは大変ですね」

「ミサキさんの魔法のおかげですよ」


 旅支度を済ませてヒルスールさんは言った。

 私は別に大したことはしていない。


「あんなに温かい魔法は初めてでした。竜王様や魔王様が楽しそうに笑うこの場所はきっと成功しますよ」

「知ってたんですか?」

「わたしはかなり年寄りですからね。あれだけの魔力を持っている人は限られていますし、風の精達が教えてくれましたから」


 どうやら知っていて気さくな態度をとっていたようだ。

 旅人だと言っていたけど、実は凄い人なのかもしれない。


「オープンしたらまた訪ねてくださいね」

「それは是非。喜んで来ますよ」


 リュウさん達も一緒に玄関までお見送りをする。

 次の目的地は風の赴くままだとヒルスールさんは言っていたけど大丈夫だろうか?

 もしも同じような目にあったらその時はまた私が治癒魔法で助けよう。


「さて、宣伝まで依頼したわけだからさっさとオープンの準備をしないとね」

「私、いくつか思いついたことがあるのでまた話し合いしましょう!」

「わ、我は森へ……」

「駄目です。今日はリュウさんも参加してくださいね!」


 私は逃げようとするドラゴンの手を引っ張って、楽しみになった宿の計画を立てるのだった。








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