第13話 不思議な女 (竜王視点)

 


 ーーーその日、我は不思議な女に出会った。



 我は竜王。この世界で最も強い生物だ。

 我が爪は全てを切り裂き、我が牙は全てを噛み切る。

 咆哮ブレスを撃てば周囲は焦土になり、全力で空を駆ければ雲を蹴散らす。

 何者にも縛られないのが我の生き方だ。


 我の役割は世界の守護。この世界の創生と共に生まれた我にしか出来ない役目だ。

 その日も我は世界に発生した穢れの塊と激しく争っていた。


「くっ。今までどこに隠れておったこの邪竜め!」


 我と同じドラゴンでありながら穢れに飲み込まれた邪悪な存在。

 もしこれが地上で暴れれば大陸の一つは滅ぶ。

 我が認める強者である魔王でも倒せぬレベルの相手だ。なんとしてもこの場で祓わねば。


「「ギャアアアアアアアアアアアアーーー!!」」


 地上から遠く離れた空。

 我とその邪竜以外は誰もいない遥か高みで死闘は行われていた。

 互いの爪が相手を切り裂き、咆哮ブレス同士が衝突すれば空気がビリビリと震えて雲が掻き消える。

 大災害クラスの戦いは我の優勢であったが、邪竜の放つ瘴気が我の邪魔をする。


「この一撃で沈め!!」


 我が放つのは最強の大技。かつて神を穿った竜王のみに許された絶対の権能。

 その威力の強大さゆえに地上では使用できない技を邪竜にぶつける。流石の敵もそれには耐えきれずに完全消滅をした。


「くくくっ。我の勝利だーーー」


 敵を倒したことで緊張の糸が解けたせいか、体の自由が効かなくなる。

 興奮状態で痛みを感じ無かったが無茶をした代償が一気に押し寄せて、我は空から落ちた。

 大きな物音を立てて地面に大穴を作ってしまった。

 幸いだったのは落下地点が人里では無かったことであろう。


(動けん……)


 翼はボロボロで骨が折れたのか立ち上がることもままならない。

 大技を使った反動で内臓も損傷し、喉に血が詰まって気持ち悪いので吐き出す。


(いかんな。魔力を消耗し過ぎた)


 竜王でもある我の回復力は桁違いだ。

 骨が折れようが自己回復の魔法で数日内には治る。反動もしばらく大人しくしておけばなんてことはない。

 だが、今回は損耗が激しかった。魔法を使うだけの魔力も残っていない。

 なまじ生命力が高いせいで楽には死ねずに苦痛だけが長引く。


(世界最強の生物である我が誰もいない森の中で朽ち果てる。……あぁ、これが死か)


 記憶が摩耗してしまうくらいに長い時を生きた。

 多くの出会いと別れを繰り返してきたが、死ぬのは初めてだ。

 我が死んだら残った知り合い達は何を思うのだろうか?

 特に我が友と呼べるあの魔王になった若造は悲しむだろう。


 今まで体験した出来事が次々と頭の中で再生されていく。

 あぁ、これが生者が死の直前に見る走馬灯という夢なのだろうな。まさかこの我が体験することになるとは思ってもみなかった。


(………ん?)


 しかし、その時はいつまでも訪れない。

 逆に痛みが引いていく始末だ。

 走馬灯とやらが途中で中断され、我が目を開くと見知らぬ人間が我に触れていた。


(おのれ人間め。我の骸を狙うか!)


 痛みのせいか気が動転していた。

 我は幾度となく人間から襲われた経験があったので咄嗟にその女に噛みついた。

 このまま食い千切ってやろうとするが、女は悲鳴を上げること無く優しく声色を出しながら我の顔に触れた。


「あなたを必ず助けるから。私を信じてくれない?」


 よく見れば女が使っているのは治癒の魔法だ。

 痛みが若干引いたのも、我の意識が戻ったのもこの女のおかげだった。

 我の気が立っているのを感じ取ったのか、幼子をあやすように我の顔を撫でる。

 女の魔力は不思議なもので、警戒心や緊張感というものが霧散していく。暖かな日の光のような魔力が我を包み込んで傷を癒してくれる。


 そこまで来て我は自分が何をしているのか理解した。


(こんな小娘に牙を剥くなんて我は何を!?)


