第14話 元聖女様、畑仕事に精を出す
お屋敷の宿屋リフォーム計画が始まった。
現在のままでは泊まれる人数もそう多くないし、キッチン周りなんかも広くしないと対応出来ない。
フェイトさんは一度自分の城に戻って魔族の中でも腕利きの職人さんを連れて来てくれるようなので、それまでは各自で出来る事をやって待機する事になった。
マリオさんは家事を、リュウさんは森で狩りを。
そして私は相変わらずの畑仕事担当になったけど、今日はひと味違う。
「【ヒール】」
教えてもらった通りに畑に治癒魔法を使うと、早送りのように種から芽が出た。
そのままどんどん魔力を流すとあっという間に蔓がうねうね伸びて野菜が成長していく。
このままいけば収穫まで行けそうだけど、急成長させて味の方は大丈夫なのかな? 大きくなり過ぎたら味が落ちるなんて話もあったような。
「怖いからこの辺で止めておこう」
自分だと判断出来ないので今度フェイトさんに聞こうと決め、途中で作業を中断する。最後に水やりをすれば私が担当する仕事は終わってしまった。
手持ち無沙汰になってしまったので何か手伝う事が無いかと屋敷に戻る。
リュウさんの方に行っても力になれないからだ。
キッチンの方から物音がするのでそちらへ向かうとマリオさんが四つん這いになっていた。
「大丈夫ですか!?」
それはもう見事に崩れ落ちていた。
『ミサキ様……ワタシはダメな人形です』
「何があったんです?」
『あちらを……』
キッチンの上には紙とペンが置いてある。
模範的で機械的に綺麗な字で書いてあったのは料理のメニューだった。
聞いた事ないメニューから知っているものまで30種類くらいある。
「これがどうかしたんですか?」
『宿をオープンするとなればワタシの担当は料理になるでしょう。しかし、ワタシの知っているこれらのメニューではミサキ様の目指す素晴らしい宿に届かないのです!』
今度は体操座りをするマリオさん。
この人、顔がのっぺらぼうで表情はわからないけど、動きが激しいのでなんとなく理解できる。
初めて出会った時は感情の薄い人だと思ったのに日に日にポンコツ具合が増しているのはどうしてなのか。もしや魔力を供給する人によって性格変わるとか?
「そんな事ないと思いますよ?私ならこんなに沢山の種類は作れませんから」
励ましてマリオさんを立ち上がらせる。
私なんて料理が全く出来ないわけじゃないけど、自分一人で作れるのはほんのちょっとだ。
レシピを見ながらなら大丈夫だけど、頭の中で完全に覚えているのなんて僅か。
『ですが、一般家庭の献立ではなく店のメニューと考えると……』
「それはそうですね。飲み物についても種類を用意しなくちゃいけないですね」
私は水とお茶くらいあればいいけど、大人ならお酒が必要だし、子供用にジュースも欲しい。
この屋敷で作るわけにもいかないから何処かから仕入れないといけない。
「フェイトさんに相談しましょうか」
『そうですね。かしこまりました』
現状、私達の中で一番人脈が広いのが彼だ。
リュウさんの方も顔が広そうだけど、どちらかというと討伐対象にでも指定されそう。
ここは素直にスポンサーの力を借りるのが正しい判断だ。
「おーい。戻ってきたぞ」
夕方。陽が沈む頃にリュウさんが帰って来た。
手には今日獲った獲物があった。
「今日は森の中で巨大なイノシシを見つけてな。明日はそれを狩ってくる」
ドラゴンの姿ならもっと大きなものを運べたけど、人の姿が小さくて持ちづらいらしい。
私からすれば今の姿も大きいんだけどね。
「毎日ご苦労様です。この近くの森って動物が沢山住んでいるんですね」
「む?ミサキは知らんのか?」
「何をです?」
「この森は長年放置されて魔境になっている。深部に行けばワイバーンがわんさかいるだろうな」
ワイバーン。
リュウさんの説明を聞くと小型のドラゴンらしい。
知能は低く人の言葉を理解する事は出来ないけど、魔物としては賢く、人間の手に余る魔物だとか。
「ま、我からすればザコだがな」
『竜王様からすればこの世の殆どの生き物は弱者ですよ』
「我、強いからな!」
竜王と魔王。
この世界でもトップクラスの力を持つ二人が同じ場所にいる事の本当の凄さをまだ私は知らなかった。
世間一般では常識とまでされている二人の過去や栄光を無知な私は気にもしなかったのだ。
「お帰りなさいませ魔王様」
ここは魔界にある魔王城。
魔王フェイトが帰宅すると主人の帰りを待っていたメイドが頭を下げた。
「ただいま。ボクの留守中に何かあったかい?」
「いいえ。いつも通りに魔族同士の喧嘩が起きていたので四天王の方々が対処に当たった程度です」
「うーん。物騒なのも魔界の代名詞だけどそろそろどうにかしないとね」
着ていた服の上着をメイドに預け、執務室の椅子に座る。
報告書の山が城を出る前より増えている事にげっそりしつつもフェイトは宿屋についての考えを紙に書き記す。
「ここに書いてある品の用意と、うちのお抱えになっているドワーフの職人達に連絡を頼む」
「かしこまりました。しかし、この品といい職人への依頼といい、何か新しいことを始められるのですか?」
メイドは帰宅してからの主人の機嫌がいいことが気になっていた。
慌てて出掛けた時は真剣な顔をしていたというのに、今は少年のように目を輝かせていたからだ。
「うん。そろそろボクの夢を叶えようと思う」
「夢……ですか。それは一大事ですね」
「あぁ、いつまでも過去に囚われていても魔族に明日は無いからね。ボクの代で因縁を終わらせるよ」
そう言ってフェイトは執務室にある机の引き出しから一枚の写真を取り出した。
そこにはまだ幼い魔王とドラゴンの姿をした竜王。そして、銀髪の美女が笑い合っている姿が写っていた。
「師匠。ボク、これから毎日が楽しくなりそうですよ」
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