 匂いは女であるが、まだ青臭い小娘だった。

 慌てて肩に刺さっている牙を抜くと鮮血が溢れる。

 人間は脆く、些細な怪我で死ぬから力加減を覚えろと以前に魔王から助言を受けていたが、大丈夫だろうかこの小娘は?


 初めて至近距離で敵意のない人間に会ったせいでどう対処すればいいのか分からずに慌てふためく我。

 一方で小娘は治癒の魔法を止めることなく我にかけ続けた。

 そうやって奇妙な状態のまま日が沈み夜が明けた。


 結局、その小娘は一晩中我へ治癒魔法を使い続けた。

 おかげで我の傷は塞がりこれ以上の出血は無い。血が足りてはいないが、ここまで治れば後は自己回復力でどうにかなる。

 魔力の完全復活までは人化して力をセーブすれば良かろう。


 一度は死を覚悟した我だが、助かるはずの無かった状態から命を取り留めた。

 それを成し遂げたのは幼い娘。

 だが、その甲斐あって救われた。

 魔力を使い過ぎたのか、我が噛んだせいで血を失い過ぎたのか娘は意識を失い倒れた。

 人化して僅かに回復した魔力で傷だけは塞ぐ。元から他人に治癒魔法使うのは苦手だがなんとかなった。


「命の恩人をこの手で殺したなど我の沽券に関わるからな。ありがたく思え」


 我は気絶している娘を抱き上げた。

 森の中でそのまま放置しては野生生物の餌になるので安全な場所へと運びたい。

 近くに人間が住む家はあったかと考えると、娘の持っていた鍵が淡く光り道先を照らす。

 何かしらの魔法によって作られた鍵に従って進むと結界に囲われた屋敷に辿り着いた。


「おい! 誰かいないのか!」


 声を上げて扉を叩く。

 すると中から木で作られた人形が出てきた。


「他人の魔力を動力とした自動人形オートマタか。まぁいいだろう。この娘を預ける」


 人形から娘の魔力を感じたので、味方と判断して手渡す。

 壊れ物を扱うような丁寧な受け取り方をした人形は我に頭を下げると屋敷の中へと消えた。

 あの様子ならば大丈夫であろう。


「さて……少し眠るか」


 今回は多くの力を消耗した。

 命が助かったとはいえ、無理矢理動いたせいで娘のように意識を失いそうだ。

 我は屋敷を後にして人気のない洞窟を探し、その奥で眠りについた。2日程度は泥のように眠るだろう。


「目が覚めたらもう一度娘に会わねばな」


 不思議な娘だった。

 人間でありながら我を助けるというその胆力。噛まれようと逃げ出さない姿は異質だった。


 興味が湧いた。


「礼を言わねばな。詫びとして一つ願いを叶えてやるか」


 最近の傾向からまた穢れは発生するだろう。

 それに対抗出来る我を助けた娘はこの世界を救ったも同然だ。

 報酬を与えるのが王の役目だと魔王が前に言っておったしな。


 娘がどんな願いを口にするのか楽しみにしながら我は瞳を閉じて眠りについた。

 起きてから再度娘の元を訪れ、願いを聞いたが無いという。

 竜王である我の力など借りずに事足りると言ってのけた。

 驚いたことに我が竜王であることも知らずに、ただ怪我をしていたという理由だけで治療したと娘は言った。


「この我に対してこれだけの大口を叩いた人間は何百年ぶりだろうな。気に入ったぞ小娘。名前は何という?」

「ミサキです。……ただのミサキ」


 こうして我はしばらく娘の側にいることを決めた。

 傷の治癒もあるが、この面白い娘ならば我を退屈させずにしてくれそうだ。





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